「おじいちゃんも、これを使ってたの? 一枚ずつ刷るなんて、手間がかかるね」
「確かに。だが、不便だからこそ、楽しいこともあったのさ。そういえば・・・おまえには話してなかったっけ。私がまだ若かった頃・・・」
むかしむかし。おじいちゃんは髪もフサフサで、背中もピンとしていて、元気いっぱいな青年だった。国語が得意な新米の先生で、クラスの文集を作ることに張り切っていた。
制作には、生徒も喜んで参加した。鉄筆を使うのは、たいてい器用な女子生徒。ローラーを回すのは、力のある男子生徒。刷ったそばから窓ぎわで乾かし、男子も女子も先生も一緒になって、ワラ半紙を折っていく。文集が一冊出来上がるごとに、歓声がわく。
「のどかな時代だったもんだな」
おじいちゃんはその頃を思い出したように、懐かしそうな声をあげた。当時の先生たちは、数の限られたガリ版機を譲り合って使い、若いおじいちゃんは遠慮して最後まで待つから、テストを作るのに遅くまでかかったこともあるらしい。
「一番焦ったのは、遠足の前の日。歌集作りが間に合わず、お月さまが空高くなるまで、一人で職員室わきの印刷室に残っててね。その時間になると、さすがに生徒たちは全員帰って、手伝ってくれる人もなく」
「大変だね。僕、現代人で良かった」
「だがね、その夜、最後の歌『おおブレネリ』を鉄筆でガリガリ刻んでいたら・・・」