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コロナ禍で始めた私の豆本製作は、一点物の手作り豆本と、少部数の印刷豆本があります。年に2回ほど発行する印刷豆本のほうは、毎回、違うアーティストさんに装丁や表紙画をお願いしています。
今回公開する物語「ラブレター」は、『Love Letter』という豆本の中に収められています。テーマは“変わらぬ愛情”。忙しい日常に紛れて軽んじてしまいそうな、でも心のよりどころになっている確かな愛を描きました。
2022年ギャラリーウシンで行われた展覧会『豆本箱』で販売された豆本で、今回、皆様にWEB上でお届けできるのが嬉しいです。

ラブレター

こんなことは法に触れるんじゃないかって? まぁ、カタイこと言わないで。みんな、知ってて頼んでくるんですから。知ってて、自分の中で納得しているんです。
渋谷の裏通り、車も入れない路地のつき当たりに、築80年のボロ家がありまして、見ようによってはレトロ風な洋館。若い女の子には「カワイイ!」って言われそうな小さな家で、小さな看板が出ています。
『Letter』

キャラメルほどの大きさの色タイルをくっつけて並べた、手作り看板。何の店かって? 文字通り、手紙屋ですよ。
主人は、私。他に店員はいません。女一人の細々とした商売。お客様のために、手紙を代筆するのが仕事のすべて。

でも、これで結構やっていけますし、世間にも知られているんですよ。渋谷には昔から『恋文横丁』っていうのが、あったでしょう?
朝鮮戦争の時に米兵に恋した日本人女性のために、英文のラブレターを代筆していたって場所。ここに店を構えたのも、無意識にそれが頭に入っていたからかもしれません。(次のページに続く)

BOOK展2023で発表した5作品のうちの第2弾をお届けします。
◆BOOK展の様子はこちらから→BOOK展2023を終えて
◆動画はこちらから→YouTube「BOOK展2023」

『月の子奇譚』
今と違い昔の先生たちは、ガリ版でテストや行事のプリントなどを刷っていたのですから、手間がかかったことでしょう。削って、刷って、乾かして、綴じて・・・。そんな経験を重ねた先生方も、もう定年を過ぎているはずです。この話は、元校長先生だったおじいさんと孫の会話で進んでいきます。世代の違う二人、でもロマンティックな性格は似ているでしょう?


月の子奇譚

僕のおじいちゃんは、今、“断捨離”っていうのに凝っている。いらない物を捨てて、好きな物だけに囲まれて暮らしたいんだって。
おじいちゃんは72才で、7年前までは校長先生をしていた。だから、おじいちゃんの家には、学校っぽい物がたくさんある。巨大な分度器とか、額縁に入った表彰状とか、運動会用の旗とか。

「記念にもらってきたんだが、ばあさんには不評だな。部屋が狭くなるってさ」
「そんなことないよ、面白いよ。捨てちゃうなら、僕、もらっていい?」
「もちろんだとも。好きなもん、何でも持っていけ」

僕はおじいちゃんの手伝いと称しながら、夢中で宝物を探していた。黒い表紙のファイル類の下に、いかにも古そうな木箱を見つけた。蓋に細かい網目の窓がついていて、カッコいい。
「これ、もらっていい?」
別の場所を片付けていたおじいちゃんは、こっちに目を向け、
「そんなもんが、まだ残ってたか」
と、つぶやいた。

「何、これ? 秘密の箱?」
「ガリ版の道具さ」
「ガリ版?」
テーブルに箱を乗せ、おじいちゃんは説明してくれた。どうやら、昔の印刷機みたい。ろう紙というアメ色に透き通った紙をヤスリ盤に乗せ、鉄筆で文字を刻む。原紙の下にワラ半紙を敷いて、網を乗せ、インクを塗ったローラーを転がせば、刻んだ文字が印刷されるというわけだ。

「謄写版とも呼んだが、悠斗は知らないだろう?」
「うん。初めて見た。明治くらいのお宝? それとも大正?」
「いやいや。昭和の話だよ。50年くらい前までは、学校のテストも文集も、みんなこれで作っていたんだ」
「50年っていったら、半世紀だ。やっぱ、ずいぶん古い物だね」
おじいちゃんは片目をつぶり、
「ほんの少し前に思えるんだがなぁ」
と、笑った。

毎年ギャラリーウシンで開かれていたBOOK展も、今年で12回目。本好きな人たちによる“本の世界を楽しむ”展覧会で、年ごとにテーマが決まっていました。
今年のテーマは“ガリ版”。オーナーさんがアンティークのガリ版機を手に入れたことから企画が始まり、私もガリ版にまつわるショートストーリーと絵を5作、創りました。展覧会は終わりましたが、そこで公開した作品を皆様にも読んでいただけたら嬉しいです。
BOOK展の様子はこちらから→BOOK展2023を終えて
動画はこちらから→YouTube「BOOK展2023」

