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14 真相

「ここは、どこだ?」
んっ、この天井には、見覚えが・・・。
「ここはチャッピーのおこた部屋だ」
猿神さんの声に導かれ、
「つまり、」
とオレは、記憶をたどる。

「犬田って奴にやられたオレを、運んでくれたんですね。・・・猿神さんは、大丈夫だった、ってことですか?」
「ワシも、意識を失くしたようだが、なんということはない」
「そうですか」
と、体を起こしたオレは、仰天し息をのむ。

こ、この状況は、一体全体、なんなんだ?
おこたを囲み、押し合いへし合い、ぜんざいを食べているのは、猿神さん、黒岩さん、そして、すらりとした男の人に丸顔犬田、みあんからチャッピーを連れ去ったあの女性。
「猿神さん、この状況、整理して、把握したいのですが・・・」
「同感だ! じつは、ワシも、ついさっき目覚めたばかりだ」

「私が説明させてもらうよ」
オレの正面、すらりとした男性が、にこりと笑い、食べかけのぜんざいが入った椀を、台にコトリと置いた。
その手の甲に、
「あっ!」
小さな赤い円盤が飛んでいる!
その痣を見たとたん、懐かしい想いがよみがえる。

昔むかし、幼いオレを空に向かって抱え上げた手にも、それはあった。
そして・・・、積木遊びをしてくれた手にも。
別れたくはなかったのに、別れなきゃいけなかった人が、いまここに?

「父さん・・・?」
両親が離婚したのは、オレが幼い時だから、十数年ぶりの再会だ。
父さんの顔も、声も、ほとんど覚えていないのに、この痣と大きな手の温かさだけは、忘れていなかった。

  13 不覚!

ずんずん近づいてくるガードマンに、
「大声を出して、スミマセン」
頭を下げて、エスカレーターに。
「もう、まったく! 猿神さんが、大声出すから、ガードマンに怪しまれそうになったじゃないですか! 早く追いかけましょう!」

エスカレーターが下に着くまでの間に、オレは、前に立つ猿神さんの後頭部に早口でまくしたて、追いたてる。
「なにのんびりと突っ立ってるんですか、こんな場合は、エスカレーターで下に行きつつ、自力でも下に行くんです!」
チャッピーは、至近距離にいる。
だから。
そんな必要ないんだけどね。

しかし、甘かった。
外に出て、オレたちが目にしたのは、白い車の運転席から伸びた手が、ドアを閉めた瞬間だった。
きれいに除雪はされているものの、足元の悪い、その上、広い駐車場を、オレたちは、全力疾走でキャロちゃんの元に駆け戻る。

「一発でかかってくれよ」
猿神さんは祈るように言い、キーを回す。
前方を走る白い車を追いかける。
あと一歩。
そう、あと一歩が遅かった。
が、追いつけない距離では、ない。
が、パワーが違いすぎる。
白い車が、みるみる小さくなってゆく。

 12 追跡

「あっ・・・」
オレの感覚が、機能し始める。
おにぎりを腹に入れている間に、冬の遅い太陽が、すっかり顔を出したのだろう。
「明確な位置は、まだ掴めませんが、照準、ほぼ、合いました!」
「でかした、アキラ、チャッピーはどこにいる? 何丁目何番地にいるんだ?」
椅子を蹴り飛ばし、猿神さんが立ち上がる。

「住所まではわかりませんが、方角は北です! 少し遠い場所かもしれません」
「遠い場所で、方角は北、しかし住所はわからんと言うのか? どうなってるんだ、その猫アンテナは」
「実は、オレもわからないんです。どういう風に導かれていくのかも、その仕組みも」
目で物が見えるように、耳が音を感じ取るように、ただ見える、ただ感じる。
それだけだ。
目的の猫に、すぐにたどりつけることもあれば、そうでないことも、ある。

「そうか。で、遠い場所で、ワシのチャッピーは、なにをしている? いやいや、それは、いい・・・、いや、よくない! が、遠い場所って、チャッピーは、チャッピーは、誘拐されたのか?」
取り乱す猿神さんに、かける言葉が見つからなくて、頭に浮かぶ様子だけを告げる。

「銀色の台の上、透明なカプセルの中で、目を閉じています。眠っているみたいです」
「チャッピーは、閉じ込められているのか?」
「わかりません」
「チャッピーは、無事なのか? そうじゃないのか? いやいやいや、無事・・・、に決まっている! 急ごう、アキラ!」
ついさっきまでは、見向きもしなかったおにぎりを、一気に2個をたいらげると、
「キャロちゃんで行く!」
猿神さんは宣言した。

  11 合わない照準

「猿神さん、外を捜しましょう。もしかしたらですが、チャッピーは、オレたちが何回か玄関を出入りした時に、ちょっとお外に出てみようと思ったのかもしれません」
「うん。だな」
「そして、それに気づかず、オレたちは玄関の扉を閉めた。それなら、家の周囲を捜せばすぐに見つかりますから」
「うん。だな」
「大丈夫です! 猿神さん」

