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「・・・これ、ママの味だ」
「はい。タベルノダイスキさんは、一流のシェフですからね。さあ、料理が来ましたよ。どうぞ召し上がれ」

お料理をパクパク食べるさえちゃんを、2人のオバケたちはうれしそうに見ていました。
「タベルノダイスキさんは本当に、上手ね。とってもおいしい! 」
「それは良かったです。でもね・・・これはみんなママさんにはかなわないんです。ボク、もっともっとがんばらなくちゃ! ありがとうございます、さえちゃん」
にっこりと2人のオバケはほほえみました。

「ええっ?? マ、ママぁ・・・」
どうしよう、とさえちゃんがママを見ました。
ぐうぐう、ぐう~
もう、ママったら。夢の中です。

「ああ。ママさんにはちょっとだけ、眠っていただきました。大人はちょっとだけ、やっかいなものですから」
タベルノダイスキさんは笑います。

「だ、大丈夫なの? ママ、起きる?」
「はい。さえちゃんがこちらに戻ってきたら、必ず」
これでは行かないわけにはいきません。さえちゃんはしぶしぶ、うなずきました。

「・・・分かった。行く」
それに、ほんねを言えば。ピーマンオバケとニンジンオバケのレストランを見てみたかったんです。なんだかちょっと、面白そう。

「良かったです」
タベルノダイスキさんは笑って、
「では、目を閉じてください。1、2のニンジン! さあ、着きましたよ」

「さえちゃん。お昼ごはんよ」
ママに声をかけられて、さえちゃんは絵本を置くと
「はあい!」
タタタッ。
はしって行きました。

ママはとってもおりょうりがとくいなんです。
今日のお昼は、なにかなあ。
ワクワクしながらテーブルを見ると。うわあ。
「・・・ニンジンとピーマン、入ってるぅ」
大好きなチャーハンの中には、小さなニンジンとピーマンがたくさん。さえちゃんはどっちも、苦手なんです。

〈ぼくは、もうだめになりそうだ〉
そう思ったとき、
「おそくなってごめん。るすばんごくろうさん」
大きな声がして、あきらさんがかえってきた!

「かさ、もっててくれてありがとう」
あきらさんは、ぼくの頭や体をもとのかたちにもどそうとしてくれた。
でも、もうゆきが少なくてうまくいかない。

「きみがとけていなくなったらさみしいな」
あきらさんは、ぼくのまえにしゃがんでつぶやいた。でも、すぐに
「そうだ! いいこと思いついた」

そういって、うちから大きなはこをもってきた。
「ここが、きみのベッドだよ」
はこの中に、ぼくの目と、口と、鼻と、手をきれいに、ならべて入れてくれた。
さいごに、きいろのぼうしをてっぺんにおいていった。

「こんどゆきがふったらまたあおうね。それまで、ゆっくりおやすみ」
ぼくは、ほっとした。
なるべく早く、またゆきがふりますように。

それから、通る人はみんな、ぼくを見るとしんぱいそうな顔になってきた。
ほんとうは、ぼくもしんぱいなんだ。
〈あきらさん、早くかえってこないかな〉

とうとう、うでがだらんとさがって、かさがじめんにおちてしまった。
〈たいへんだ! かさはちゃんとあきらさんにわたさなきゃ。ぼくは、るすばんの ゆきだるまなんだから〉

そのとき、学校がえりの小学生が通りかかった。
朝、ぼくのほっぺをさわったあの男の子だ。
「このあたりで、まだとけてないゆきだるまはきみだけだよ。すこいなあ」
そういって、かさをおなかのよこにたてかけてくれた。

〈よかった! 〉
けれど、ぼくもだんだんとけて、せがひくくなってきた。
体も顔もかたむいて空しか見えなくなった。

「ああ。あきらさん、早くかえってきて! 」
お日さまは、西の空にしずみかけて、通る人はみんないそぎ足でかえっていく。
もう、だれもぼくを見なくなった。
とうとう、ぼくはかさとおなじ高さの、ただのゆきのかたまりになった。

しばらくすると、男の人がやってきた。
「あれ? あきらくんしごとにいったのか。かさ、かえしにきたんだけど・・・」
それから、ぼくを見て
「やあ、ちょうどいいるすばんがいるね。このかさもっててくれる?」
そう言って、ぼくの手にかさをひっかけた。

