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第7話 これからのこと

シュガー姫の病気はそれからしばらくして、治ってきました。
メェさんはもちろんのこと、国中がホッとしました。たくさんの花束が、シュガー姫に送られてきました。

「良かったです・・・本当に良かった」
メェさんも一安心しました。シュガー姫はベッドの中で、タベルノダイスキさんが作ったリンゴのコンポートを口にしています。

リンゴのコンポート 「・・・聞いたわ。メェさんずっと看病してくれたんですってね?ありがとう・・・」
ニコッ。メェさんは笑って、
「いいえ。姫さまが元気になられて本当に良かったですぞ。・・・あの・・・うかがってもよろしいでしょうか。シュガー姫さまには悩みがあるのでは?」
そっと尋ねます。

「・・・うん。あのね、あたし・・・みんなに笑ってほしいの。みんな、あたしをかわいそうな子って思っているけど・・・あたし、かわいそうじゃないわ。この国の次の女王様だもの」
シュガー姫がしっかりとした声で言います。

「この国にはお母さまの写真が1枚もない・・・だからあたし、お母さまのことを何も知らなくて・・・。お父さまには聞けないわ。今でもあんなに悲しんでいるんですもの。でもあたしは知りたいの。あたしがあたしであるために。ねえ、教えてくれる? お母さまのこと。羊の執事のしつじーさん?」

ふふっ。
メェさんは笑いました。
「わたしの名前は、メェです。シュガー姫さま」
そんな自分がちょっぴり、ほこらしく感じながらメェさんはそう答えたのでした。
(おわり)

第6話 閉ざされたとびら

シュガー姫の具合が悪くなったのは、その日の夕方でした。熱も出て、お腹も痛むようです。メェさんは心配でたまりません。お医者さんは首をふりふり、こう言いました。
「何かシュガー姫には悩みがあるのではないかと思いますが。うわ言を言われておりました。とりあえず注射をしました。安静になさってください」
シュガー姫の悩み・・・。なんだろう、とメェさんはとまどいました。それから何日も、メェさんはシュガー姫のそばにずっといました。いつメェさんは眠るのだろう、と周りがささやいています。

「・・・・・・あの、羊の執事のしつじーさん・・・あ、いえ、メェさん」
夜更け、氷枕の氷を変えにそっと部屋から出たメェさんに、心配そうにやさしくそっと声をかけてくれた人がいました。タベルノダイスキさんです。

「・・・大丈夫ですか? 少し召し上がりませんか?」
え・・・でも、と戸惑ったメェさんに、タベルノダイスキさんは言いました。
「メェさんが倒れてしまいますよ。ボクも力は及びませんがおりますし、他にもたくさんの皆さんが心配していますよ?」

「・・・シュガー姫の病気、心配ですからな」
うなずいたメェさんに、
「いいえメェさんのことですっ! 皆さんメェさんを心配されてます。すごくがんばられてます、本当にボクもそう思っています・・・でも・・・反面、心配なんです。メェさんは・・・一人で抱えこむ方だから・・・」
タベルノダイスキさんは言いました。

「え、わたしがですか?」
メェさんはびっくりしました。そんなこと、考えたこともありませんでした。だってメェさんは、やらないといけないことをやっているだけなんですから。
「だって・・・言えませんぞ。きっと皆さん困ります」
やさしくて涙もろいハレルヤさんに、シュガー姫に甘いだけの国王さま。みんなみんな、シュガー姫を大好きなんですから。
(次のページに続く)

第5話 料理人の悩み

タベルノダイスキさんが王宮にやってきて、しばらく経ちました。今、タベルノダイスキさんは悩んでいます。
「・・・うーん。困りましたね」
悩みはもちろん、シュガー姫のことです。料理人として今までずっと働いてきたタベルノダイスキさんですが、料理を残してばかりのシュガー姫の様子に首を傾げるばかりです。

