WEB版「BOOK& ~川越からの物語」展(1/3)

文・田村理江  

第一話 ケンカの後始末

ケンカなんて、いつものことだと思っていた。
そりゃ、菜津の言い方が少しばかり強めだったかもしれない。
志門と暮らし始めて半年。何度言っても直らない、ささいな事(雑巾を洗濯機に投げこまないでとか、紙くずをゴミ箱からこぼしたままにしないでとか)が積もりに積もって、今日も小さな出来事がきっかけで口論となり、志門はプイと家を出てしまった。

結婚しているわけじゃないし、それは彼の自由だけど、菜津がどんなに怒っても「わかったよ」と包み込んでくれる人だと信じていたから、茫然とした。
「あー。言い過ぎた」
ケンカは、仕事で疲れた菜津のストレス発散だったかもしれないし、志門の気を引くための甘えだったかもしれない。どっちにしても「過ぎた」のは確か。

志門のいなくなったワンルーム。菜津には、やたら広く感じられる。平凡な毎日が今更ながら貴重に思え、菜津はごはんものどを通らない。

「あー。時を巻き戻せる魔法が使えたらなぁ」
菜津の気持ちにお構いなく、仕事は相変わらず忙しく、日帰りのプチ出張まで控えている。
目的地の川越は初めての場所なので、菜津は前日、遅くまで会社に残り、レジュメと一緒に地図をコピーしていた。

田村理江 について

(たむら りえ)東京都生まれ 成蹊大学文学部日本文学科卒業。日本児童文学者協会第15期文学学校を終了。 第6回福島正実記念SF童話賞を受賞して、『ガールフレンドは宇宙魔女』(岩崎書店)を出版。 児童書の作品に『リトル・ダンサー』(国土社)、『夜の学校』(文研出版)、『魔の森はすぐそこに・・・』(偕成社)など。絵本の作品に『ふなのりたんていラッタさん』(フレーベル館)、『ハンカチのぼうけん』(すずき出版)など。 HP:田村理江のページ