「・・・ああ、失恋といえば・・・」
黒岩さんは、自ら話をもどす。
「ぼくの最初の失恋は、16歳の時だった」
自分で自分の傷口に、塩を塗りこんでいいのだろうか?
ちょっと心配になってくる。
「あの、黒岩さん、ぼくがその話、聞いちゃっても、いいんですか?」
「いいんだ。話したい気分なんだ。聞いてくれるか?」
「もちろんです!」
「その人と、夏祭りの花火を一緒に見たくて、デートに誘った」
「黒岩さんは、勇気、あるんですね」
「じつは、ジャングルジムのてっぺんから飛び降りるつもりで、誘ってみたんだ」
「ジャングルジムって、低くないですか?」
「ぼくは、高い所が苦手だったんだ。・・・いまでは、どこだって平気だけどね。完璧に克服したから。いや、させられた。猿神先輩の荒療治のおかげで・・・」
と、また、黒岩さんは、頭のゴキブリを激しくはらい、ビールを1缶、一気に空けた。
それから。
ぼくは、黒岩さんの失恋話を聞いた。
「・・・ぼくは、毎年、夏祭りの花火の夜に失恋していたんだなー。しかも、花火を見る前に。だから、女の人とは一緒に花火を見たことがない・・・。どうしてだろう? あああ、ほらほら、ちんして。なるほど、幸太くんは本当に泣き虫なんだなー」
ティッシュを渡され、鼻をかみながら、ぼくも、いろんな話をしたようだ。
ポスターの話や白い猫の話は、したのだろうか・・・。
したような気もするし、しなかったような気もするし。
はっきりした記憶が、ない。
疲れと眠気が、どっとやってきた。
柱時計が、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、と4つ打ったのは覚えてる。
それから後の、記憶が、ない。