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こうして、年老いたハトは「オイボレ」と呼ばれて、ほかのハトたちからばかにされ、いじめられるようになりました。
「私がえさを取ろうとすると、だれかが、さっと、横取りするようになったよ。それどころか、私の姿を見ただけでも、つつき回して、追い立てるんだ。私は、ろくに食べられもしない。だから、明るいうちは物かげにかくれていて、夕方、仲間たちがねどこに帰るころ、そっと、出て行って、おこぼれを拾い、こうして、植えこみの中で、一人で夜を明かすようになったんだ」
「ふうん」
ネコは、ペロペロ、足をなめながら、聞いています。

「ああ、いっそのこと、あんたに食べてもらえばよかったよ! そうだ、これからでもおそくはない。悪いが、やっぱり、私を食べてはくれないか?」
ネコは足をなめるのを止めて、びっくりして、ハトを見ました。
「君を食べるだって? 毛むくじゃらのまずい君を?」
「毛むくじゃらの上、ろくに食べていないから、やせて、ガリガリだけど・・・」
「いやだ」
ネコは後ずさりしました。

「どうして、そんなことを言うの? ここにいれば、細々だって、えさにはありつけるだろう? 自分から死ぬことはないじゃない?」
ハトは、ポポーッと、ため息をつきました。
「親切な人間に飼われているあんたには、想像もつかないだろうなあ、ここで死んで行くってことが、どういうことかなんて」
「さあ・・・」
ネコは首をかしげました。それから、思い出して言いました。

仙台駅のペデストリアン・デッキは、毎日、大勢の人々でにぎわいます。
いえ、人間だけではありません。
実は、たくさんの鳥たちが、生き生きと、活動している場所でもあるのです。
朝は、カラスたちが、カアー、カアーと、呼び合います。
「あっちにビニールふくろが落ちているぞー。中味はフライドチキンだぞー」
「そっちにアイスクリームの食べ残しがあるぞー。うまそうな汁だぞー」

昼はハトたちのかっこうのえさ場です。
食べ歩きのおぎょうぎの悪い人間たちが、どんどこ、スナックをこぼして行きます。
わざわざ、パンくずなんかをちぎって、投げてくれる人さえいるのです。

夜には、デッキの足下から続く長いケヤキ並木に、たくさんのスズメが集まります。
大都会のど真ん中、そこは、イタチやヘビにおそわれる心配のないねどこです。
にぎやかに「おやすみの歌」を合唱してから、朝まで、ぐっすり、眠ります。
鳥たちがね静まったころ、お散歩する動物たちもいます。
ご主人と夜の散歩に出る犬もいれば、こっそり、家をぬけ出したネコもいます。

ネコのチェシャもそんないっぴきです。
ご主人が、パソコンで、パコパコ、仕事をしている間に、ベランダの窓からぬけ出します。
人がまばらになった駅ビル。シャッターの閉まったブティックや飲食店。夜おそくまで開いているレストランもあります。
その間を、ゆうゆうと歩いて、それから、ペデストリアン・デッキに出ます。
デッキのところどころにある花だんの中や、ベンチの下でくつろぐのです。

仙台の夏は、すとんと、終わります。9月を過ぎると、風は、急に、さわさわと、音を立て始め、空は、日増しに、高くなって行くのです。

そんなある夜、チェシャは思いがけないものに出くわしました。
お気に入りの花だんをのぞくと、植えこみの中に、1羽のハトが縮こまっていたのです。
チェシャは、ぴょんと、その前におどり出ました。

名所は、どこに?

作:田村理江

ガイドブックに載るような観光地が近くにないため、カフェ・ペパミント・スプーンにやって来る外国人客は、めったにいません。だから、金髪の、60代くらいのご夫婦が、仲良くお茶を飲んでいるのは、珍しい光景でした。

「ヘイ、マスター!」
旦那さんのピエールさんが、ユナさんを呼び止めました。
「メイショ(名所)、案内してクダサーイ!」
奥さんのマリーさんは、旅の疲れが出て、少し体調を崩し、これからホテルで休むそうです。

他のお客様がいなかったので、
「いいですよ」
ユナさんは、カフェのドアに『ただいま外出中』の札をさげ、ピエールさんと外へ出ました。
けれど、外国のお客様が喜びそうなところなど、すぐには思いつかず、
「ここら辺は、特に見るものもなくて・・・」
ナラ林の先の、湖が見える広場にでも連れて行こうかと歩き出しました。

すると、道の途中で、ピエールさんが立ち止まりました。
「ピンクのハナ、キレイ」
ピエールさんの視線を追うと、小学校の門があり、桜の木が今を盛りに咲いています。
大きなランドセルを背負った、小さな子どもたちが、母親 や父親に手を引かれ、ニコニコ顔で出て来ました。

