エルとくるみとソラ(1/7)

文・七ツ樹七香  

事件が起きたのは、その日の夜のことだ。
「くるみに相談があるんだ」
会社から帰宅してすぐにくるみの部屋をたずねてきたお父さんの顔はしんけんだった。
「え、お父さん、相談ってどうしたの?」
くるみがびっくりしていると、それに続いたのは思ってもみない話だった。

「お父さん、理由があって犬を引き取れたらと思ってる。くるみの意見を聞かせてほしい」
それを聞くと、くるみは昼間と同じように急におこりだした。
「なんで? イヤ! ぜったいにイヤ!」
「どうしても、むずかしいか?」
くるみはもう返事もせずにむっつりとだまりこむ。お父さんはがっかりしたようだった。

「くるみ。実は、知り合いのおじいさんが病気で長くないことがわかったんだ。だから、飼い犬が幸せにくらせる家をさがしてるんだ」
少しでも望みがないかとさがすように、お父さんはそんな風につけくわえた。

「・・・・・・」
「なぁ、くるみ、力になれないか?」
「別に、うちじゃなくてもいいでしょう?」
「そうか。ムリは言えないな」
お父さんはかたを落として、スマートフォンをかた手に部屋の外に出ていく。

つくえでスケッチブックに絵の続きをかきはじめたくるみは、イライラした様子でえんぴつを放り投げた。パタリとドアがとじると、すぐにかけよって聞き耳をたてる。
「浅田さん、あの先日のワンちゃんの件なんですが・・・」
ろうかで電話を始めたお父さんの声が聞こえてくる。なんだか心がチクチクする気がして、くるみは耳をドアに押しつけたまま、胸(むね)のあたりをぎゅっと押さえた。

「はい、家族の都合が悪くて・・・」
もうしわけなさそうな会話を聞くとドキドキした。
(ことわるんだよね。そうだよね・・・。だって)
そのしゅんかんだった。「ワン!」と明るい鳴き声が聞こえた気がして、くるみはハッとして周りを見まわした。くるみの家には、もう犬なんかいない。
気のせいだ。気のせいだけど――。

七ツ樹七香 について

(ななつきななか)熊本県在住 会社員勤務を経てフリーライター・(アマチュア)作家 新紀元社WEBサイト パンタポルタで記事・コラムを執筆するかたわら、WEBで小説を発表。公募活動にも力を入れる。『ピイのとんだ空』で日本動物児童文学賞 優秀賞。熊本県民文芸賞では小説部門を二年連続受賞。本賞で2019年に第1席を獲得した『ラスト・オテモヤン』は熊本日日新聞に全10回連載され好評を博す。本作は作品集収録とともに朗読CD化、熊本県内数カ所の図書館で視聴可能。 ほか、西の正倉院 みさと文学賞 佳作、集英社WEBマガジンコバルト がんばるorがんばらない女性小説賞 大賞など。 児童文学から一般文芸まではば広く手がけている。動物が大好き。犬と小鳥と暮らしている。著書を持つのが夢。