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「・・・ゆい・・・結那(ゆいな)」
あたたかい手が、結那の肩にやわらかくふれました。
結那は、もぞもぞと首をふりました。

「う~、う、うんん・・・あっ、お母さん」
目に飛び込んだお母さんの姿に、結那は、すっくと体を起こしました。
そして、うでをせいいっぱいのばすと、お母さんをつかみました。
「おかあさん、おかあさん」
泣きながら胸にしがみつきます。

「ごめんね、心配かけて」
マスクごしに聞こえるお母さんの声にも、涙がにじんでいます。
お母さんのにおいにホッとした結那は、顔をあげると、不思議そうにあたりを見回しました。
窓の外は、すっかり暗くなっています。

「結那、心配しすぎてつかれちゃったんだね。ねちゃったからって、アンジさんがふんわりパンに連れてきてくれたんだよ」
「ありがとう、もう大丈夫だからね」と言いながら、お母さんは結那を抱きしめました。

早く、早く帰らなきゃ。お母さん、待ってて。
結那(ゆいな)は、お母さんといつも行くカラアゲ屋さんに急ぎます。
ここのカラアゲが、お父さんは大好物なのです。

しかし、店の前に着いた結那は、目の前が暗くなりました。
シャッターが下りた店の前には、「完売」と書かれたチラシが、結那をこばむかのようにふさいでいます。
結那は、食い入るようにチラシを見つめます。
しかし、チラシもシャッターも、そよとも動きません。
どうしよう・・・お母さん。

そのときです。
アパートのドアのカギを回す音が室内にひびきました。
キッチンが玄関に面している作りのアパートなので、結那(ゆいな)たちから、カギが回る様子は直接目に入ります。

「結那、パン、袋にもどして。お出かけ用のバックに入れて」
お母さんの緊張した声に、結那は急いでパンをしまい、背すじをのばしました。

「腹へったなぁ、何かないか?」
ドアを開けたのは、結那のお父さんでした。
「あら、あなた。お仕事、今日早かったのね」
お母さんは、急いで玄関先に向います。

「はあ? おまえ、ばか? 外回りに決まってるだろう。おれは優秀だから、5時までに戻ればいいんだよ。それともなに? おれが帰ってくると困ることでもあるわけ?」
お父さんは、首をななめにかたむけ、たたみかけるように言葉を重ねます。そして、お父さんのスリッパを出そうと背中を向けたお母さんに、「チッ」と舌をならしました。

お父さん、機嫌悪い・・・。
「・・・ご、ごめんなさい」
お母さんは急いでスリッパを並べました。そしてキッチンに立つと、ごはんを作り出しました。

かっぱがかんちがいしているので、おしょうはもっとこわがらせます。
「おっとさんに井戸からでてもらって、もっとこわい顔でしかってもらおうか?」
「いやだ、いやだ、やめてくれー!」
とうとうかっぱは、泣きだしてしまいました。
「おしょう、どうしたらよい? おっとさんが、おこってなさる。」
泣きじゃくるかっぱを見て、こわがらせすぎたとおしょうさんは、はんせいします。

「おしょう、井戸はふしぎだなぁ。 こんな小さなあななのに、くんでもくんでも水がでてくるなんて、おどろきだ!」

なんども水をくんでは、あたりにその水をまくかっぱ。
「やめんか、水がもったいない」
大きな声でしかりましたが、かっぱは言うことを聞きません。

つぎに井戸の中が気になったのか、じっとのぞきこんでいました。
おしょうさんはかっぱがおちてしまわないか、しんぱいです。

「あれ、なにか見えるぞ?」
もっと体をのばして、中に入ります。
「これ、あぶないぞ!」
今にもおちそうなかっぱの足を、おしょうさんはつかみました。

おしょうさんは、こまってしまいました。
かっぱのこわいものが、わからないのです。
そこでお茶をのみながら、こわいものを聞きだすことにしました。

「へびは、好きか?」
「おいかけるとニョロニョロと、にげるすがたがおもしろい」
「カミナリは、こわいか?」
「ゴロゴロなると、おいらおどりだす」

「おてんとうさまは、どうじゃ?」
「水の中から見ると、キラキラきれいだぞ」

おしょうさんは、もっとこまってしまいました。
あれやこれやと聞いてみましたが、かっぱのこわいものが見つかりません。

「おしょう、もう一ぱい茶をくれ」
「わかった。だが湯がないので、井戸で水をくんでくる」
「井戸? なんだそれ、おいらに見せてくれ」

こわいものを知るために、もっといっぱい話をしなくてはいけません。
そこでいっしょに、井戸まで行くことにしました。

かっぱが、すがたをあらわしました。
「かっぱや、このおしょうに教えておくれ。どうして畑をめちゃくちゃにしたり、子供にすもうをとろうとおいかけるのじゃ」

しばらく考えてから、かっぱが答えました。
「わるさは、おもしろいからするのさ。それにしたって、だれにもしかられないしな」
おしょうさんは、いいことを思いつきます。

