第一話 ケンカの後始末
ケンカなんて、いつものことだと思っていた。
そりゃ、菜津の言い方が少しばかり強めだったかもしれない。
志門と暮らし始めて半年。何度言っても直らない、ささいな事(雑巾を洗濯機に投げこまないでとか、紙くずをゴミ箱からこぼしたままにしないでとか)が積もりに積もって、今日も小さな出来事がきっかけで口論となり、志門はプイと家を出てしまった。
結婚しているわけじゃないし、それは彼の自由だけど、菜津がどんなに怒っても「わかったよ」と包み込んでくれる人だと信じていたから、茫然とした。
「あー。言い過ぎた」
ケンカは、仕事で疲れた菜津のストレス発散だったかもしれないし、志門の気を引くための甘えだったかもしれない。どっちにしても「過ぎた」のは確か。
志門のいなくなったワンルーム。菜津には、やたら広く感じられる。平凡な毎日が今更ながら貴重に思え、菜津はごはんものどを通らない。
「あー。時を巻き戻せる魔法が使えたらなぁ」
菜津の気持ちにお構いなく、仕事は相変わらず忙しく、日帰りのプチ出張まで控えている。
目的地の川越は初めての場所なので、菜津は前日、遅くまで会社に残り、レジュメと一緒に地図をコピーしていた。