しかし。
「起きないそうだ」
揺さぶってみても、耳元で名前を呼んでも、冷たいタオルを額に乗せても、ハッカ油を目の周りに塗ってみても、キムチ炒飯の匂いをかがせてみても、起きないのだと、黒岩さんは教えてくれた。
「猿神先輩みたいだ」
ぼそりとつぶやいて、
「アブナイ、アブナイ、噂をすれば影、と言うから」
あわてて、口を手でふさぐ。
「そうですね」
別れに猶予ができたのは、うれしい。
けれど、喜んでばかりはいられない。
このまま、元に、戻れなければ・・・、山野辺さんの魂は、そして実体は、どうなる?
ずっと、宙ぶらりんの状態だ・・・。
これは、絶対、なんとかしないと!
「山野辺さん、自分から、体に入ってみたらどうでしょう?」
思いついて、提案してみた。
それに。
目の前で、ふっと消えられるより、覚悟を決めて、さよならした方がいい。
「うん。トライ! だな」
やってみるよと、山野辺さんは、うなづいた。
「さようなら、」
高校生の山野辺さん。
ふたたび、ぼくは、笑顔を顔に貼りつける。
「さようなら」
と、山野辺さんは、歩きはじめる。
数歩すすんで、ふり返る。
「ありがとう、如月くん。ありがとう、チャッピー」
にっこり笑い、去ってゆく。
裏庭から、表にまわるかどっこで、ひらりと手をふり、見えなくなった。
山野辺さんの足元を、じゃれるように歩いていたパピも、ゆらりと尻尾をふって、見えなくなった。