「あら、今日は入学式みたいですね。のぞいていきましょうか?」
ユナさんが先に立って、門をくぐりました。桜の花びらが舞う校庭で、希望に満ちた新一年生を見たピエールさんは、
「ママンと共に、セレモニーに出た日を、思い出しマス」
と、懐かしそう。
「案内アリガトウ! ココは、とてもココロに残るメイショです!」
ユナさんは、ホテルで休むマリーさんにも、日本の雰囲気を味わってもらおうと、手作りの草もちを届けました。
「オー! ケーキ作りに夢中だった、少女の頃を、思い出しマス」
マリーさんは、ピエールさんと同じ、遠い日を慈しむ目をして、喜んでくれました。
二人は、翌日、国へ帰る前にも、カフェ・ペパミント・スプーンを訪れ、
「日本の、一番のメイショは、ココです!」
と、言ってくれました。

2017年4月4日(水)から15日(土)まで川越市にある一軒家ギャラリーウシンの2階を架空のカフェ・オーナー『ユナさん』の店と見立てて、作品を展示いたしました。
この度「新作の嵐」でWEB版として公開させていただきます。


Café PEPPERMINT SPOON

オーナー ユナさんについて

ナラ林の奥に佇む一軒家カフエ『ペパミント・スプーン』を営むのは、髪の長い、たおやかな女性、ユナさん。

3年前までは原宿のアパレルメーカーでデザイナーをやっていました。

40代になったのを機に故郷へ戻り、両親の古い家を譲り受け、カフェをオープン。

澄んだ空や林のざわめきも、ユナさんのお茶を美味しくする大切なエッセンスです。

お店に置かれた椅子やテーブルはユナさんが旅先の家具屋で少しずつ買い揃えていった物。

クロス類は、手作りだそうです。

地図には載っていない小さなお店ですが、今度の休日、訪れて、ゆっくりとティータイムはいかがでしょう?

「あれ、どこへ行ったのじゃ」
見回しても、ただ、星々が、銀の砂をまいたようにうずまいているばかりです。なんとも、おそろしくてたまりません。
王様は、あわてて、山をかけおりました。来た時に通った森はすでに消え、町に入っても、人っ子ひとり、ねこ一匹、見当たりません。宮殿も、しいんと、静まり返っています。

「おーい、だれかいないのかあ!」
王様は宮殿の中を、部屋から部屋へと探し回りましたが、自分の声だけが、ガラン、ガランとひびきます。
庭園にも出てみましたが、冷えた大地に大理石の柱が立ち並んでいるだけで、花も草木もありません。
「おお、寒い・・・」
王様はガタガタとふるえながら、あちこち、走り回りました。お腹はどんどんすいてきますが、ごちそうを持ってきてくれる人はだれもいません。

「ああ、ここに一切れのパンと1枚の毛布があればなあ・・・」
なさけない気持ちでいっぱいになって、王様は、
「どんな宝物を手に入れたって、それが何になる!? こんなだれもいない世界で、たったひとりぼっちだったら!?」
と叫びました。
すると、「ひとりぼっち」という言葉だけが、自分の耳に、ガンガン、ひびきました。
王様はその場に、ずんと、へたりこんで、わんわん、泣きました。生まれて初めて、声を上げて泣いたのでした。

「そうじゃ!」
ふと、王様は、自分が、まだ、つぼを抱えていることに気がつきました。
王様はつぼのふたを取ると、
「お願いだ。世界をもとにもどしてくれ」
と、逆さまにしてふりました。すると、中から、ジャーッと、水があふれ出し、たちまち、海となって広がりました。そして、大波がドパーンとうねったかと思うと、ポーンと太陽をはき出しました。とたんに、まわりは、ぱあっと、明るくなりました。

目の下には、見渡す限り、雲の海原が広がっています。空は青く、水を打ったような静けさです。
でも、耳をすますと、かすかに、キーンと、ガラスをはじくような音がします。

「何だろう?」
見上げると、そこに太陽がありました。ダイヤモンドのような、固く、すんだ光を放っています。
「おお、何というまばゆさじゃ!」
王様の太陽を取りたい気持ちは前よりもっと強くなりました。
でも、今度は憎らしいからではありません。

「あれをわが宮殿の屋根に飾ったら、さぞや、ごうせいに輝くことじゃろう。さあさ、早く、取っておくれ」
王様は、せっかちに、お坊さんをうながしました。
すると、お坊さんは、
「では、ちょっと、失礼いたしますよ」
と言って、片手を、すうっと、王様の胸に差し入れました。驚いている間もありません。
お坊さんが手を引き抜くと、そのてのひらに、つるつるした、あわいピンク色のきれいなつぼが乗っているではありませんか。

