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雨と雨のすきまから、青い空がこっそり顔をのぞかせる午後。水のはった田んぼでは、せいれつしたイネの苗が、緑をかがやせていました。
その水に波もんが広がりました。そして、苗の間から、白いなわのようなものが、にゅるんと出てきました。
(カエルがいねぇ。あぁ、はらへった)
ヘビのシマ吉です。シマ吉は、田んぼをすいっと泳ぐと、あぜ道にはい上がりました。
白色の地に赤い横しまもようのウロコが、太陽の光をキラキラとはんしゃします。
(あいつ、赤と白のシマシマでへんだよなぁ)
(外国生まれなんだと。人間に育てられていたからって、インテリなのをはなにかけやがってよっ)
他のヘビたちは、シマ吉の見た目や、人間の言葉がわかることがおかしいと、仲間に入れてくれません。
なので、小さいころ、ゲージをぬけ出して帰れなくなったシマ吉は、それからずっと、ひとりぼっちでくらしてきました。毎日のごはんの用意も、決して楽ではありません。
(シマ吉よ、なんてきみわるい)
(あぁ、こわい。食われるぞ! にげろ~)
シマ吉の白いウロコは、茶色と緑に囲まれた自然の中では、遠くからでも目立ちます。
ウロコかがやくと、カエルたちは、あの赤くするどい目ににらまれる前にと、ぴょこん、ぴょこんとにげていきます。
(カエル、全然いないじゃねえか。しかたねぇ。少し遠くまで行ってみるか)
シマ吉は、ホカホカと体をあたためるお日さまにてらされながら、はっていきました。
どのくらいすすんだでしょう。田んぼからずいぶんはなれてしまったようです。木やコンクリートに頭上をおおわれ、見える空は少なくなっていきました。

シマ吉は、おなかがすいて、すっかりつかれてしまいました。見ると、目の前に大きなシイの木があります。すずしげなこかげが、まるで「休んでおいき」、とシマ吉をさそっているようです。シマ吉は、シイの木のかげでまるくなると、目をつぶりました。
「わぁ、白いヘビだ。へんな色」
「うへぇ。おい、だれかさわってみろよ」
「ええっ、こわい」
がやがやとした声にシマ吉は目をさましました。半月のような赤い目を声にむけます。
「う、うあぁ、目、開けた。にらんでる」
「きもちわる~い。にげろ~」
声の主たちは一目散(いちもくさん)に、にげていきました。
(なんだよぉ)
ぐるぐるとうせんぼ挿絵1ねぼけ眼(まなこ)のまま辺りを見回したシマ吉は、自分を見つめる女の子と目が合いました。
かたでぱっつりと切りそろえたかみに丸い顔。その中の大きな目にすいこまれそうです。
「あんた、なにヘビ? きれいねぇ」
女の子は、そうっと手をのばすと、シマ吉の頭をやさしくなでました。むねには、「2ねん1くみ みずきあかね」と書かれた名ふだが見えます。
「あ! アカネちゃん。あぶない、かまれるよ」
シイの木の後ろから、声だけが聞こえます。
(こんなにやさしくなでられてるのに、かむもんか。おれにだって、フンベツってものはあるんだからな)
シマ吉は、ぎろりとシイの木の後ろを見ました。
小さな男の子が、こっそり様子をうかがっています。
「アカネ、あんたと友だちになりたいなぁ」
アカネは、頭をなでながら、にっこりとシマ吉にほほえみました。
(そうかぁ。そんなに言うなら、なってやらんでもないぞ)
シマ吉は、とくいげに鎌首(かまくび)をもたげました。
アカネたちには、「シャー」という音だけが聞こえます。
「かまれるよ! アカネちゃん」
シイの木の後ろから、男の子が飛び出してきました。小さな体を前に出し、アカネを守るかのようにひょろんとした両手を広げています。
「だいじょうぶだよー、トオル。ヘビさんやさしいよ。気持ちいいからなでてごらんよ」
ケロリとしたアカネの声に、トオルはホッとして手を下ろすと、アカネをふりかえりました。
「ほんとう?」
うなずくアカネにこわごわと手を出したトオルに、シマ吉は、ゆっくり頭をむけました。
「本当だ。ぼく、はじめてヘビにさわったよ。しっとりしてて、つめたいっ」
「でしょう。白と赤できれいだよね~」
うっとりと、アカネはシマ吉をながめます。
「そういえば、おばあちゃんが、白ヘビは神さまのケシンだって言ってた。紅白はめでたいから、このヘビさん、もっとすごい神さまのケシンだよ」
「本当! すごいね~。ぼくたち、神さまと友だちになっちゃった!」
アカネとトオルは、顔を見合わせると、うれしそうに笑いました。
そのとき、白い建物の方から「キンコーン」とチャイムの音がひびきました。
「あ、行かなきゃ。またねヘビさん」
アカネとトオルは大きく手をふると、白い建物のほうへと走っていきました。
(ふふん。人間の友だちも、悪くないな)
これまで、こわい、きもちわるい、とさけられるばかりだったシマ吉です。自然と、口のはしがもち上がります。
シマ吉は、「アカネって言ったな。アカネは友だち。おっと、トオルも友だち」と、何度も二人の名前をつぶやきました。
それからシマ吉は、アカネとトオルに会うために、シイの木の周りをうろつくようになりました。
アカネは、シマ吉の姿を見かけると「ヘビさーん」とうれしそうに顔をほころばせます。トオルも楽しそうに、アカネの後をついてきます。
二人の笑顔に、シマ吉は春のおひさまをあびたような、ほんわりとした気分になっていきました。

