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月はグングン昇って、野原を真っ青に照らしました。
野原には風が渡り、風が吹いた野原の辺りは真っ青色をやや透(す)き通らせたようで、いくぶん透明(とうめい)に見えました。

先ほどとはまた別のポプラがいいました。
年寄りのポプラで幹が太く地面にどっしりと根付いています。とても威厳(いげん)のある姿に見えました。

「あんたがいてわしらがいる。それでまあるくおさまっているのだ。あんたはわしらがいるから日々を安心して過ごせるという。わしらもあんたがいるおかげでこうして誇らしく立っていられる。お互い様なのだ。あんたとわしらでやっとまあるくなれたのだ。ひとつのきれいな風景になれたのだ」

イチョウは月をながめながら胸をいっぱいにして黙っていました。
しゃべる必要はありません。
なぜかといえばふたりは今、全く同じ気持ちでいるからです。
他のポプラたちも少し笑ったようでしたが、口を開くものはありませんでした。
月がてっぺんまで登り、世界の全てを湖の底に沈めてしまった頃、イチョウは安らかな寝息(ねいき)を立てていました。

ポプラたちはそれを認(みと)めると、安心して眠りに入っていきました。  (おわり)

やがて子どもたちはいなくなりました。
日がだいぶかたむいてきているのです。
西の空はうんと遠くにあり雲の部分だけが、赤々としていました。じきに日が沈もうとしています。

イチョウが話し出しました。
普段は物静かなイチョウも興奮(こうふん)を抑えるのが精いっぱいと見え、いく分か早口でした。
「ああ、ゆかいだったわ。女の子は私の葉を宝物のようにして遊んでくれた。男の子はわたしの幹をなでたり抱きしめたりしてくれた。わたし一番の嬉しさですわ」
昼間に喋ったのではない他のポプラがうなずきました。

そのポプラは大変な紳士で、かっこうも、枝が下から順繰りに小さくなっていって、てっぺんの一点に集中しています。しゃんとしてかっこうよく見えました。

日はてっぺんまで昇り、丘をひなたでいっぱいにしました。
今日も丘の上はいつもの通りに日が過ぎるはずでした。
しかしそうはなりませんでした。
丘の上に人間の子どもがやってきたのです。
男女2人ずつの4人です。

4人は野原に出るととたんにイチョウのほうへ走り出しました。きゃーとかいちばーん!とか元気な声をだしながら。
イチョウのふもとは自分の落ち葉でまあるく囲まれていました。そこだけ金色の妖精(ようせい)でも飛んでいるようにチカチカと輝いて見えました。

美しい秋の日のお話です。
その丘は台形の形をしていて、登っていった上は野原になっていました。
野原はぐるりと一周、いく本かのポプラの木で囲まれています。
そして野原の真ん中には一本だけ三角ツリーの形をしたイチョウの木がありました。

イチョウは、せたけがポプラよりも大変小さく、大変美しかったので、ポプラが騎士(きし)でイチョウはお姫様という具合に見えました。

イチョウは物静かな性質で普段は自分から誰かに話しかけることはあまりなかったのですが、近頃気がついたことがあり、それがどうしても気になって周りのポプラたちに尋ねました。

「ポプラさん、あなた方はいったいいつ眠っていらっしゃるの? わたくしが寝付く前には起きていて、わたくしが目覚めた後はみな様すっかり起きていらっしゃいますわ」
風が丘の上を透き通った青色を乗せて通りすぎます。
野原はくすぐられているみたいに笑いました。
イチョウの金色に染まった葉もチカチカと輝きながら、土の上にふりそそいでいます。

14 エピローグ

とんでもない海水浴の一日を終えた美里と新一は、その夜、宮本家の食卓でおいしい魚料理をたらふく食べました。
食べながら、美里は、ふと、ふしぎに思っていたことを口にしました。

「こうちゃんは、どうして、あたしたちの話をすぐに信じてくれたの? あんな変な話だったのに」
「ああ、それはじゃ」
口の重い浩一に変わって、浩一と大介の父親、がっちりと大がらな宮本氏が答えました。