「王様、わが軍は、またまた、全めつでございます」
生き残った水兵から話を聞いて、王様は、
「ううむ」
と、頭をかかえてしまいました。
「もはや、1頭の象も、1そうの船も残ってはおらぬ。どうしたらよかろう」
すっかり、しょげかえってしまった王様は、とうとう、病気になってしまいました。
何日も寝込んで、少し、体の調子がよくなった頃、王様はベッドからはなれて、庭の、涼しい木かげに横たわっていました。

いい風が吹いていました。でも、王様の心はゆううつです。考えるのは太陽のことばかり。その太陽は、きょうも、はるかな高みをゆうゆうと渡って行くのでした。
「ああ、わしともあろうものが、なんたるふがいなさじゃ。このまま、悩みながら、死んでいくのか」
と、その時です。
「王様、私めが太陽を取ってさしあげましょう」
おだやかな声が言いました。
見ると、かたわらに一人のお坊さんが立っていました。

「おまえが太陽を取ってくれるだと」
王様は体を起こして、お坊さんをじろじろとながめまわしました。
どこのお寺でも見かけるような、ふつうのお坊さんでした。

それは、なんとも、不思議な光景でした。海の真ん中に、ぽっかりと、大穴が空いていて、太陽の下りてくるのを待っていました。
その穴をめがけて、海水が、ものすごい勢いで、ザーザーと、なだれこんでいました。
太陽はそこから地下にもぐり、夜の間に地底を旅して、夜明けに、再び、東の果てから上ってくるのです。

穴の近くの島には「夕べの神殿」が建っていて、黒い肌の美しい人々が守っていました。
人々はマガタの船隊が来た理由を知ると、
「どうか、おやめください」
と、黒ひげ提督に頼みました。
「この世に太陽ほどいつくしみ深いものがあるでしょうか? 太陽が、あまねく、地上を照らしてくれるから、私たちは、みな、大地や海からの恵みをえて、生きていけるのではありませんか」
「いつくしみ深いだと!? あいつはおおぜいの仲間の命を奪った悪者だ! 決して許すことはできぬ!」
提督は神殿の人々を追い払って、
「それ、ものども、穴にわなをしかけよ!」
と、命令しました。

「お言葉ですが、提督、あみの数が足りません」
航海の途中、たくさんのあみをなくしてしまっていたのです。
「ならば、このあたりの住人をかき集めて、あみを作らせよ!」

水兵たちは、いったん、大穴を離れて陸に上がると、地元の人たちをかき集めて、大急ぎで、できるだけたくさんのあみを作りました。
それから、それらをつなぎあわせて、1枚の大きなわなに仕立てました。獲物(えもの)が入れば、ひゅっと、口がすぼまるしかけです。

「全めつじゃと!」
王様は真っ赤になり、足をふみならしました。
「なんたること! だが、こんなことで、わしはあきらめぬぞ。そうじゃ、船じゃ! 船を西の果てに向かわせよ! 沈む夕陽をすくい取るのじゃ!」
さっそく、8000そうの船が、特大の丈夫なあみを積んで、西の海を目指して、船出していきました。
帆には、マガタの印、黄金のライオンが輝きます。
先頭を行く船のへさきで、いばってうで組みするのは黒ひげ提督(ていとく)。これまで海の戦いでは負け知らずです。

「にっくき太陽め。わしが、きっと、赤ひげ将軍のかたきをとってやるぞ」
ところが、間もなく、熱帯をあばれまわる大風がやってきて、3000そうの船が、水兵もろとも、沈んでしまいました。
その後、命知らずの海ぞくと戦って、さらに3000そうを失いました。でも、それより、何より、困ったのは、行く手に現れた大陸でした。

兵士たちが身構えていると、
ドンジャーン ドンジャーン
デンジャーン デンジャーン
大地の底からひびくすさまじい音。
それは太陽が打ち鳴らすドラと太鼓の音でした。
その姿の何と恐ろしかったことか。燃えさかる巨大な火の玉の前では、目を開けていることすらできません。

それでも、赤ひげ将軍はこぶしをふり上げます。
「ひるむな!  今じゃ!」

兵士たちは太陽に向かって、力いっぱい、さおをふりました。
そして、かぎづめが太陽にひっかかったとみるや、すばやく、さおを象にくくりつけ、
「それ、引け!  ひきずり落とせ!」
人も象も、力の限り、さおを引っぱりました。

ドドドン ジャーン
デデデン ジャーン
ものすごい熱風が来て、象や兵士たちの体はちりちりと焦げました。
「引けや、引け!マガタの猛者(もさ)よ! われらの勇気を示すときじゃ!」

この時、太陽が、ふいっと、かすかな身ぶるいをしました。
とたんに、象も、兵士も、赤ひげ将軍も、ぽーんと、遠くへすっ飛んでしまいました。
たった一人、生き残った兵士が、ほうほうのていでマガタに逃げ帰り、
「王様、わが軍は全めつでございます」
と、ふるえる声で報告したのでした。