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BOOK展2023で発表した5作品のうちの最後の作品をお届けします。
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恋の形見に
ガリ版が“ハイカラ”だった時代を書きたくて、大正期を舞台にしました。女子校においては異性に憧れるよりも強く、同性の先輩に魅了されることも珍しくありません。美しくて大人びていて、少し不良っぽい先輩を相手に、模擬恋愛を味わいたいからでしょう。中には、本気の恋に発展することも・・・。
慎ましやかな少女たちが丁寧に扱う真新しいガリ版機を目に浮かべていただけたらと思います。


恋の形見に

夕まぐれの教室、きしんだ音をたてて扉が開いた。入って来たのは、さっき、千鳥先輩とケンカをして出て行った紅先輩だった。
「ごきげんよう、清子ちゃん。まだ残っていたの?」
紅先輩は、もうケロッとしていた。
「はい。皆さん、バイオリンだの庭球だの、お稽古で忙しいので、私が片付けを・・・」
ケンカの発端は文学愛好会の会誌作り。代表の千鳥先輩がガリ版機を前にして、
「西洋の文明は大したものねぇ」
と感心したのを、紅先輩は鼻で笑ったのだ。
「原理は江戸の木版摺りでしょ? 欧米ではタイプライターの時代なのに」

欧州の眼医者さんが発明したという小さな印刷機を、学校はいち早く取り入れ、各教室に一台、備え付けていた。おかげで手描きだった会誌が綺麗な印刷物になり、見栄えがするし、作業が断然ラクになった。
素直に喜ぶ生徒たちに、紅先輩はいつも通り、同調しなかった。
3年の紅先輩は異彩だ。下級生たちが密かにアフロディーテと渾名する美貌。禁止されているミルクホールへ殿方と出掛けたという噂。
たいていの卒業生は結婚するか専門学校へ進むのに、この秋から巴里へ留学すると言う。まぶしいほどのハイカラゆえ、敵も多い。

BOOK展2023で発表した5作品のうちの第4弾をお届けします。
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暗号の意味
SNSのおかげで、誰もが自分の創った作品を気軽にネット上にアップして、販売することも可能になりました。そんな今の時代の空気を託した話です。
現代っ子の主人公ですが、意外と古風なところもあって、血のつながりや不思議な因縁を盲信します。ひとときの夢物語なのか、本当の暗号なのかは皆様の想像にお任せします。


暗号の意味

「紗彩の手芸好きは、隔世遺伝かしらねぇ」
大学生活最後の冬休みに、作品作りに熱中している私を見て、母がつぶやく。
「おばあちゃんって手芸なんてやってた?」
「ひいおばあちゃんのほうよ。子供服とかササーッと縫って、モダンな刺繍をつけて。誕生日やクリスマスになると、必ずプレゼントしてくれたものだわ」
「そういえば、ママの子供の頃の写真って、いつも可愛い服、着てたもんね」
「でしょ? 手作りのモダンな服を、学校に着て行くのが自慢だったな」

写真でしか会ったことのない曾祖母の隠れた才能の話を、今日初めて聞いた。
「紗彩は骨董品も好きでしょ。その点も似てるのよね」
「へぇー。ママは新しい物が好きだもんね。去年の服は流行遅れだからって、すぐショッピングに出掛けちゃう」
「時代に乗らなきゃ。紗彩、あなたも引きこもってばかりいないでオシャレしなさい、若いんだから」
「はーい、はい」

ママの話は適当にかわす。オシャレもいいけど、貴重な最後の冬休みを、自分の好きなことに使いたいんだ。私はハンドメイドが大好き。刺繍や編み物で作った作品を、誰にもナイショでSNSのフリーマーケットに出している。まだ一つも売れてないけれど、これからだ!