そのときです。タヌキさんがいいました。

「店長、さっきの、あの調子でいいんじゃないんですか」

「そうですよ、あの『おねえことば』もなかなか楽しかったですよ」

シカさんもいいました。

「ぼ、ぼくも、店長はやさしい話し方ができるようになると思います」

リスくんは、うつむきながらいいました。

「やさしい話し方とか『おねえことば』ってなんだよ」

イノシシ店長は、顔をあげました。

「えー? 店長、気がついてなかったんですか? いつもこわーい店長が、さっきからきゅうにやさしくなったりしたので、どうしたんだろうと思ってたんです」

シカさんはにっこりしました。

「こわい? おれって、いつも、こわいのか?」

「いつでも、こわいでーす!」

シカさん、タヌキさんが声をそろえました。

「オレのいいかたって、ちょっときつい?」

「ものすごーく、きついでーす」

お客さんの声がそろいました。

「みんなそう感じていたのに、オレは・・・」

店長は、力なくイスにすわりこみました。

「リスくん。すまなかった」

「いえ、そんな・・・」

リスくんは、はずかしそうにいいました。

「もう、これからはきついいい方しないから、リスくん! さぁ、本当においしいラーメンを食べてもらうために、しっかりお仕事しましょ、あれ、またおねえことばになってるぞ」

「アハ、ハ、ハ」

みんなの顔が明るくなりました。

 

「店長、チャーシューメン大盛りで」

「特製ラーメン、まだですか?」

「いまイノシシスピードでつくってまーす」

店長は汗をかきながら答えます。

「店長ったら、冗談いってないで、早く早く」

「よっしゃあ、ウルトラ・イノシシスピード!」

お客さんも、イノシシ店長も、リスくんもみんな明るい顔になっています。お店の中はおいしいにおいと笑い声であふれています。

ヤギさんはそのやりとりをみていて、満足そうな顔をして店をでました。

 