「もともと、漁師の間で、がめ島には化けガメが住んでおる、それがときどき悪さするちゅう、言い伝えがあってな。これまでも、人が急にいなくなったり、逆に、ずっと昔に消えた者が、とつぜん、帰ってきたり。そんなことが、何度となく、あってな。そやから、美里ちゃんらの話を聞いた浩一は・・・」
「おれ、うそやない、思って」
浩一ははしを止め、ぽつりと、こう言うと、また、食べ始めました。

「陸(おか)ではありそうにないことが海では起きる。漁師はそんな話になれっこなんじゃ。ま、浩一も海の男になったってことか」
宮本氏は浩一のかたをたたいて、目を細めました。
子供たちが、そろって、ねてしまってからも、浩一と父親は茶の間で話しこんでいました。

13 美波ガラス工芸館

「おれ、冬の部屋で、太郎の玉手箱をのぞいて、分かったんや。あれって、じいさんを作るマシンやない、タイムマシンや!」
「タイムマシン?」
「うん。太郎は未来にタイムスリップしたんや。タイマーは、2010‐07‐07に合わせてあった。ってことは・・・」
「2010年7月7日ってこと? それだと、10年前だよね」

「2人は10年前にここに来てた。おれ、タブレットの太郎とおとひめを、10年、老けさせてみた。そしたら、おれの知っている人たちにそっくりになったんや!」
「それはだれ?」
走りながら、夢中で話していた2人は、どすんと、人とぶつかりました。

とたんに、こつんと、げんこが大介の頭にふってきました。
「いて!」
「ばか、どこに行っていたんや、バケツ、置きっぱなしで。しんちゃんはどこや?」
それは帰りのおそい3人を心配して、探しにきた浩一でした。

「うわーん、にいちゃん、助けてくれ!」
大介は浩一に、ひしっと、しがみついて、泣き出しました。
びっくりして、浩一は美里に目を移しました。
「何があった、美里ちゃん。ちゃんと話してみい」

  12 鶴島かめ代のひみつ

秋と冬の部屋から転げ出た美里と大介は、
「あのね、大ちゃん!」
「あのさ、みーちゃん!」
と、息せき切って、それぞれに起こったことを話そうとしました。
その時、二人の持っているタブレットがプィンと開いて、新一の顔が現れました。

「しんちゃん!」
「おねえちゃん、大ちゃん!」
新一は息もつかずに、早口で話し始めました。
「鶴島かめ代ってひどいんだよ。ぼくをここに閉じこめて、出してくれないんだ。あれから、ぼく、もう、3日もここにいるんだよ。ゲーム、あきちゃった!」

「え、3日? こっちは、まだ、1時間もたっていないのに」
「うん、知ってる。ここの時間はおかしくて、あちこち、バラバラに進んでいるんだ。ぼくのいるところ、今までは、おねえちゃんのいる場所より、ずっと早く、時間が進んでいたけど、もうじき、島全体が竜宮時間になっちゃうんだ。そしたら、島の周りに時間のかべができて、3人とも、家に帰れなくなっちゃうって!」
新一が泣き顔になりました。

「だいじょうぶ、しんちゃん。残りはあと1問よ。最後の問題を解けば、みんないっしょにここを出られるはずだから」
美里は、ちらりと、タブレットの陸(おか)時計に目をやりました。

(残り、1分半だ・・・)
「最後の問題、出して!」
美里はタブレットをたたいたり、さけんだりしましたが、画面はなみだ目の新一を映したままです。
新一は、3日も娯楽殿にいる間に、鶴島かめ代の目をぬすんで、いろいろ、調べたと言います。

11 秋と冬の部屋で

何かにせなかを強くおされて、美里と大介は、ほぼ同時に、春、夏の部屋からホールの床に転げ出ました。
「やったよ、みーちゃん!」
「うん、あたしも!」
ふたりは立ち上がって、タブレットを見せ合いました。
4番と5番のパネルが消え、ふたりの人物の顔の上部分が現れていました。