むかしむかしのお話です。
あるところに、小さな村がありました。
村で一番大きな山のてっぺんにお寺がたっていて、そこには年をとったおしょうさんが、一人でくらしています。
おしょうさんはかしこくもの知りだったので、こまったことがあると村人は大人も子供も、なんでもそうだんをするのでした。
どんなことでもいやな顔をせず、おしょうさんはいつもたすけてくれます。

また今日もしょうやさんが、お寺にやってきました。
「おしょうさまこの山のふもとをながれる川に、かっぱがあらわれて、みなをこまらせています」
「なんと、かっぱがあらわれたとな!」
「はい、畑の野さいをめちゃくちゃにしたり、すもうをとろうと子どもをおいかけたりするのです」

「ふむ、それはいかんなぁ。わしが、なんとかしてみよう」

7 ぴりーこぱんに、会えるのは

すべてが、うごきだした。
時計はもうあそんでない。
数字は元のばしょに帰ったし、はりも走り回るのをやめて、一歩一歩時間をきざんでる。
外からは、人の話し声や、じどうしゃの走る音、鳥の声。いろんな音が、ながれこんでくる。
そして、バタバタと足音が近づいてきて、へやにお母さんがとびこんできた。

「あんこちゃん、学校行く時間だよ! よういして」「はーい」
あんこちゃんは、きのうのうちによういをしておいたランドセルをせおった。
あとはぼうしをかぶれば、したくはできあがり。

「お母さん、もう行けるよ」
自分がよんだくせに、まだお母さんは家の中でバタバタしてる。
まあ、いつものことだけど。かがみをみて、お母さんがぼやいた。
「やだもう~、口べに半分しかぬってない。こんなとちゅうでわすれるとか、わたし何やってんだろ」
「だってお母さん、おけしょうのとちゅうでねちゃってたもん」
あんこちゃんはクスクスわらいながら言った。お母さんは思わすふきだした。

「まさか~、そんなわけないでしょ。いくらなんでも」
「本当だよ。ぴりーこぱんが来てた時に、おふとんでねてた」
「ぴりーこぱん? 今日はまだだれも来てないよ。あんこちゃんこそ、ゆめでも見てたんじゃない?」

「おまたせ!じゃあ、行こうか」
ようやくお母さんのしたくができたので、あんこちゃんたちは小学校へしゅっぱつした。
引っこしてきたばかりでいっしょに学校へ行く友だちがまだいないので、お母さんがつきそってくれている。
歩きながら、あんこちゃんは歌った。

ぴりーこぱんにあえるのは しらないよ しらないよ
なんじにくるのか なんじになるのか わからない わからない

「おもしろい歌! 今日のあんこちゃんは、ごきげんかな?」
お母さんがわらった。
「この歌ね、ぴりーこぱんとあそんだときに歌ったんだよ」
「そっかあ、楽しそうなゆめを見たんだね」
もう、お母さんったら、しんじてないや。
だけどあんこちゃんには、お母さんがなんだかうれしそうに見えた。

6 バイバイ、ぴりーこぱん

「時間が元にもどらなくなるって、どういうこと?」
あんこちゃんはどきりとした。
しんぞうがドックンドックン、大きな音をたてている。

「せかいがずっとねむったままになる、ってこと」
ぴりーこぱんが答えた。
「そう、あんこちゃんのお父さんとお母さんもずっとねむったまま」
キャンディチーズくんがその後につづけて言った。
あんこちゃんは、たしかに時間がもどらなくてもいいやって、ちょっとだけ思った。
だけど、ずっと時間がもどらなくなるなんて・・・
そうぞうしたら、目の前がまっくらになった。「ハートちゃん、どうして・・・?」
「ぴりーこぱん、そろそろあんこちゃんを元のせかいにもどしてあげよう。長くあそべばあそぶほど、あんこちゃんはわたしたちとのおわかれがつらくなっちゃうよ」
ハートちゃんは、あんこちゃんではなく、ぴりーこぱんに向かって言った。

「・・・やだよ。もっとみんなとあそびたい」
それに答えたのは、ぴりーこぱんではなく、あんこちゃんだった。
「あんこちゃん・・・」
「せっかくハートちゃんにも会えたのに!」
「わたしも、ずっとあんこちゃんとあそんでたい! でも、ダメなの」
あんこちゃんは、こんなひょうじょうのハートちゃんを、見たことがなかった。

「だって、時間が止まったままだったら、あんこちゃんは大人になれないでしょ?」
それから、あんこちゃんの絵とおなじニッコリえがおになって、やさしく言った。
「わたし、あんこちゃんがすてきなおねえさんになるのを見たいんだ」
「ハートちゃん・・・」
あんこちゃんがうごけないでいると、その手を引いて、ぴりーこぱんが言った。
「いそがなきゃ! あんこちゃんのおうちにもどろう」