作品作りの時間は、今ならたっぷりある。希望した繊維会社に就職が決まったのが9月。大学にはゼミの時に顔を出す程度だから、残りの時間は自由。ネットのフリーマーケットへの出展を本格的にやろうと思っている。
そのために買ったのが、これ。謄写版って言うのかな。ママは「なーんだ、ガリ版ね」なんて言ったけど、昔、流行っていたらしいポータブルな印刷機だ。

BOOK展2023で発表した5作品のうちの第3弾をお届けします。
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『名も無い立役者』
映画『キネマの神様』を観たせいか、古き良き映画製作現場の雰囲気に魅かれ、この作品の背景を映画黎明期にしました。名作と言われる作品は、才能ある人たちが考え抜いて生み出すものでしょうが、稀にそうじゃない場合だってあるかもしれません。プロよりもプロらしい眼で映画を見つめるのは、心から映画を愛する人なのです。


名も無い立役者

じっくりと味わい深い記事にしたいと思った。この春、大人のための ラグジュアリーな情報誌が創刊されることになり、その編集長に抜擢されたのだから、張り切らないわけにはいかない。

「樋口さんは今、35だろ? 読者層は60代以上なんだが、若い視点で新鮮な切り口の雑誌にしてほしい。売上も期待してるよ」
社長に肩をたたかれた。この間までティーンのファッション誌をやっていたのに、いきなりシニア向けへ転向。本音としては「えっ?」って感じ。

早速、編集会議が開かれ、冒頭のカラー記事は往年の映画俳優をクローズアップしようと決まった。
50代のスタッフが、
「澤ノ井謙なんか、どうですか?」
と、提案してきた。
現在96才になる大御所で、うちの会社でも伝記本を出しているし、古い映画がユーチューブで若い層にも人気らしい。いいかも、と思う。
スタッフは、
「ご高齢だから、取材に応じてもらえるかどうか・・・」
と気を揉む。

BOOK展2023で発表した5作品のうちの第2弾をお届けします。
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『月の子奇譚』
今と違い昔の先生たちは、ガリ版でテストや行事のプリントなどを刷っていたのですから、手間がかかったことでしょう。削って、刷って、乾かして、綴じて・・・。そんな経験を重ねた先生方も、もう定年を過ぎているはずです。この話は、元校長先生だったおじいさんと孫の会話で進んでいきます。世代の違う二人、でもロマンティックな性格は似ているでしょう?


月の子奇譚

僕のおじいちゃんは、今、“断捨離”っていうのに凝っている。いらない物を捨てて、好きな物だけに囲まれて暮らしたいんだって。
おじいちゃんは72才で、7年前までは校長先生をしていた。だから、おじいちゃんの家には、学校っぽい物がたくさんある。巨大な分度器とか、額縁に入った表彰状とか、運動会用の旗とか。

「記念にもらってきたんだが、ばあさんには不評だな。部屋が狭くなるってさ」
「そんなことないよ、面白いよ。捨てちゃうなら、僕、もらっていい?」
「もちろんだとも。好きなもん、何でも持っていけ」

僕はおじいちゃんの手伝いと称しながら、夢中で宝物を探していた。黒い表紙のファイル類の下に、いかにも古そうな木箱を見つけた。蓋に細かい網目の窓がついていて、カッコいい。
「これ、もらっていい?」
別の場所を片付けていたおじいちゃんは、こっちに目を向け、
「そんなもんが、まだ残ってたか」
と、つぶやいた。

「何、これ? 秘密の箱?」
「ガリ版の道具さ」
「ガリ版?」
テーブルに箱を乗せ、おじいちゃんは説明してくれた。どうやら、昔の印刷機みたい。ろう紙というアメ色に透き通った紙をヤスリ盤に乗せ、鉄筆で文字を刻む。原紙の下にワラ半紙を敷いて、網を乗せ、インクを塗ったローラーを転がせば、刻んだ文字が印刷されるというわけだ。