「羊の執事のしつじーさん、あ・・・メェさんが言ってた通りでしたね。ピーマンやニンジン、セロリ・・・他にたくさん、苦手があるみたいです」
タベルノダイスキさんがどんなに工夫しても、料理は手付かずで下がってくることもあります。がっかりしたのはもちろんですが、同時にとても不安でした。
シュガー姫はこんなに召し上がらなくて、体に良いわけがない・・・と。
姫のくたびれたような悲しげな表情も、気になっています。
「しつじーさんにちょっと相談してみましょう!」
タベルノダイスキさんはメェさんの相談役として、かつやくしていました。
(どうしてだろう・・・この国のみんなは、あんまり幸せそうじゃないみたいだ・・・)

パンナコッタ王国には1年中お菓子が取れて、みんなが言います。
「パンナコッタ王国はしあわせだね。ボクも住みたいよ」
だけど本当にしあわせなのでしょうか。笑い声が聞こえないと、タベルノダイスキさんは思うのです。
(次のページに続く)

第4話  シュガー姫のこと

「シュガー姫、今日から新しい料理人さんがこちらに来ますぞ」
メェさんの言葉に、シュガー姫はキョトンとしました。
「どうしてぇ? だって・・・今だって料理人はいるじゃない」

はは。苦笑しながら、メェさんは続けます。
「そうですな。でも彼は世界一ですぞ。わたしが保証いたします」
「ご飯より、あたしはおかしの方が好きだもん」
シュガー姫がポケットからキャンディを取り出して、口に入れました。
食事をとらずお菓子ばかり食べているシュガー姫「たべるぅ?」
「・・・いえ、けっこうです。ありがとうございます」
メェさんはため息です。おとなしく画用紙に絵を書き出したシュガー姫の側、メェさんは悩んでいます。
いつか・・・このお姫様を、見違えるようなレディに変身させられるのでしょうか。
そんな魔法がどこかにあるのでしょうか。
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第3話 ふしぎな空間

そのお店、ニンジンハウス・ダイスキは、パンナコッタ王国の中心から少し離れたところにひっそりとありました。小さな赤い屋根の、おしゃれなお店です。予約を取るのも大変かも、と思っていたのですが、メェさんの悩みや仕事を聞いたタベルノダイスキさんは言いました。
「そうでしたか・・・。実はボクがこの町に引っ越ししてきたのは、シュガー姫さまの気になるお話を耳にしたからなんです。お食事をあまり召し上がらないとか、体が弱いこともうかがいました。それでずっと気になっていたんです。羊の執事のしつじーさん、ぜひぜひあなたにお会いしたいですっ!」
「わあ! そ、それはぜひにっ! わたしもあなたにお会いしたいですぞっ!」

それで3日後、メェさんはタベルノダイスキさんと会う約束をしました。
けれど・・・シュガー姫のうわさ・・・。一体どんなうわさを聞いて、タベルノダイスキさんはこのパンナコッタに来てくれたのでしょう。すぐれた料理人ならば、仕事はたくさんあったはずです。この国に来てくれたことはとてもうれしいですが、気になってしまいます。

はあ。
きっと・・・嫌なことを聞いてきたのではないでしょうか。自分がもっときちんと教育できていたら、もしかして・・・。メェさんを責めるつもりかもしれません。
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第2話 街のうわさ

メェさんがちょっとだけ疲れてしまったのも、無理はありません。シュガー姫はちょっとだけわがままさんだったからです。亡くなられた王妃さまにそっくりなシュガー姫のことを、お父さまである王様はものすごく可愛がっています。シュガー姫のほしがるものなら、お金は惜しみません。ドレスや靴、食べたいものはなんでもシュガー姫にと渡されます。

「だってね、メェさん。わたしにはこの子だけなんだよ。わかるだろう」
王様にそう言われてメェさんは、口ごもってしまいます。本当の本当は・・・それじゃあいけないって思っていました。だけど・・・言えなかったのです。

(わたしも甘いですね。シュガー姫のことになると、確信が持てなくて・・・。こんな時に、だれかに相談できたら・・・。シュガー姫はお菓子ばかりで食事をきちんと召し上がってくださらない・・・。それだけでも、なんとか・・・)

シュガー姫は最近ずっと、ご飯を食べてくれません。お菓子を食べているのでしょうか。心配したメェさんは、ふう。そっと外に出てため息をつきました。
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第1話 羊が1匹