オレは今まで、これほど人を励ましたいと思ったことは、なかった。
気がつけば、猿神さんの肩に手をかけ、揺さぶっていた。
「オレ、絶対! 絶対! チャッピーを見つけますから! この猫アンテナで!」

すぐに、気持ちを集中させた。
猿神さんのチャッピーへの想いを込めて。
アンテナよ、早く立ってくれ、そんな願いを込めて。

10  消えたチャッピー

「つまり、中園さんというのは架空の人物だった。そういうこと、だろ?」
猿神さんは満面の笑みを浮かべる。
「そういうことは、もっと早く言えよ! 今さらだが、よく来たな、黒岩。ウエルカム!」
キラキラと輝く瞳に、喜びがあふれる。

「それにしても、猫嫌いだった先輩が、いつの間にそんな猫好きになったんですか?」
不思議がる黒岩さんに、
「ワシは猫好きではない! チャッピーが好きなんだ!」
機嫌よく答え、
「おいで、チャッピー、ワシたちのステキな未来に乾杯だ! さて、チャッピーを連れてこよう」
と、おこたの部屋へ行く背中にも幸せが張りついているようだ。

「オレ、見えない敵も、深まる謎も、一瞬だけあっちに置いて、BGMによろこびの歌を流してあげたくなっちゃいました」
「見えない敵、深まる謎、って?」
黒岩さんが、真顔で首を傾けた。

「あれ、言ってなかったですか? 今日のお昼前、丹田さんって人からここに依頼がありまして、猫を捜しに出かけたんです。任務を終え帰ってきた、その後なんです、問題は。ぜんざいを食べている途中、猿神さんもオレも意識を失ってしまったんです」
「えーっ、そんなことが・・・」
「オレたちの推理では、丹田さんが出してくれた缶コーヒーに眠り薬が仕込んであったのでは、と。ですから、オレたち、丹田さんの家に確認に行ったんです。するとそこには、『売り家』のはり紙が・・・。だれだかわかりませんが、猿神さんを狙っているだれかの仕業だと思います」
「うーむ、まさしく、見えない敵だな」
「はい。それに、ここに居るチャッピーの捜し主、中園さんが情報コーナーに伝えた電話番号も住所も嘘っぱちだった」

9 深まる謎

凍てついた夜道を歩き、帰り着くと、門の前で猿神さんが、足を止めた。
「怪しい・・・、アキラ見てみろ、この足跡を」
「ずんずん続いてますね」
猿神さんと同じくらいありそうな、大きな足跡が、玄関まで、規則正しく並んでいる。
堂々としているだけに、オレは、怪しい気配は感じなかった。

「怪し過ぎる。鍵も開いている」
けれど、家の持ち主の猿神さんがこう言うからには、用心はするべきだろう。
体に、サッと緊張が走る。
「ほら」
猿神さんは、入口の戸を細く開けて見せ、今度は、体が入る幅までそろそろと開け、滑り込むように中に入った。
オレも、するりと滑り込む。
玄関先に、靴は、ない。

猿神さんが、忍び足で、チャッピーのためにつけておいた家の明かりを、消してゆく。
「家の中に暗闇を作ってしまえば、もしも侵入者が潜んでいても、暗視スコープゴーグルを装着しているワシたちの方が、有利に動けるはずだ。だろ?」
猿神さんにしては、とても良い思いつきだ。
「ですね! とっても、有利です!」

オレたちが、グータッチ、交し合った時だった。
「なにが、だろ? ですか、猿神先輩」
声がした。

「なんてマヌケな人たちなんだ! 家の中に暗闇を作るなら、声もひそめるべきじゃないですか?」
現れたのは、猿神さんよりさらに大きい人だった。

8 見えない敵

外は、寒い。
朝、ふわふわだった雪は、ガジガジに凍りついている。
「キャロちゃんも、お留守番だな」
猿神さんは判断し、オレたちは歩き始める。

夜になり、めっきり人通りの少なくなった道を、丹田さんの家を目指して。
朝よりも若干のスピードを加えて、歩く。
家に着いたが、明かりは無かった。
『売り家』
暗視スコープゴーグルが映し出したのは、この3文字だった。

「許さん! 奴らは、ワシをハメやがったのか!」
猿神さんが、売り家の〝り〟の字にグーでパンチを決める。
「落ち着いてください、猿神さん。こんな所でこんな時間に暴れたら通報物です。で、奴ら、って何者なんですか?」
「わからんに決まっているだろう? おまえ、アキラ、助手のくせに、そんなこともわからんのか?」