「謄写版とも呼んだが、悠斗は知らないだろう?」
「うん。初めて見た。明治くらいのお宝? それとも大正?」
「いやいや。昭和の話だよ。50年くらい前までは、学校のテストも文集も、みんなこれで作っていたんだ」
「50年っていったら、半世紀だ。やっぱ、ずいぶん古い物だね」
おじいちゃんは片目をつぶり、
「ほんの少し前に思えるんだがなぁ」
と、笑った。

毎年ギャラリーウシンで開かれていたBOOK展も、今年で12回目。本好きな人たちによる“本の世界を楽しむ”展覧会で、年ごとにテーマが決まっていました。
今年のテーマは“ガリ版”。オーナーさんがアンティークのガリ版機を手に入れたことから企画が始まり、私もガリ版にまつわるショートストーリーと絵を5作、創りました。展覧会は終わりましたが、そこで公開した作品を皆様にも読んでいただけたら嬉しいです。
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まだパソコンもプリンターも普及していなかった昭和時代に、誰もが身近な印刷機として触れていた“ガリ版”。「懐かしい!」と記憶をたぐる方にも、「ガリ版って何?」と首をかしげる方にも、ほのかなインクの匂いが届けられたらいいなと思います。

『あの子』
小学校時代、私は新聞委員で、ガリ版を使って学級新聞を作っていました。友だちの家に集まって編集会議をして、本物の新聞のようにロゴに凝ったり、四コマ漫画を載せたり。クラスで配った時の反応も気になったものです。本棚の奥にいまだに取ってある思い出の新聞。遠い記憶を呼び覚ますガリ版刷りの学級新聞を作品にしてみました。

大きな変化が!

毛先にフワフワのパーマをかけたのは、日曜日の昼下がりでした。初めてのお店でした。
ソラはなぜ、外国におひっこしするのにパーマをかけなきゃいけないのか、よくわかりませんでした。というか、ずーっとパパといっしょに行っていたとこ屋さんのおじさんともう会えないと思うと、悲しくて、さびしくて。いつものように鼻歌を歌いました。
ソラはいやなことがあったり、つまらなくなると鼻歌が自然と出てしまうのです。

「この子はあんまりハデにならないで、かわいらしい感じにしてくれるかしら」
ママはいつもより高いトーンで、美容師さんに言いました。
ソラは目玉と目玉がくっ付くくらい寄り目にして、思いっきり白目をむきました。

「コラッ!」
ママはソラの予想どおりおこりました。
「かわいいなぁ。アッチでも人気者になりそうだ」
大きな鏡にうつるイケメンの美容師さんが、クスッと笑いました。真っ黒いシャツを着ています。とこ屋のおじさんが着ていた白いシャツよりかっこいいと、ソラは思いました。

「お名前は?」
「ソラ・・・です」
「ステキな名前だね。お空のソラちゃんかな?」
美容師さんはまどの外に広がる真っ青な空を、見ながら言いました。

「ソラのソラは、カタカナ・・・です」
「へ~、カタカナか。かっこいいなぁ!」
美容師さんはお日様のようにほほえんで、長い指にソラのかみの毛の先っぽをクルクルっとからませました。ソラも真っ黒な目玉をクルクルっとしました。

「もう、ソラッ! おやめなさい!」
ママはいつもおこってばっかりです。「もう、コラッ、ソラッ!」を何度もくり返します。きげんの悪い時は「ヤメて~!」とぜっきょうします。この日は「もう」2回、「コラッ」1回、「ソラッ」1回とやや少なめでした。

第二話 ほんとの恋

恋人の瑠衣が「女友だちと川越に遊びに行った💛川越サイコー💛」と、奏多にメールをよこした。
添付写真には、半世紀前もきっと同じ風景だったんだろうな、と思える郷愁を誘う街並みが写っていた。
翌日、
「これ、お土産!」
瑠衣が奏多に差し出したのは、鯛のおもちゃだった。