「男と女だな」
「きっと、浦島太郎とおとひめね」
「残り、13分や! 急がなくちゃ」
「あのね、大ちゃん」
美里がためらいがちに言いました。

「残りの時間であと3問はとても無理だと思うの。このままだと、3人とも、うらしま館で何千年も暮らすことになる。だからね、大ちゃんは、今すぐ、ここを出た方がいいと思う」
「え、みーちゃんはどうするの?」

「あたしは新一を置いて行けないから、ここに残って、最後までがんばってみる。大ちゃんはおよげるんだから、島から出て、ここであったことをみんなに伝えて。あたしたちがどうなったかってことを、うちのお父さんやお母さんに。大ちゃんまでここに残ったら、本当のことを伝える人がだれもいなくなっちゃう。だから・・・」
「いやや、そんなこと」
大介は、きっぱり、首をふりました。

10 春の部屋、夏の部屋

次の瞬間、大介がいたのは木の枝をあんでできた簡単な小屋の中でした。
大小のびくやあみ、つりざおなどが並んでいます。
「なんや、漁師小屋みたいやな」
小屋のとびらをおし開けて、おそるおそる外へ出てみると、うららかな日ざしの下に梅の花が、いっぱい、咲いていました。

ケッキョケッキョと鳴いているのはうぐいすでしょうか。
「たそ!」
「え?」
ふりかえると、すごく昔風の着物を着た女の人が立っていました。
「たそ? わが子太郎の小屋にて何するらむ?」
「はあ? わが子太郎って言った? ひょっとして、おばさん、浦島太郎のお母さん?」
「いかにも、太郎はわが子なるが、ぬしは太郎の知りびとか?」
「おばさんの言葉、分かりにくいなあ」
その時、大介の持っていたタブレットがピカンと光って、4つ目の問題が現れました。

「『第4問、浦島太郎のお母さんの名前は何でしょう?』 わお、答え、目の前じゃ! すみません、おばさんの名前、何ていうんですか?」
女の人は、みるみる、こわい顔になりました。
「その板は何ぞ! あやしげに光るなり! まして、われに名乗れとは、ぬしはさだめて小鬼なるべし! たれぞ!」
女の人のさけび声に、すぐさま、よろいすがたの男が、ふたり走ってきました。

9 体験ゾーン

「ありがとう、みーちゃん。おれ、死ぬところやった。ここ、こわいところや。早く出よう。でないと、3人とも、ほんとに死んじまう」
立ち上がった大介はきょろきょろと見回し、やっと、新一のいないことに気が付きました。

「あれ、しんちゃん、まだ便所?」
「ちがうの」
美里はふるえる声で新一に起こったことを話しました。
聞き終わった大介は、「ううむ」と考えました。

「ここはおれら、子どもではどうにもならん。助けをよびに行こう。警察に知らせるんや。早く、しんちゃんを助けな」
「それがね。さっき、外に助けをよびに出たんだけど、がめ島から岸まで、もう、海にもどっているの。ケータイはないし・・・」

「おれ、およげるよ。向こう岸まで行って、助け、よんでくる!」
「もう、そんなひま、ないかもしれないの。時計を見て」
美里はタブレットを大介に見せました。

「竜宮時間の時計は止まっているけど、陸(おか)時間の方は、ゲームが始まってから、もう、30分、過ぎているの。最初に、ゲームの制限時間は1時間とガイドが言ってたでしょ」
「うん。それで?」
「あの話が本当なら、あと30分で竜宮時間に切りかわるってこと。そしたら・・・」
「時間が100倍のスピードで進むってことか。やばいな。早く、しんちゃんを見つけて出ないと、おれら、リアルうらしま太郎になってまう。けど、探すたって、ここ、バカみたいに広いなあ」
「そうだ、アバター!」
美里はタブレットの新一のアバターをおしてみました。