「でも、ハメられるって、なにか身に覚えがあるんですか?」
「身に覚え、とな?」
「はい」
「う~ん、ない!」
「腹いせや嫌がらせにしては、やり方が大がかり過ぎるような気がしますし、報復にしては生ぬるいような気が・・・」
「しないでもないな。とにかく、一応、中を確認しよう」

7 推理

ここは、どこだ?
見慣れぬ天井だ。
オレは、だれだ?
それは、わかる。
オレは、朝日輝。

ノーミソが、濁っている。
そんな感じが、凄くする。
「ここは、どこだ?」
オレは、頭をめぐらした。

「ここは、チャッピーのおこた(コタツ)部屋だ」
「台所から、オレを運んでくれたんですね」
「そうだ」
「で、オレの足だけ、おこたに突っ込み、体には、うっ、臭い、あっ、失礼、このバテをかけていただいた。ありがとうございます」
体を起こし、ペタンと薄い年季の入った綿入れを、たたんで返す。

「遠慮するな。羽織っていてもいいぞ」
「大丈夫ですっ! それより、猿神さん、オレたちの陥ったこの状況、整理して把握する必要が、」
「あるな。あるに決まっている! と言っても過言ではない! だから、ワシは・・・」
猿神さんの話に耳を傾けながら、時計に目をやる。
時刻は、午後7時をとうに過ぎていた。

ふくふく亭でラーメンを食べ、ここに戻り、ぜんざいを食べ始めたのが午後2時過ぎ。
だから、オレは5時間近く意識を失っていたことになる。
猿神さんは、30分程ほどで意識が戻ってきたらしい。

 6 侵入者

「怪しい・・・」
門の前で猿神さんの足が止まる。
「どこが・・・」
オレが来た時、犬神家状態の時の方が、怪しさに満ち満ちていましたが・・・。
「ほら、見てみろ、この足跡」

そういえば、家を出る時、オレたちの足跡しかなかったな、と記憶をたどり、
「郵便配達、あるいは回覧板を持って来た人のもの、という可能性は?」
第1助手らしい発言を試みてから、猿神家の門と玄関まで、往復する怪しい足跡を観察しつつ、歩を進める。

「アキラ、おまえは・・・」
「はい」
「足跡をながめていると、足跡を残していった人物像を割り出せる、そんな能力は、」
「ありません!」
「残念だ」
「猿神さん、残念がってる暇があるのなら、怪しい足跡かそうでない足跡かの区別くらい、自分でつけられるようになってください。ほら、あそこに」

「なーんだ、回覧板か」
「もう、まったく!」
「睨むな。とにかく、家に入ろう」
「いえ、今日は、もう失礼します」
チャッピーの飼い主に連絡がとれないのなら、ここにいてもしょうがない。
「ぜんざいは?」
「テーブルの上のぜんざいは、全部食べつくしましたから」
さようならと踵を返すオレに、
「ワシを甘く見るなよ。ぜんざいは箱買いする主義なんだ。在庫はたっぷりある」
猿神さんは、玄関の鍵を開け、上がれと顎で促した。

5 猫アンテナ

ふくふく亭の暖簾をくぐる。
店の中は、がらがらだ。
昼ごはんどきだというのに、お客はオレたちふたりだけ。
カウンターに、猿神さんと並んで座る。
見回すと、床や壁は油でぎとぎとしている。

「なんでも好きなものを注文していいぞ」
と渡されたメニューも、白い紙が薄茶色に変色している。
「どれにしようかな・・・」
決めかねていると、
「福来さん、こいつにスペシャルを!」
猿神さんが注文をしてくれた。

「はいよ! ふくふく絶品味噌ラーメン野菜炒め乗せね。探偵さんはどうするね?」
「ああ、ワシはけっこうです。これをいただきます」
猿神さんは、自販機で買ったビールを掲げて見せる。
「はい、一丁あがり!」
と出てきた味噌ラーメンは、激しく不味かった。

絶叫悶絶味噌モドキラーメンくたくた野菜乗せと言うべき代物だった。
味噌なのか、醤油なのか、薄い茶色のスープは、ほとんど味がない。
柔らかすぎる麺の上、乗せられた甘い味付けの野菜はシャキシャキ感をまったく失い、くたびれきっている。
残そうか…、と箸を止めたら、
「食べ物を粗末にすると、もったいないお化けが出るぞ」
猿神さんが耳元でささやいた。

「はあ」
「それに、残すと作った人に悪いだろう」
仕方なく、世の中に、ここまで不味い食べ物があったんだなー、感心しつつ完食する。
「な?」
猿神さんの目が笑う。
「なにが、な? なんでしょうか?」
「受けるだろ。ナンバーワンのその不味さ」
耳元で、猿神さんがささやいた。

「話のタネにもなりそうだろ? 探偵を目指すなら、話題も豊富にしておくべきだ」
猿神さんの目は、まだ笑っている。
「オレ、目指してませんから!」
という反論、涼やかに無視を決め、
「では、食ったところで」
と猿神さんは前置いた。