日曜に行われたホテルでの同窓会は、想像以上に賑わった。懐かしい顔、顔、顔・・・。多少、年をとったけれど、皆、年齢よりは若やぎ、話したとたん、あの頃の笑顔に戻る。律子は幹事を見つけて、耳元でそっと尋ねた。
「遠井君、どこにいるかしら?」
「遠井君?」
幹事は、首をかしげた。
「うちのクラスじゃないわよ」
「やだ、忘れてるの? 遠井彼方君よ。ほら」
律子は、入り口で配られた学級新聞のコピーを、幹事の前で広げて見せた。幹事はますます怪訝な顔つきになった。律子は自分もそのコピーを見て、ハッとした。35人並んだ手書きコメントの真ん中あたり、確かにあったはずの遠井君の名前や文が消えているじゃないか!
「・・・ねぇ、うちのクラス、35人だったよね?」
「なに言ってるの。34人よ」
モヤモヤを抱えながらも、同窓会の時間はそれなりに楽しく過ぎ、帰りがけにホテルの近くにある実家へ寄ってみた。クラスメートたちには、消えた男の子の話を切り出せなかったけれど、夢見がちなところのある母なら、笑って聞いてくれるかもしれない。
「むかーし昔、トロ君って子、いたはずなのになぁ・・・」
「あらまぁ、懐かしい。トロ君っていったら、うちの子だわよ。律ちゃん、忘れた? あなたがまだ四つくらいだったかしらね、うちのテリア犬が死んじゃって、すごく泣いて困ったものだわ。お寿司のトロが好きで、トロって名前つけて。あなた、よく、おもちゃの赤いメガネをトロにかけさせて、遊んでたのよ」
「・・・トロ君・・・」
そうだ、思い出した。幼い時に兄弟のように暮らした小さな犬。確かにトロって呼んでいた。トロ君はいつもそばにいて、きっと今も・・・。
積み重なった記憶の中に埋もれていた、大事なひととき。忙しく過ぎていく日々のスピードに、いつの間にか消されていた思い出。
黄ばんだガリ版の新聞に書かれたコメントは、トロ君から律子へのメッセージだったのだろう。
「これからは、ときどき・・・ううん、たびたび思い出すからね、トロ君」
その思い出が、昔と同じように、未来の律子を支えてくれるにちがいない。 (おわり)