「あれ? ヤギさんがいない」

リスくんは、店の外へさがしに行きました。

町外れにたどりつくと、ヤギさんは、もうたるを片付けています。

「店長は気づいてくれたようじゃなあ」

「ヤギさんのおかげです。ほんとうにありがとう! あの、つけもの代はいくらですか?」

「お代はいらんよ」

ヤギさんは、たるをふろしきでつつみました。

「え、どうして?」

「ことばをつけるとなあ、ぬかの味がよくなるんじゃ。おかげでつけものは、どんどんおいしくなって、よく売れる。だからお代はいらんよ」

ヤギさんは、歩きだしました。

「ありがとう、ヤギさん。お願いがあるんだけど。あの袋とぬかを少し分けてほしいんだ」

「どうするんじゃ?」

ヤギさんはふりかえりました。

「またイノシシ店長がきついいい方にもどったとき、あのつけものをつけようと思って」

「そりゃ、もう必要ないわい。店長もことばの大切さをよくわかってくれたからの」

「でも」

リスくんは、うつむいてしまいました。

「リスくんの心の中に、あの袋とぬかがあるんじゃ。こまったときは、心の中でつけものをつけてごらん。必ず解決するから」

「うん、わかった。ぼく、がんばってみるよ」

リスくんは、ヤギさんの目をしっかりとみつめました。

「ありがとう、ヤギさん」

リスくんは、手をふりました。

「いらんかねえ、つけものはいらんかねえ」

ヤギさんの声が少しずつ遠くなっていきました。

「いらんかねえ、つけものはいらんかねえ」

「おい、リス。このやろう、この忙しいのに、どこにいってた?」

お店に帰ると、さっそくイノシシ店長のきついことばがとんできました。

「あの、あの」

「ほんとうにおまえは、はっきりしねえな」

イノシシ店長は、リスくんをばかにしたように、そっぽをむきました。

リスくんは、ひるむことなく、店長の前にぐいっと進み出ました。

「おいしいつけものをみつけたので、ラーメンにそえてはどうかと思いました。で、そのつけものやさんをつれてきたのです」

シカさん、タヌキさんがびっくりするほど、リスくんは大きな声ではっきりいえました。

「そ、そうか。じゃあ、店の中へよべ」

イノシシ店長もおどろいた顔でいいました。

「へーい、店長さん、このたくあんをどうぞ」

ヤギさんは、たくあんをさしだしました。

「お、うまそうじゃないか。色もいい」

イノシシ店長は、つけものをいっぺんに口にほうりこみました。ボリ、ボリ、ボリ、ボリ。

「うまいな。これをオレ様の世界一うまいラーメンにつけると、うまさがもっとひきたつな。よし、じいさん、ウチととりひきするか」

「まいどありがとうございますぅ」

ヤギさんは、ふかぶかとおじぎをしました。

「じいさん、オレのラーメンはびっくりするほどうまいぞ。つくってやるから食っていけ」

――おかしいなあ、イノシシ店長のことばはいつものままだぞ

リスくんはヤギさんをそっとみました。ヤギさんはお店のカウンターのはしにすわって、ニコニコしています。

プルプルルー、プルプルルー。

お店の電話がなり、イノシシ店長がでました。

「あ〜ら、ネコ山様、店長のイノシシでございますわ。おせわさま。あしたの予約? いやだあ、あたしったら、すっかりわすれてるう。4名様で12時からですね。おまちしてますわ」

お店の電話がなり、イノシシ店長がでました。

――うひゃー、なんだ、あの「おねえことば」は。あのつけものがきいたのかな?

リスくんは、ヤギさんのほうをみました。

ヤギさんは、うっとりしながらチャーシューのにおいをかいでいます。

「おい、リス、なにしてんだよ! さっさとどんぶりを洗え、このやろう」

イノシシ店長は、リスくんをにらみました。

――あれ、おかしいなあ? 店長にもどってるぞ。もうききめはきれてしまったのかな

そのとき、サルさんが配達にきました。

リスくんが箱の中を見ると、ラーメンのめんではなく、うどんが入っています。サルさんは、びっくり。リスくんも、青くなりました。

「おい、リス、どうした?」

「て、店長、うどんがきてしまいました」

リスくんは、ブルブルとふるえました。イノシシ店長の怒る姿が、目に浮かんだからです。ところが……。

「だれにでもミスはあるものだ。すぐとりかえるように手配したまえ、リスくん」

イノシシ店長は、こんないい方をしたことはありません。みんなは、店長の方を見ています。

「なんだよ、みんな。さっきからじろじろ見やがって! やい、リス、文句あんのか」

イノシシ店長は、リスくんに近づき、むなぐらをつかみました。

「ぼ、ぼくはなにも、ご、ごめんなさい」

リスくんは、目を真っ赤にしてふるえています。

ところが・・・。

「あら、いやだ、リスくんったら、こんなにふるえて~。もう、こ・わ・が・ら・な・い・で」

イノシシ店長は、リスくんのあたまをなでなでしました。

 

「店長、開店の時間です」

外では、ラーメンを食べようとお客さんがならんでいます。お店が開きました。

「チャーシューメンください」「特製ラーメン、大盛りで」「ぼくはモヤシ多めで」

お客さんはおいしそうに食べていますが、みんなだまって食べています。話しながら食べたり、笑ったりしようものなら、イノシシ店長は「だまって味わえ」と、どなるからです。

