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写本 -3銀のかけら流れる川のほとり少女は誰もいない暗い家に入り、ランプをつけます。
そして、うす灯かりの中で、拾ってきた星のかけらを数えるのです。
ひとつひとつ、自分の白いエプロンで、かけらについている水の玉をふき取りながら。

数え終わると、机の引き出しから、ノートとペンを取り出し、青いインクで、きょうのかけらの数字を書きこみます。

数え終えた星のかけらは、ノートとインクの引き出しとは別の引き出しにしまいます。
その引き出しは、拾ってきた星のかけらで、きっちりいっぱいになるのでした。
そう、この引き出しひとつが、バケツ一杯分の量なのです。
不思議なことに、次の日の星のかけらを入れるころには、きょう入れた星のかけらは、なくなっています。
引き出しは空っぽになっています。
それで新しい星のかけらを入れることができるのです。

たぶん、川で拾う星のかけらは、とてももろく、すぐに細かく割れてしまうものだから、ひとばんの間に、もっともっと小さなかけらになって、引き出しのすき間から流れ出て、家の外に出て、また川にもどっていくのだわ、と、そんなふうに少女は思っています。
星のかけらを入れた引き出しを、ぱたんと閉める音で、少女の一日の仕事は終わります。
ランプの灯りを消し、少女はベッドに入ります。

いつのころからでしょう。
少女は思い出そうとします。

写本 -2銀のかけら流れる川のほとりいったい、どれほど前からここで星のかけらを、たったひとりで拾っているのか。
少年はいつからあそこにいるのか。
思い出し、考えようとすると、少女の頭の中は、かすみがかかったようになります。

朝起きて、着替えて、川で顔を洗い、髪をとかし、透明な水と魚を飲むこと以外の記憶が、少女にはないのだ、ということを、少女は、かすみの頭の中で、何度も気づくのでした。

川の色が、夕暮れを告げるすみれ色に変わるころ、バケツはいっぱいになります。
きょうのかけら拾いは終わりです。
いっぱいになったバケツを岸辺におくと、少女は、またひとすくい、水と魚をすくいます。

それを飲みほしたあと、向こう岸に目をやります。
たいてい、少年は、まだそこにいました。

少年はこちらを見て、少女に手をふることもありますし、星のかけらを拾うのに夢中で、少女の視線に気がつかないこともあります。

少年に向かっておじぎをしたあと、夜が川を包む前に家に帰らなくては、と少女は川から出ます。
重いバケツを持って、家に着くころには、たいてい陽はすっかり暮れています。

少女が住む川のほとりには、銀色に光る小さな星のかけらが流れていました。

朝にも昼にも夜にも、かけらは無数に川を流れていきます。
この川を流れるかけらは、天の星が星の形をつくるとき、はみ出してしまったり、いらなくなってしまったりしたものなのです。

写本 -1銀のかけら流れる川のほとり星のかけらたちは、朝には、のぼる太陽の光を受けて透明に光り、夕方には、沈む陽の光をのみこんであかね色に染まり、夜には、地上を照らす月や星の光を反射して、銀色の破片になっていくのです。

太陽がのぼると、少女は、川のほとりにある家の中で目を覚まし、白いエプロン付きのワンピースに着替え、川に出かけます。

川の水で顔を洗い、長い髪を水でぬらしてとかしたあと、少女は両手を合わせ、手のひらを丸めてスープのお皿のようにします。
そしてひとすくい、川の水をすくいます。
数匹の魚たちが、少女にすくわれて、その手のひらの、丸い水たまりの中に入ります。
少女の小指のつめよりも透き通って小さな魚たち。
少女はそれを、ひといきに飲みほします。
それから裸足になって川に入ります。
星のかけらを拾うためです。

腰をかがめ、持ってきたバケツの中に、拾った星のかけらを、ひとつひとつていねいに入れていきます。
かけらを拾う途中、少女は、ときどき顔を上げ、向こう岸をながめることがあります。

向こうの岸には、やはり川に入って、星のかけらをひろっている少年がいました。
目が合ったときは、少しだけ手をふります。
少年も手をふってくれます。
そして、またすぐに星のかけらを拾うことにもどります。