「うわっ! 飛んだ」
秋斗の家に来て11日目のことだった。
保育ケージを開けると、ピイはせわしなく羽ばたきながら飛び出して、フローリングへの着陸に成功したのだ。
「お母さん! 飛んだ! 見て!」
大声で秋斗はお母さんをよんだ。
何事かと見に来たお母さんは、ピイが勢いをつけた数歩ののちに、不器用な羽ばたきで少しばかり飛び上がるのを確認(かくにん)すると、秋斗と同じぐらい大喜びした。当初の宣言通り世話こそしないものの、今ではお母さんも秋斗のよき協力者だった。
ピイはといえば大きらいなお母さんの登場にパニックで、げんかん方面によろけて飛んで、クツの中に落っこちた。秋斗があわててピイをつかまえにいくと、お母さんはごめんごめんと言いながらろうかの角にかくれ、そっと親指を立てて秋斗に向けてつき出した。
「すごいな、ピイ。お前、もう飛べるんだ」
秋斗は自分の育てた子スズメの快挙に感無量だった。
その日から、ピイは毎日飛ぶ練習を試みるようになった。小さな段差(だんさ)を飛びおりるのだってちゅうちょせず、二日もたてばげんかんを飛び回るピイをつかまえるのがむずかしくなってきた。
シューズケースの一番上に飛び乗ってごまんえつのピイは、おなかが減るまでおりて来ずに秋斗をうんざりさせた。茶色くてふわふわの体はもうスズメそのもので、ヒナの証といえば、くちばしに黄色味が残っているぐらいのものだ。