「ごちそうさま」

うさぎさんが食べ終わりました。

「うさぎさん、店長が怒るから、チャーシューを残さず食べてくださいよ」

リスくんが、うさぎさんの耳もとでそっといいました。

「おい、リス! なにこそこそ話してんだよ」

店長は、どんぶりをうばいとりました。

「おい、チャーシューを残すような客は、もう食いにこなくていいぞ」

イノシシ店長は怒りで目をつり上げています。

リスくんは、心ぞうがバクバクとしてめまいがしてきました。そのときです。

「チャーシューやスープはこんなにおいしそうなのに、ラーメンになると、何かたらんのう」

ヤギさんが、カウンター席でつぶやきました。

「やい、じじい、もういっぺんいってみろ」

「ああ、なんどでもいうよ。これで世界一うまいラーメンとは、あきれてものがいえんわい」

「なんだと! このじじい」

イノシシ店長は、怒りで体がふるえています。が、店長の様子が変です。

いつもなら、気に入らないときは、お客さんでさえも店から追い出すはずなのに、いまは、頭をさげたままなのです。

「な、何が足らないだ。教えてくれ」

「ことばじゃ。味にはのう、ことばのスパイスが必要なんじゃ。店長、アンタはきついいいかたばっかりだ」

「きついいいかたばかり・・・」

「そうじゃ。『まいどありがとうございます』『お味はいかがですか』というお客をもてなす心のこもったことばが、なぜいえんのかな」

「心のこもったことば・・・」

イノシシ店長は、くちびるをかみしめました。

「それがなければいつまでたっても、ほんとうにうまいラーメンはつくれんぞ」

ヤギさんのことばに、店長はがっくりとひざをつきました。

リスくんの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっています。手を見ると、ヤギさんからもらった袋がパンパンにふくらんでいます。

「どうなっているんだ?」

リスくんは、ふくろをそっとあけてみました。

「のろま!」「おまえのようなやつは!」

イノシシ店長のどなり声です。リスくんはあわてて袋の口をしめました。

「うわー、袋が、店長のことばをすいとってる! よーし、これをつけものにしてもらおう」

リスくんはヤギさんのところにいってみましたが、たるだけがおいてありました。

「ヤギさーん、あれ、いないなあ。悪いけど勝手につけさせてもらおっと」

そこには、黄色に茶色、白、オレンジのたるがありました。

そこには、黄色に茶色、白、オレンジのたるがありました。

「どれを入れたら、店長のことばがなおるつけものができるのかな。よし、全部入れてやれ」

リスくんは、小さな手で、すべてのたるのぬかを何杯も袋にいれました。そのたびに「こののろま!」と、店長のどなり声がもれてきます。

「ひー、店長だ」

リスくんは、ひっしに袋をふりました。

中をのぞいてみると、くろっぽいものが10切れもできています。

「店長のことばのつけものはまずそうだけど、店長に食べさせてやる!」

リスくんは、急いでお店に帰りました。

 

「おい、リス、どこへ行ってた!」

店長は、チャーシューを切りながら、横目でにらみました。

「て、店長。これを食べてみてくれませんか?」

「ふん、なんだ、つけものか」

「ぼ、ぼくが、つけてみたんです」

店長がひときれつまみました。ボリボリ。

「うえー、なんだこの味は。こんなものをつけに、店をさぼっていたのか、このやろう」

店長は、おたまをリスくんになげつけました。

「店長のオレ様をばかにしやがったな!」

「ひえー、ごめんなさーい」

リスくんは、また店をとびだしていきました。

 