まだパソコンもプリンターも普及していなかった昭和時代に、誰もが身近な印刷機として触れていた“ガリ版”。「懐かしい!」と記憶をたぐる方にも、「ガリ版って何?」と首をかしげる方にも、ほのかなインクの匂いが届けられたらいいなと思います。

『あの子』
小学校時代、私は新聞委員で、ガリ版を使って学級新聞を作っていました。友だちの家に集まって編集会議をして、本物の新聞のようにロゴに凝ったり、四コマ漫画を載せたり。クラスで配った時の反応も気になったものです。本棚の奥にいまだに取ってある思い出の新聞。遠い記憶を呼び覚ますガリ版刷りの学級新聞を作品にしてみました。

第7話 これからのこと

シュガー姫の病気はそれからしばらくして、治ってきました。
メェさんはもちろんのこと、国中がホッとしました。たくさんの花束が、シュガー姫に送られてきました。

「良かったです・・・本当に良かった」
メェさんも一安心しました。シュガー姫はベッドの中で、タベルノダイスキさんが作ったリンゴのコンポートを口にしています。

リンゴのコンポート 「・・・聞いたわ。メェさんずっと看病してくれたんですってね?ありがとう・・・」
ニコッ。メェさんは笑って、
「いいえ。姫さまが元気になられて本当に良かったですぞ。・・・あの・・・うかがってもよろしいでしょうか。シュガー姫さまには悩みがあるのでは?」
そっと尋ねます。

「・・・うん。あのね、あたし・・・みんなに笑ってほしいの。みんな、あたしをかわいそうな子って思っているけど・・・あたし、かわいそうじゃないわ。この国の次の女王様だもの」
シュガー姫がしっかりとした声で言います。

「この国にはお母さまの写真が1枚もない・・・だからあたし、お母さまのことを何も知らなくて・・・。お父さまには聞けないわ。今でもあんなに悲しんでいるんですもの。でもあたしは知りたいの。あたしがあたしであるために。ねえ、教えてくれる? お母さまのこと。羊の執事のしつじーさん?」

ふふっ。
メェさんは笑いました。
「わたしの名前は、メェです。シュガー姫さま」
そんな自分がちょっぴり、ほこらしく感じながらメェさんはそう答えたのでした。
(おわり)

第6話 閉ざされたとびら

シュガー姫の具合が悪くなったのは、その日の夕方でした。熱も出て、お腹も痛むようです。メェさんは心配でたまりません。お医者さんは首をふりふり、こう言いました。
「何かシュガー姫には悩みがあるのではないかと思いますが。うわ言を言われておりました。とりあえず注射をしました。安静になさってください」
シュガー姫の悩み・・・。なんだろう、とメェさんはとまどいました。それから何日も、メェさんはシュガー姫のそばにずっといました。いつメェさんは眠るのだろう、と周りがささやいています。

「・・・・・・あの、羊の執事のしつじーさん・・・あ、いえ、メェさん」
夜更け、氷枕の氷を変えにそっと部屋から出たメェさんに、心配そうにやさしくそっと声をかけてくれた人がいました。タベルノダイスキさんです。

「・・・大丈夫ですか? 少し召し上がりませんか?」
え・・・でも、と戸惑ったメェさんに、タベルノダイスキさんは言いました。
「メェさんが倒れてしまいますよ。ボクも力は及びませんがおりますし、他にもたくさんの皆さんが心配していますよ?」

「・・・シュガー姫の病気、心配ですからな」
うなずいたメェさんに、
「いいえメェさんのことですっ! 皆さんメェさんを心配されてます。すごくがんばられてます、本当にボクもそう思っています・・・でも・・・反面、心配なんです。メェさんは・・・一人で抱えこむ方だから・・・」
タベルノダイスキさんは言いました。

「え、わたしがですか?」
メェさんはびっくりしました。そんなこと、考えたこともありませんでした。だってメェさんは、やらないといけないことをやっているだけなんですから。
「だって・・・言えませんぞ。きっと皆さん困ります」
やさしくて涙もろいハレルヤさんに、シュガー姫に甘いだけの国王さま。みんなみんな、シュガー姫を大好きなんですから。
(次のページに続く)

第5話 料理人の悩み

タベルノダイスキさんが王宮にやってきて、しばらく経ちました。今、タベルノダイスキさんは悩んでいます。
「・・・うーん。困りましたね」
悩みはもちろん、シュガー姫のことです。料理人として今までずっと働いてきたタベルノダイスキさんですが、料理を残してばかりのシュガー姫の様子に首を傾げるばかりです。

「羊の執事のしつじーさん、あ・・・メェさんが言ってた通りでしたね。ピーマンやニンジン、セロリ・・・他にたくさん、苦手があるみたいです」
タベルノダイスキさんがどんなに工夫しても、料理は手付かずで下がってくることもあります。がっかりしたのはもちろんですが、同時にとても不安でした。
シュガー姫はこんなに召し上がらなくて、体に良いわけがない・・・と。
姫のくたびれたような悲しげな表情も、気になっています。
「しつじーさんにちょっと相談してみましょう!」
タベルノダイスキさんはメェさんの相談役として、かつやくしていました。
(どうしてだろう・・・この国のみんなは、あんまり幸せそうじゃないみたいだ・・・)

