心細さを含んだ、森らしい森のお話

森のささやきの標本室

たなか鮎子 作
A&F
2021年5月刊
作品レビューで紹介する絵本『森のささやきの標本室』表紙画像

『森のずかん』を開くと

森を舞台にした絵本や児童書はたくさんあります。動物や虫たちと出合える森、みんなでピクニックへ出かける森、木の実を集め小枝を拾う季節ごとの森・・・。
明るい場所として描かれる一方で、森にはどこか不安な気分をかきたてる要素もある気がします。それは木々で覆われた森の暗さや、何に出くわすかわからない恐ろしさのせいでしょうか?

そいういえば、昔から森にはあやしいものたちが住むお話が多いですものね。今回ご紹介する絵本も、可愛い絵の中にちょっぴり心細さを含んだ、森らしい森のお話です。

*  *  *

主人公リリは、学校でクラスメートと気軽におしゃべりが出来ないタイプの女の子。一人で図書館の本を友として過ごします。ある日、読んでいた『森のずかん』を開くと、ページの中から声がします。小さな女の子がこちらに呼び掛けてきます。声に誘われ、本の中へ入っていくと・・・。

乳白色の霧に包まれた森は、音もなく、どこまでも静かです。森にあるはずの鳥の声や川のせせらぎ、風の音などが全て消えているのです。

消えたのは音ばかりではありません。リリをここに呼び寄せた女の子・こだまの弟も、いなくなってしまったとか。こだまに頼まれ、リリも一緒に、こだまの弟と、消えた森の音を探しはじめました。

そして辿り着いたのは、一軒の古い家。霧の精・フォッグ氏の家でした。勝手に入りこんだ二人は、その家の一角に不思議な標本室を見つけます。大小さまざまなビンで埋め尽くされた、音の無い部屋。ビンに耳を近づけたら、モズの歌やコケに水がしみる音が微かに聞こえてきます。(次ページに続く

田村理江 について

(たむら りえ)東京都生まれ 成蹊大学文学部日本文学科卒業。日本児童文学者協会第15期文学学校を終了。 第6回福島正実記念SF童話賞を受賞して、『ガールフレンドは宇宙魔女』(岩崎書店)を出版。 児童書の作品に『リトル・ダンサー』(国土社)、『夜の学校』(文研出版)、『魔の森はすぐそこに・・・』(偕成社)など。絵本の作品に『ふなのりたんていラッタさん』(フレーベル館)、『ハンカチのぼうけん』(すずき出版)など。 HP:田村理江のページ