「おや、リスくん、どうしたんじゃ?」

ヤギさんが、青い顔をしたリスくんに声をかけました。

「ヤギさんのいないときに、店長のことばをつけものにしたの。それを食べさせたら、店長はもっときついことばになっちゃったんだ」

リスくんは、袋の中の残ったつけものをみせました。

「おやおや、これを食べさせたのかい? よしワシがつけかたを教えてあげよう」

ヤギさんは袋に新しいぬかを入れて、リスくんにわたしました。

リスくんは袋をふりました。

ジャンカ、ジャンカ、ジャンカ。

「中をみてごらん」

「ぜんぜん変わってない! 黒いままだ」

リスくんは、袋の中とヤギさんの顔を交互に見ました。

「リスくんは店長のことを責めながらふらなかったかい」

「えっ?」

「『店長のやつ、いまにみてろ』っておもいながらではだめなんじゃ。店長がやさしいことばになって、みんなと楽しく仕事ができますように、と心をこめてふってごらん」

ヤギさんにいわれ、リスくんは、目をつむり、祈るような表情で袋をふりました。

シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ。さっきとちがって軽やかな音がしています。

「もういいじゃろう。袋をあけてみてごらん」

袋の中から、黄金にかがやくようなたくあんができていたのでした。

「ワシが、これを店長に食べさせてやろうか」

「ほんとう? 店長のことばは、なおるよね」

リスくんとヤギさんは、歩き出しました。

「ワシのつけものは、ことばを直すことはできるが、その人の気の持ち方も大切なんじゃよ」

「じゃあ、ぼくも気持ち次第で、店長がこわくなくなって、ちゃんとはなせるようになる?」

リスくんは立ち止まってヤギさんをみつめました。

「そうとも。ワシのつけものは、しっかりきくんじゃ。あとはリスくんの気の持ち方じゃよ」

「そうかあ」

リスくんは、ヤギさんの顔をみあげました。

「おい、リス! どこにいってやがった」

つけものを食べて元気が出たと思ったリスくんですが、イノシシ店長のこわい顔を見ると、やっぱりおどおどしてしまいます。

「おい、リス。かつおぶしの注文はどうした!」

「ち、注文は、あ、明日でもいいと・・・」

「オレが聞きたいのは、注文をしたのか、まだなのかだ。どっちなんだ。はっきりいえ!」

店長は、リスくんをにらみつけました。

「あ、あの、あの・・・」

「もう、いい! おまえみたいなやつがいると、ラーメンのスープがまずくなる!」

イノシシ店長は、まないたをたたきました。

「あ、あんまりだあ」

リスくんは、店をとびだしていきました。

「おい、リス! どこにいってやがった」

「ヤギさん、ヤギさーん」

リスくんは目に涙をいっぱいためて、ヤギさんの前に立っていました。

「おや、リスくん。あの浅づけでは、あまりききめがなかったみたいじゃのう」

「うん、ぼく、いいかえせなかった。うえーん」

「おやおや、泣くんじゃない、泣くんじゃないって。もう一度この袋に口をあててごらん」

「店長、それはいいすぎですぅ」

茶色の袋はさっきのように、少しだけふくらみました。

「では、白のぬかでいくかのう」

シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ。

ヤギさんは、さっきより念入りにふっています。

袋から白いたくあんが一切れでてきました。

「さあ、お食べ。これで、はっきりしたことばで、はなせるようになれるはずじゃ」

「ありがとう、ヤギさん」

ポリポリ、ポリポリ。すると、リスくんのしっぽが、またぴんとしてきました。

「よーし、今度こそ、店長にガツンというぞ!」

「その調子、その調子。がんばるんじゃよ。そうそう、この袋をもう一枚もっていきなさい。なおしたいことばがあれば、またおいで」

ヤギさんは、リスくんを見送りました。

「おい、リス。この忙しいのに、なにをしてた」

イノシシ店長は、リスくんをにらみつけました。

「は、はい、すみませんでした」

「おい、リス! 明日の予約は何人だ」

「は、はい、あの〜、確かあ」

「すぐに答えられないのか! おまえは」

店長はよほど虫のいどころが悪かったのでしょう。「この、のろま」「なにやってんだ!」と店長は、リスくんにあたりちらしました。

いっしょに働いているシカさん、タヌキさんは、おこられないようテキパキ、ハキハキ。でもリスくんはおどおどして、ドジばかり。イノシシ店長は、そんなリスくんをきらいなのかもしれません。

――よーし、みてろ。つけものパワーだ!

