「これ、おくれ」
不思議な格好の男の子だ。浴衣のような、うす汚れた茶色っぽい着物なんか着ている。
梅さんは、卓哉を無視して、その子にチョコレートを差し出した。
「あ、ずるいぞ! ぼくが先だ!」
卓哉は、男の子の腕をつかんだ。
「こいつ、お金、はらってないぞ」
男の子のにぎりしめたチョコレートを、卓哉は力づくで奪い取った。
男の子は、わっと泣き出し、店の外へ駆けていった。
卓哉の耳に、いつまでも男の子の泣き声が残る。梅さんは、無言で、卓哉にチョコを渡してくれた。
気になった卓哉が、男の子の後を追い、駄菓子屋の角を曲がると、そこは見知らぬ街並みだった。
道のまん中にドブ川が流れ、土色をした、今にもつぶれそうな長屋が続いていた。井戸があり、小さな稲荷もある。
卓哉は、先を行く男の子の背中に向かって、
「チョコのひとつくらい、くれてやるよ!」
と、叫んだ。
男の子は振り返り、卓哉が乱暴にほおったチョコレートを、大事そうに胸でキャッチした。
卓哉は、足元の石ころをけとばし、また駄菓子屋にもどった。