「あきらくんにつたえとくからさ、たのむね」
それで、ぼくはほんとうに、るすばんのゆきだるまになった。

お日さまが、空のだいぶ高いところにのぼって、少しだけあたたかくなった。
「ぼうしがゆがんできちゃったわね」
かいものがえりのおばさんが、ぼうしをまっすぐになおしてくれた。

しばらくして、うでが下にさがってきた。
「かさがおちそうだよ」
ゆうびんやさんが、ぼくのかさをもったうでを、ぐっと体にさしこんでくれた。
〈ありがとう。だいじょうぶです。ぼくはるすばんのゆきだるまですから〉

お昼をすぎると、ずいぶんあたたかくなってきた。
みちのゆきは、もうきえてしまった。
ぼくも少しづつとけてきて、目のまわりから、ポタポタ水がおちはじめた。
「なかないで」
ようちえんからかえる女の子がぼくの目を、ハンカチでふいてくれた。
〈だいじょうぶです。ぼくはるすばんのゆきだるまですから〉

ぼくは、ゆきだるま。
ゆきがどっさりつもった朝、生まれた。
目は松ぼっくり、口は赤いおはし、鼻はしゃもじ、りょううではほうき。

「よーし! なかなかよくできたぞ」
ぼくを作ったのは、あきらさん。
じぃっとぼくを見つめて大きくうなづくと、きいろいけいとのぼうしをぬいでぼくの頭にのせた。
「ゆきだるまくん、るすばんたのむよ」
そういってしごとに出かけていった。
それで、ぼくはるすばんのゆきだるまになった。

「まあ、すてきなゆきだるまねえ」
赤いコートのおねえさんが、立ちどまって、ぼくの顔をのぞきこんだ。
〈エッ すてきだなんてはずかしいや〉

「大きなゆきだるまだな」
学校に行くとちゅうの男の子が、ぼくのほっぺにさわった。
〈ウフッ。くすぐったいや〉

通る人はみんなぼくを見て立ちどまる。
ぼくはうれしくて、ゆきだるまに生まれてよかったとおもった。

当サイトの公開作品「もらった子ネコ、返します」が、この度書籍になりました。

タイトル:『もらった子ネコ、かえします
著者名:中村文人・文 みろかあり・絵
出版社:CATパブリッシング

本書の文は当サイトの主宰・中村文人、絵はみろかありさんが担当。装丁、本文デザインは、 ナークツインさんに担当していただきました。

以下のストアで発売されます。
・POD(紙版):700円+税
・電子書籍:560円+税

購入ははこちらから:『もらった子ネコ、かえします

「・・・ゆい・・・結那(ゆいな)」
あたたかい手が、結那の肩にやわらかくふれました。
結那は、もぞもぞと首をふりました。

「う~、う、うんん・・・あっ、お母さん」
目に飛び込んだお母さんの姿に、結那は、すっくと体を起こしました。
そして、うでをせいいっぱいのばすと、お母さんをつかみました。
「おかあさん、おかあさん」
泣きながら胸にしがみつきます。

「ごめんね、心配かけて」
マスクごしに聞こえるお母さんの声にも、涙がにじんでいます。
お母さんのにおいにホッとした結那は、顔をあげると、不思議そうにあたりを見回しました。
窓の外は、すっかり暗くなっています。

「結那、心配しすぎてつかれちゃったんだね。ねちゃったからって、アンジさんがふんわりパンに連れてきてくれたんだよ」
「ありがとう、もう大丈夫だからね」と言いながら、お母さんは結那を抱きしめました。

早く、早く帰らなきゃ。お母さん、待ってて。
結那(ゆいな)は、お母さんといつも行くカラアゲ屋さんに急ぎます。
ここのカラアゲが、お父さんは大好物なのです。

しかし、店の前に着いた結那は、目の前が暗くなりました。
シャッターが下りた店の前には、「完売」と書かれたチラシが、結那をこばむかのようにふさいでいます。
結那は、食い入るようにチラシを見つめます。
しかし、チラシもシャッターも、そよとも動きません。
どうしよう・・・お母さん。