もっと、いろいろなこと、そう、賢作さん自身のことも、教えてほしかった。
あたしにわかっていることは、賢作さんは、おおらかな人ってことだけだ。
ほぼ見ず知らずの、あたしのことを、こんなにも自然に受け入れてくれているのだから。
いや、おおらかなのは、土地柄か。
この町内の入り口にある、たばこ屋の人がはったという結界も、いやにざっくりしていたし。
策作じいさんは、ヒスイ探しに出かける時、玄関に、鍵は不要と言っていた。
お盆の花盛り町大字細八字猪甲乙は、互いの家の行き来は自由、仏前に物を供えるのも、供物をいただくのも自由、そんなことも。
もっと、いろいろ、聞きたいこともある。
『この花盛り町大字細八字猪甲乙に帰って来たばかりのもんは、生きとるのか、死んどるのか、たぶん、自分でも区別がついとらんようや。送られる頃には、自然とわかるみたいやけどな』
って、策作じいさん、言っていたけど・・・。
明日、魂送りの日、お精霊舟で送られる賢作さんは、自分がユーレイだってこと、もう、わかっているのだろうか?
もしも、わかっていないなら、自分より、年とってしまった弟の策作じいさんのこと、どう理解しているのだろうか?
自分のおじいさんだとでも、思っているのだろうか?
そして、もしも、わかっているのなら、策作じいさんとは、もう、話したのだろうか?
もっとも、今年のじいさんは、ヒスイをせっせと探してみたり、帰って来たしのさんにかまけているから、そんな暇、ないかもしれないけれど。
でも、一番聞きたいことは、
「あたしのこと、嫌いですか? どうでもいいですか? ・・・それとも、それとも、ほんの少しでも・・・」