アーカイブ

王様の命令で、8000頭の象に、こう鉄のかぎづめと、頑丈なさおと、太いロープが積みこまれました。
そこにマガタの屈強な兵士たちが乗りこむと、東の果てめざして、勇ましく出発して行きました。

率いるのは、国一番の勇者として名高い赤ひげ将軍です。
これまで、どんな強い敵にだって、背中を向けたことはありません。

でも、途中、広い砂漠を渡る時、3000頭の象が、のどのかわきで、死んでしまいました。
その先の平原では、たけだけしい盗ぞくと戦って、さらに3000頭が命を落としました。やっと東の果ての山にたどり着いた時には、つらい旅の疲れで、1000頭の象が動けなくなっていました。

むかし、まだ、インドがマガタと呼ばれていたころ、一人の王様がいました。
王様は、それはもう、たいそうな金持ちでした。いくつもの金山と銀山、数え切れない宝石の島々を持っていたからです。
その姿は目もくらむばかり。黄金の冠をかぶり、全部の指に宝石の指輪をはめ、うでにはうで輪、耳には耳輪、鼻には鼻輪、胸には、ジャラジャラと、首輪・・・、いえ、首かざりをぶら下げていました。

7つの宮殿は、どれも、真っ白な大理石。広い庭には南国の珍しい花が、いっぱい、咲いていて、ゴクラクチョウがきれいな声でさえずり、トラやヒョウ、金色のヒヒなんかが、のんきに遊んでいました。王様の軍隊はとても強く、世界中の国々が王様の前にひれ伏していたので、欲しいと思うものは、どんなものでも、すぐに、手に入ったのです。

その日から、早速、ハンスには、王さまの仕事が待っていました。
でも、王さまの仕事って、何でしょう。幸い、おとっつぁんが、今度も、ちゃんと、教えてくれました。
「こら、せがれ。王さまになったからって、いばるでねえぞ。王さまの仕事は、まずは、みんなの暮らしに気をくばるこったぞ」

そこで、ハンスは、まっさきに、高い税金をなくしました。
お城でのぜいたくな暮らしも禁止です。ぜいたくに慣れた大臣の奥方たちには、ひどく、いやがられましたが。
「こら、せがれ。国の人々を、飢えさせちゃ、なんねえぞ。飢えて、人っ子ひとり、いなくなっちまったら、その鳥の巣みてえなもじゃもじゃ頭に、冠、かぶってたって、何になる」
ハンスは、兵隊たちを連れて、戦争で荒れた土地を耕しに行きました。兵隊たちは、
「われらの仕事は戦うことで、耕すことではありません」
と、ぶっちょうずらでしたが、ハンスは取り合いません。それどころか、
「じゃまっけだなあ」
と、王冠を木の枝に引っかけて、自分から、荒れ地を耕しました。これには、兵隊たちも、従うしかありませんでした。

「こら、せがれ。町にねずみがあふれているぞ。悪い病気がはやらねえようにするだ」
「こら、せがれ。街道に盗ぞくが出るっつうぞ。さっさと、取りしまれ」
ハンスがおとっつあんの教えによくしたがったので、人々の暮らしは、日ごとによくなって行きました。

「それはいけません、王女さま。ご身分が違いすぎます、あの男とは」
どんなに言い聞かせても、アウロラの決心は変わりません。
「仕方がない。だれぞ、行って、あの若者をここへつれてまいれ」
大臣たちの命令で、農夫の息子ハンスがお城につれてこられました。
びっくりしたのはハンスです。何しろ、いきなり、王女さまのお婿になれの、王さまになれのと言われたのですから。

「お、おら、そんなことはできねえだよ。おとっつぁんから野良仕事は習ったが、王さまの仕事は習っちゃいねえだ」
「王女さまのご命令ぞ。従わぬならば、首をはねるまでじゃ」
大臣たちに脅され、すっかり、縮こまっているハンスに、アウロラはやさしく言葉をかけました。

