もう、しょうがないなー。
「では、1杯だけ、付き合いましょう」
長靴を脱ぎかけるオレに、今度は、待てと猿神さんは目で告げて、
「怪しい・・・」
スッ。音を立てて空気を吸い込んだ。
「どこが・・・」
スッ。真似して空気を吸ってみる。
が、オレには、なにも感知できない。
「ワシは、家を出る時、必ずここに、羽根を1枚置いておく。災難を未然に回避する為だ」
猿神さんは、1メートル幅の下駄箱の上を指し示す。
「もしかして、侵入者に備えてですか?」
「そうだ。怪しい奴が勝手に出入りした際に、いち早く気づくだろ?」
「微妙な空気の動きで、羽根が舞うとかですか?」
そんな特殊な侵入者に対しての策を講じる必要がある程、平穏な現実とかけ離れた生活をしているようには思えない。
が、真面目な顔で、
「そういうこと、だ」猿神さんがオレを見る。
「ありませんね、羽根」オレも猿神さんを見る。
不穏な空気の漂う中で、見交わしあった目と目、思わず逸らしたその時に、
「エエエエ、エッ」
現れたチャッピーの鼻先を見て、
「こういうことか」猿神さんがうふっと笑い、
「ありましたね羽根」オレもにやっと笑った。
鼻先に羽根をくっつけたチャッピーは、オレが見ても、とても愛らしい。
侵入者問題は、杞憂に終わった。
オレは、鍋に湯を入れ、ぜんざいの袋を温める。
「アツ、アツ、アツ」
とぜんざいをかきこんでいた猿神さんが、テーブルに突っ伏すのを、
「ウマ、ウマ、ウマ」
とぜんざいをかきこみながら、オレは見た。
「猿神・・・」
さんと言いかけた時、オレの目の前にもテーブルが・・・。
薄れゆく意識の中、侵入者という言葉が、頭に浮かんだ・・・。