8 風船
ミエンダー氏は世界平和会議での講演を、無事、終えた後も、しばらくは、五所河原家にいて、新聞、テレビなどのインタビューに忙しい日を送っていました。
ある日、とうとう、
「では、ハツさん、コスモ博士、さようなら。ありがとう」
と、メンテナンスのすんだワープドアから、キエール星に帰って行きました。
それは、本当に、プクンと、水面にしずむような、ふしぎな光景でした。
ミエンダー氏が消えた後のリビングの空気は、少し、さざ波立って、あとは、何事もなかったように、静かになりました。
「じゃあ、ハツさんは、また、元気に、パトロールの日々にもどったんすね?」
ミエンダー氏をめぐるおどろきと興奮の日々が過ぎて、研究所で元通りの毎日に、ちょっと退くつしていた多田君が聞きました。
コスモ博士は、実験の手を止めて、首をふりました。
「それが、そうじゃないんだよ。母さん、すっかり、落ち込んでしまって、パトロールにも行かずに、リビングに、ボーっと、座っているだけなんだ」
「ああ、分かるなあ、ハツさんの気持ち。でも、すぐに、元のやんちゃなハツさんにもどりますよ」
二人がそんなことを話してから、半月ほどたっても、ハツさんは、まだ、ボーっとしたままです。
「このごろは、また、明かりセンサーの前で、立ちんぼしているし、今朝なんか、私を父親とかんちがいして、『いってらっしゃい、ナユタさん』って言ったんだよ」
多田君も心配になって来ました。
「そりゃ、考えものすね」
「日ごとに物忘れはひどくなるし、ごはんも食べずに、チューインガムばかり、かんでいるんだ。心配だから、スタングラをかくしてしまったよ。今、消えられたら、探しようがないからねえ」
「よくないなあ。すぐにでも病院でみてもらわないと。仕事している場合じゃないっすよ、先生」
「そう思うかね」
コスモ博士は、そわそわと、立ち上がりました。
「じゃ、さっそく、母さんを病院に連れて行こう」
「おれ、車、回しますよ」