「私は、ずっと、この部屋で、ひとりぼっちで暮らしてきました。知る世界といったら、窓から見えるものばかり。でも、ちっとも、退屈ではなかったわ。ここから見える景色が、とても好きだったから。青い空。遠い雲。緑の森に光る川。季節ごとの空気のにおいや、野良で生き生きと働く人々の姿。でも、何より楽しみだったのは、ハンス、おまえを見ていることでした」
正直王ハンス 2

「おらを見てただって!」
ハンスは、思わず、窓にかけ寄りました。なるほど、そこからなら、城壁の向こう、広々とした野良だって見渡せたのです。

「あれま。ほんとだ。おらんとこの畑がまる見えだ!」
「おまえは、最初、小さな泣き虫こぞうでした。母さまのスカートにすがって、なかなか離れず、仕事のじゃまばかりしていたわね」
「おらの鼻水まで見えただかね」
ハンスは顔を赤らめました。
「そのうち、少しずつ、きょうだいの面倒をみたり、種をまいたりして、親の手伝いをするようになりました。そして、今は、鉄のすきをたくましい馬に引かせて、広い畑をひとりで耕すまでになった。そんなおまえを、いつの頃からか、私は自分の夫にと決めていたのです」

むかし、とても美しくて、とてもぜいたくな王妃さまがいました。
王妃さまは、1日、3着のドレスと3足のくつを作りました。それぞれのドレスを飾るのは虹色の真珠と色とりどりの宝石。くつときたら、ピッカピカの金でできていました。
お城には、毎晩、おおぜいのお客が招かれ、真っ白なテーブルクロスに銀の食器で、香ばしい肉だの、新鮮な魚だの、果物だの、たいそうなごちそうをたらふく食べました。それから、楽士たちの愉快な音楽に合わせて、キラキラのシャンデリアの下で、夜がふけるまで踊るのでした。

王さまは、美しい王妃さまのために、どんなぜいたくな願いもかなえてやりました。それにはたくさんのお金が必要です。そこで、王さまは、国の人々に、とても高い税金をかけました。それでも足りないので、戦争に出かけては、まわりの国々から財宝を奪い取りました。まわりの国々にしてみたら、大そうな迷惑です。

そんな王さまと王妃さまには、長い間、子供がいませんでしたが、ある年、とうとう、玉のように可愛い女の子が生まれました。アウロラと名付けられた王女さまは、たくさんの召使いにかしずかれて、何不自由なく、すくすくと育って行きました。

電子書籍になりました

本作『カスミノセキ』が、マイナビ出版より電子書籍として発売となりました。
Amazonはじめ電子書籍ストアで購入ができます。パソコン、スマートフォン、タブレットで読むことができます。
ぜひご一読を!
満月詩子・文 樋口ゆう子・絵『カスミノセキ』378円
町はずれに住む、お届けもの屋のリュイは、食べ物を探すために森へと出かけていきました。冷たい森の中でリュイの神秘的な大冒険が始まります。
◆Amazonの購入サイトはこちらへ →『カスミノセキ

雪が降ってきました。雪はどんどん降り積もり、むき出しだった地面を優しく覆いました。そして、もう一度、太陽が現れた時、そこはすばらしい銀世界に変わっていました。

クモは、もう、動くことができませんでした。雪の中に、半分、埋まって、ただ、黙って、ガラスのように澄んだ青空を見上げていました。
そばの枯れ枝には、今は穏やかな光をたたえて、女神の花嫁衣装がかかっていました。やっと完成したのです。
クモは、しきりに、たった一人の友だちだったハナアブのことを考えていました。
「気のいいやつだったな。おれが全然相手にしなかった時でも、いつも機嫌よく話しかけてくれたっけ。もっと優しくすればよかったな。何しろ、忙しかったものな。今なら、ゆっくり、話し相手ができるんだが・・・」
クモはハナアブのおしゃべりがどうにも恋しくてたまりません。

