「よし! チャンス!」
櫓のようになっている鐘の真下に立った菜津は、胸に手を当て、志門とケンカした日の朝に戻れるよう、必死にその日時を唱えた。
十回唱え終わったとたん、真上で「カーン」と鐘が鳴り響いた。
菜津は腕にはめた電波時計のスイッチを押し、日にちを確かめる。
「うわっ、戻ってる!」
腕時計が壊れたとは考えにくい。菜津は急いで、家へ戻ってみた。
ドアを開けたら、いつもの布団に志門がのんびり寝ていた。志門は昼近くまで寝て過ごすのだ。菜津は「ホッ」と息をつき、笑顔で会社に出て、一度やったことのある仕事をスピーディーにこなし、職場のみんなに驚かれながら終業時間を待った。
帰宅して、志門といつもどおりの会話を交わしているうち、あの「ケンカをした」時間が近づいてきた。菜津はソワソワしながら、ことさら優しく志門にしゃべりかけ、志門のほうも機嫌がいい。
「大丈夫だ・・・」
ケンカをしたはずの時間が、無事に過ぎていった。菜津は、嬉し過ぎて泣きそうになった。
「どうしたの?」
志門に不審がられ、「なんでもなーい」と、鼻歌でごまかす。
また、二人の平凡で穏やかな日が続くーーー。