「じゃあ、お言葉に甘えて、片付けは清子ちゃんにお任せしようかしら」
鞄を手に、教室の扉をくぐりかけた紅先輩は、どうしたことか、ふと足を止め、また教室の中へ戻ってきた。そして、私に近づいてくる。
心臓がドクドク鳴り、頬が真っ赤になるのが自分でもわかった。
背の高い紅先輩は、ひざを少し曲げ、私の耳元でささやいた。
「ご協力、ありがとう」
それから。
素早く、私の唇に、柔らかな自分の唇を重ね、
「さよなら」
と、今度は本当に出て行ってしまった。甘い果実の香りが教室に残った。
私はぼう然として、窓の外が暗くなるまで、そのままの姿で立ち尽くしていた。
終礼の鐘が鳴る。
ハッとして、ミメオグラフォの片付けに取り掛かる。机と椅子も並べ直す。そうしながら、頭の中でずっと、エス語のフレーズを繰り返していた。
Mi am as vi(私はあなたが好きです)
春の全校朝礼で、初めてあなたを見掛けた時から、ずっとずっと。
女学校では先輩と後輩とで、愛情にも似た友情「エス」の関係を結ぶ人たちがいて、時折、こんな私にも美しい文字の恋文が届けられもするけれど、紅先輩以外は目に入らなかった。