「そういえば、あいつ・・・」
クモはクツクツと含み笑いをしました。
ハナアブが、
『その仕事が終わったら、ここを抜け出して、一緒に花畑に行こうよ。なあに、女神様だって見逃してくれるよ。君はこんなに一生懸命やっているんだもの。おいらが花畑の隅から隅まで案内してやるよ』
と言ったことを思い出したのです。

「あの時はとんでもないことを言うやつだと思ったが、一度でいい、ほんとに、あいつと一緒に野原を巡りたかったな」
クモは、自分がハナアブの来るのを心待ちにしていたことに初めて気がつきました。そして、自分の仕事を最後までやり遂げることができたのも、実は、ハナアブのおかげだったと感じました。
ユリの牢獄の中で仕事に嫌気がさした時、寂しさに押しつぶされそうになった時、寒さと闇が降りてきて何もかもをあきらめかけた時でさえ、自分は一人ではない、つながっている友だちがいるという強い思いが心を支えていたのです。

そんなことがあってから、ハナアブは、毎日、欠かさず、クモのところにやって来るようになりました。
そして、花畑であったことを、クモに、以前よりもたくさん、おもしろ、おかしく、話すようになりました。
だんだんと、クモも、時には足場を離れてハナアブのとなりに座り、話に聞き入ったり、ほかの虫たちの暮らしぶりについて尋ねたりするようになりました。
楽園のクモ2 ハナアブ

花嫁衣装の仕上がりも順調でした。白い花々と甘い香りに包まれ、かすかな風にも、ふんわり、そよぎ、色合いと輝きを刻々と変えるさまは、一瞬たりとも目を離すのが惜しいほどでした。
でも、その頃になって、ハナアブは、ときどき、ふと、奇妙なことを考えていました。
『女神様は、ほんとうに、この衣装がお気に召すんだろうか・・・』
きらびやかで豪華この上ない女神の花嫁衣装。でも、ハナアブは、そこに、何か、とても大切なものが欠けているような気がしてならなかったのです。

若くて血気盛んなアドニスは
自分を愛する女神の忠告も聞かずに
狩りにでかけてしまいました・・・
(ギリシア神話「アドニスとアフロディテ」より)

むかし、凍える山おろしもじめつく潮風もとどかない、美しい野原での話です。
一面の花むしろを分けて流れる澄んだ小川のほとりに1本の大きなユリの木が立っていて、幾千もの花々が、年中、風に吹かれて、カラコロリン、カラコロリンと、きれいな音楽を奏でていました。
野原にはたくさんの生き物たちが暮らしていましたが、中に、とても食いしん坊のハナアブがいて、ある日、このユリの音楽堂に迷い込んできました。
楽園のクモーユリの木「しまったな。甘い蜜を求めて夢中になっていたら、こんなところに出てしまったぞ」
ハナアブはきょろきょろとあたりを見回しました。大きな白いユリが重なり合うように咲いていて、甘い香りでむせかえるようです。
「ここは女神様が大切にしているって場所だ。おいらが長居できるところじゃないぞ。さっさと出なくちゃ」
ハナアブは、あわてて、帰り道を探し始めました。ところが、じきに、花の間で忙しく働いているクモを見つけました。

平成28年熊本地震で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。また東日本大震災で被災された方々は、生活再建に向けて日々ご苦労されていることと存じます。
気温も日々上昇してきています。どうか熱中症などにお気をつけください。
被災された皆様に少しでも癒しになればと思い、第6弾として、今回は「新作の嵐」参加の作家がショートストーリーを書きました。心を込めてお届けします。

       花

作・北森みお

花といっしょにくらしていました。

「おはよう」
「空がきれいだね」
「夕陽があかねいろだよ」
「星がぴかぴかひかっているね」

花とは、まいにちおはなしをしました。
いっしょに、空や夕陽や星をながめました。
空もようや、けしきを見ながら、花は水を、わたしはお茶を、のんだりしました。

「おいしいね」
「うん、おいしいね」

水をのむとき、花は、花びらや葉っぱを、ひらひらとゆらしました。
とてもうれしそうでした。