「なにこれ?」
奏多がそっけなく言うと、
「おみくじなのよ。縁結びの神様がいる神社。そこの有名なおみくじ!」
正月でさえ、そんなものを引いた覚えのない奏多だが、てのひらに乗っけられた『鯛』には、興味を持った。
赤い小さな鯛の、尾の部分から、確かにおみくじが飛び出している。

「ね、可愛いでしょ? 境内に釣り竿があってね、それで釣り上げた『魚』を連れて帰るの。さぁ、おみくじ、開けてみて」
奏多がおみくじを尾から引っ張り出すと、「大吉」だった。
「おっし! いい予感がしてきたぞー」

このおみくじのアイディアを、自分の商売に活かせないだろうか? と、奏多は考えていた。
奏多の店は、公園の片隅にある小さな『たいやき屋』。
週末は、家族連れのお客でそこそこ繁盛するが、「もう一発、当てたい!」と、つねづね思っていたんだ。
「瑠衣、おみくじ入りのたいやきって、どうかな?」
「いいね。女子にウケそう」

2020年3月30日(火)~4月25日(土)まで埼玉県川越市のギャラリーウシンにて「BOOK&」展を開催しました。

緊急事態宣言が出された中での展覧会。
ギャラリーオーナーさんが、入り口に消毒液の設置、入店予約、人数制限、お客様と2メートル離れた会話など細心の注意を払って、開催を続けることができました。

ギャラリーのある川越をテーマに、本や銅版画、蔵書票・栞などの作品で、小江戸・川越の魅力を表現しました。
新型コロナウイルスに罹患するかもという不安の中、ご来場くださった皆様、ありがとうございました。
BOOK展では、「新作の嵐」でご一緒しているイラストレーター・小野寺美樹さんが装丁・挿絵を担当した本『最高の贈り物』(私家版)の展示もありました。
(作者は立木アンジェリカさん)
私は、絵本『うわさのしゃしんかん』(イベント用として制作されたミニ絵本)を展示しました。(絵は、安藤麻咲子さん)

 

 

 

 

 

その他に、「川越」を舞台にした作品を、三つ作りました。
まず第一話をご一読いただければ幸いです。

エンジェルの仕事

スィート王国では、果物と言えば、チョコレート・コーティングしてあるのが常識でした。
宮殿に住むエンジェルたちが、毎日せっせと励む、チョコ・フォンデュ作り。
「今日は、苺だよ」
「チョコレートの海に、たっぷり、ひたして、ひたして」
「はい、できあがり!」

リズミカルに仕上がっていく、この国の果物。エンジェルたちが、ありったけの愛をこめて作るのですから、美味しいに決まっています。
「あっ、きみきみ。そりゃ、つけすぎだろう?」
見習いのエンジェルが、チョコレートの加減で、先輩に注意されていますよ。

「よし! いい調子だ」
エンジェルたちは、おひさまがすっかり沈むまで、休むことはありません。
夜が来て、やっと、明日の市場に届ける果物の準備ができました。

お菓子の家

名の知れた和菓子屋に生まれた一人息子だから、ケイトは店を継ぐことを期待されて育った。思春期の激しい反発を経て、それなりの製菓学校へ進んだ頃には、和菓子への愛も少しは芽生えていた。

物心つかないうちに母をなくしたケイトは、折に触れ、母を知る従業員たちから、
「あなたのお母様は、本当に和菓子がお好きでしたね」
と、聞かされ、顔も知らない母を喜ばせたい気持ちも、どこかにあったのかもしれない。

粉を練る技、形を造るセンス、商品化する能力まで持ち合わせていたケイトは、ネオ和菓子と呼ばれる、宝石のようなお菓子を生み出して、店をさらに発展させた。
何もかも順調に進んだ。父が引退して、ケイトが社長になり、働き者の妻を迎え、娘と息子が生まれた。

40歳を目前にした朝、新しい和菓子の材料を調達するため、ケイトは自ら車を飛ばして、里山を目指した。そこの畑で採れる豆が、どうしても欲しかった。