ここはお菓子の国、パンナコッタ王国。一年中あたたかくて、スナック菓子やキャンディ、ケーキなどがたくさんとれる夢の国です。
パンナコッタ王国にお菓子がとれるのは、笑顔の魔法があるから。食べた人たちの幸せな顔、うれしい気持ちがどうやらこの国に不思議な魔法をくれているみたいです。
お菓子の国、パンナコッタ王国のイメージイラスト この国は人間である王様たちと動物たちが仲良く暮らしています。この国に来てお菓子を食べると、あら不思議。人間も動物もお互いにお話しできるようになるんです。そんなパンナコッタ王国に羊の執事のしつじーさん、とみんなから呼ばれている執事のメェさんというオスの羊さんがいます。

今年50さいになるメェさんですが、まだまだ自分は若い人たちには負けないつもりです。毎日いっしょうけんめいに働いています。メェさんのお仕事は、パンナコッタ王国のプリンセス、シュガー姫のお世話です。もちろんのこと、シュガー姫には乳母のうさぎのハレルヤがついていますけれど、ハレルヤはとてもやさしくて・・・シュガー姫を叱ることもできません。次のページに続く

ピイ、ピイ、ピイ――。

ハッとした。それは間ちがえようもないほどに、聞き知った声だった。黒々とした木々の合間から鳴き声が聞こえるのだ。

「ピイ! いるのか! 帰ってこい」
よびかけるとすんだ声が返ってきた。
確信を持った。あれは、絶対にピイだ。

秋斗(あきと)を追いかけて来たお母さんがかたに手をかける。
「秋斗、残念だけどもうすぐ夜だしムリだよ。家に――」
「お母さん、あの声、ピイだよ! エサ、ほしがってる」
「そっか。秋斗にはわかるのか・・・。けど、一度外に出た鳥はむずかしいな。明日一日は、目立つところにエサを置いてみようか。まだ巣立つには、ちょっと早すぎる日数だと思うから。もどってこれるといいけど」

その日の秋斗は生きた心地がしなかった。父のなぐさめにもうなだれたまま、タオルケットをかぶって真っ暗な部屋の中で、ただピイの無事だけをいのった。
寒くないだろうか。夜行性の肉食の生き物にやられたりしないだろうか。
まんじりともしないまま夜が明けると、秋斗は一目散に庭のウッドデッキにかけ出した。
「ピイ!」
うらの林に向けて、よびかけた時だった。

ピイ、ピイ、ピイ――。

ピイは生き餌に大いに喜び、目の前に落としたハエトリグモを追いかけてつかまえることもできるようになってきた。時折はいっしゅん考えるような仕草も見せるので、あのカメムシ事件もピイの役に立ったのだろう。
一日一日、成長が目に見える。

秋斗(あきと)の絵日記はピイの成長の様子が毎日みっちりと書かれていた。
たよりなかった羽もすっかりりっぱになって、ふんわりとしたフォルムになったピイは愛らしい鳥のヒナそのものだった。ピイは文鳥のように、秋斗の手に乗ったりはしない。運動と食事の訓練のためにケージの外に出す時だけが、秋斗とピイがたがいのぬくもりを感じるしゅん間だった。
きずつけないようにそっとつかむと、ピイはおとなしくしていやがらない。

すり餌(え)をピイ用に作るのはかんたんだ。お湯とすり鉢を用意すればいい。ピイはこのエサを気に入ったようで、そのうがパンパンになるまで食べては、すやすやとねむりについた。
それが数日続けば秋斗(あきと)の手つきも慣れたものだ。

子スズメの真っ黒な瞳(ひとみ)はぱっちりと開くようになり、かぼそかった声も耳にひびくほどに力強くなった。
ピイの赤くハゲていた地はだにはたくさんの黒い管が生え、それがわれると見慣れた茶色い羽根が顔を出す。たよりないヒナは日を追うごとにふわふわとスズメらしくなってきた。

そんなピイに満足しながら、秋斗はなやんでいた。
またたく間に育っていくピイに、まだやってあげていないことがあったのだ。
今日の朝にはと思っていたができなかった。もう先送りにするわけにはいかない。
夏休みの宿題を午前中やったら・・・、今日こそは「アレ」をやらないといけない。