パンナコッタ王国には1年中お菓子が取れて、みんなが言います。
「パンナコッタ王国はしあわせだね。ボクも住みたいよ」
だけど本当にしあわせなのでしょうか。笑い声が聞こえないと、タベルノダイスキさんは思うのです。
(次のページに続く)

第4話  シュガー姫のこと

「シュガー姫、今日から新しい料理人さんがこちらに来ますぞ」
メェさんの言葉に、シュガー姫はキョトンとしました。
「どうしてぇ? だって・・・今だって料理人はいるじゃない」

はは。苦笑しながら、メェさんは続けます。
「そうですな。でも彼は世界一ですぞ。わたしが保証いたします」
「ご飯より、あたしはおかしの方が好きだもん」
シュガー姫がポケットからキャンディを取り出して、口に入れました。
食事をとらずお菓子ばかり食べているシュガー姫「たべるぅ?」
「・・・いえ、けっこうです。ありがとうございます」
メェさんはため息です。おとなしく画用紙に絵を書き出したシュガー姫の側、メェさんは悩んでいます。
いつか・・・このお姫様を、見違えるようなレディに変身させられるのでしょうか。
そんな魔法がどこかにあるのでしょうか。
(次のページに続く)

第3話 ふしぎな空間

そのお店、ニンジンハウス・ダイスキは、パンナコッタ王国の中心から少し離れたところにひっそりとありました。小さな赤い屋根の、おしゃれなお店です。予約を取るのも大変かも、と思っていたのですが、メェさんの悩みや仕事を聞いたタベルノダイスキさんは言いました。
「そうでしたか・・・。実はボクがこの町に引っ越ししてきたのは、シュガー姫さまの気になるお話を耳にしたからなんです。お食事をあまり召し上がらないとか、体が弱いこともうかがいました。それでずっと気になっていたんです。羊の執事のしつじーさん、ぜひぜひあなたにお会いしたいですっ!」
「わあ! そ、それはぜひにっ! わたしもあなたにお会いしたいですぞっ!」

それで3日後、メェさんはタベルノダイスキさんと会う約束をしました。
けれど・・・シュガー姫のうわさ・・・。一体どんなうわさを聞いて、タベルノダイスキさんはこのパンナコッタに来てくれたのでしょう。すぐれた料理人ならば、仕事はたくさんあったはずです。この国に来てくれたことはとてもうれしいですが、気になってしまいます。

はあ。
きっと・・・嫌なことを聞いてきたのではないでしょうか。自分がもっときちんと教育できていたら、もしかして・・・。メェさんを責めるつもりかもしれません。
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第2話 街のうわさ

メェさんがちょっとだけ疲れてしまったのも、無理はありません。シュガー姫はちょっとだけわがままさんだったからです。亡くなられた王妃さまにそっくりなシュガー姫のことを、お父さまである王様はものすごく可愛がっています。シュガー姫のほしがるものなら、お金は惜しみません。ドレスや靴、食べたいものはなんでもシュガー姫にと渡されます。

「だってね、メェさん。わたしにはこの子だけなんだよ。わかるだろう」
王様にそう言われてメェさんは、口ごもってしまいます。本当の本当は・・・それじゃあいけないって思っていました。だけど・・・言えなかったのです。

(わたしも甘いですね。シュガー姫のことになると、確信が持てなくて・・・。こんな時に、だれかに相談できたら・・・。シュガー姫はお菓子ばかりで食事をきちんと召し上がってくださらない・・・。それだけでも、なんとか・・・)

シュガー姫は最近ずっと、ご飯を食べてくれません。お菓子を食べているのでしょうか。心配したメェさんは、ふう。そっと外に出てため息をつきました。
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第1話 羊が1匹

ここはお菓子の国、パンナコッタ王国。一年中あたたかくて、スナック菓子やキャンディ、ケーキなどがたくさんとれる夢の国です。
パンナコッタ王国にお菓子がとれるのは、笑顔の魔法があるから。食べた人たちの幸せな顔、うれしい気持ちがどうやらこの国に不思議な魔法をくれているみたいです。
お菓子の国、パンナコッタ王国のイメージイラスト この国は人間である王様たちと動物たちが仲良く暮らしています。この国に来てお菓子を食べると、あら不思議。人間も動物もお互いにお話しできるようになるんです。そんなパンナコッタ王国に羊の執事のしつじーさん、とみんなから呼ばれている執事のメェさんというオスの羊さんがいます。

今年50さいになるメェさんですが、まだまだ自分は若い人たちには負けないつもりです。毎日いっしょうけんめいに働いています。メェさんのお仕事は、パンナコッタ王国のプリンセス、シュガー姫のお世話です。もちろんのこと、シュガー姫には乳母のうさぎのハレルヤがついていますけれど、ハレルヤはとてもやさしくて・・・シュガー姫を叱ることもできません。次のページに続く