リスくんは、ヤギさんのことばを思い出し、店長の前に立ちました。

「店長! ぼくだけにどうしてそんなきついいい方をするんですか? ぼくだって、いっしょうけんめい仕事をしているんですよ」

シカさんとタヌキさんは、その声にふりかえりました。リスくんがイノシシ店長に、はじめてはっきりと意見をいったからです。

「・・・・・・」

店長は、何もいえないようにみえました。

ところが、それはほんのいっしゅんでした。そのあとは「なんだとー、なまいきな」「オレのいい方が気に入らなければ、さっさとこの店から出ていけ」と、さっきよりきついイノシシ店長のことばが、リスくんにとんできます。

「うえ〜ん、ひどいよ〜」

リスくんは、目をまっかにして、またお店をとびだしてしまいました。

ある日の昼下がり、リスくんが、町のはずれをとぼとぼと歩いていました。

リスくんは、ラーメン屋さんの「イノシシけん」で働いています。このお店のラーメンはおいしいと町でひょうばんです。

でも店長のイノシシはおこりっぽくて、こわいのです。

けさもイノシシ店長に、ねぎのきざみかたが悪いと、リスくんはおこられてしまいました。

「いっしょうけんめいやってるのに、店長ったら、きついいい方ばかりするんだから」

リスくんは、くやしくてたまりませんでした。

気分はすっきりせず、大きなしっぽが、だらんとたれさがったままです。

そのとき道の向こうから、のんびりした声がきこえてきます。

「えー、いらんかねえ」

このあたりでは見かけないヤギさんが、大きなふろしきを背負って歩いてくるのが見えました。

「つけものはぁ、いらんかねえ」

「つけものかあ、おいしそうだなあ」

リスくんは、かけよっていきました。

「へーい、いらっしゃーい」

ヤギさんはゆっくりと荷物をおろし、みちばたにたるをならべだしました。

「ねえねえ、どんなつけものがあるの?」

「たくあんにきゅうり、なんでもあるよ。それに、うちはなあ……」

ヤギさんは白いヒゲをなでながら、じいっとリスくんを見ました。

「お客さんがもってきてくれた材料でも、つけものにできるんじゃよ」

「それじゃあ、うちのお店からニンジンをもってこよう」

リスくんは、かけだそうとしました。

「お客さん、おまちなさい。ワシのつけものは、野菜でなくてもできるんじゃよ」

ヤギさんは、たるのふたをあけました。

「じゃあ、木の実とかをつけるの?」

「いいや、ことばじゃよ」

「ことば? え、なにそれ?」

リスくんは、大きな目をさらに丸くしました。

「ワシは、ことばもつけものにできるんじゃ」

ヤギさんは、リスくんに茶色のビニール袋をわたしました。

「この袋を口にあててなあ、何とかしたいことばやなおしたいことばをしゃべってごらん」

「そうしたら、どうなるの?」

リスくんは、袋を太陽にすかしてみました。中はなにも入っていません。

「つけものにかわるんじゃ。それを食べるとなあ、なおしたいことばが、自分の希望するようなことばになって、口からでてくるのじゃ」

「へえ、すごいや。でも、ぼくのなおしたいことばっていうと・・・」

リスくんは、うでぐみをしました。

リスくんは、袋を口にあてました。イノシシ店長のことを思い出すと、思わずよわよわしい声が出てしまいました。

「ぼく、いっしょうけんめいやってますぅ」

すると袋が少しふくらみました。リスくんは、それをヤギさんに差し出しました。

「へーい。お客さんは、なかなかいいたいことがいえないんじゃな」

「うん、イノシシ店長がおこりんぼだから」

「そうかい。では、これにしようかのう」

ヤギさんは、黄色のたるのふたをあけました。

「お客さん、早くためしてみたいかい?」

「うん、食べるとぼくのことばは、どうなるのかな。どんな味がするのか食べてみたいよ」

「じゃあ、浅づけにしてみるかのう」

ヤギさんは、たるから黄色いぬかを少しつまみ、袋の中に入れ上下にふりました。

シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ。

「ほーら、できたよ。お客さん」

ヤギさんは、リスくんに袋をわたしました。

袋をあけると、ちいさな黄色いたくあんが一切れ入っています。

ことばのつけものやさん

「へえ、ことばって、つけものにするとこうなるんだ」

リスくんは、口にほうりこみました。

「からくて、おいしいね」

「これはカラシづけで、いいたいことがしゃきっとしたことばでいえるようになるんじゃよ」

「ん? なんか元気がでてきたぞ。よーし、きょうこそ店長にはっきりいってやる!」

リスくんのしっぽが、ぴんとしてきました。

「なおしたいことばがあれば、またおいで」

「ありがとう! ヤギさん」

リスくんは、かけだしました。

「お客さーん、いまのは、浅づけじゃから、ききめは弱いよ、おーい、きこえとるかねえ」