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秋が始まったころ、ぼくは首にピンクのリボンのついた、白いふわふわの毛をした女の子に出会いました。
シッポで2場面女の子は、とてもふあんそうに見えました。
「こんにちは。このあたりでは見かけないネコだね」
「わたし、はじめて外に遊びに出て帰ってきたら、おうちがなくなっていたの」
話を聞いてみると、外にさんぽに出て帰ってきたら、かいぬしが引っこしていなくなっていたようなのです。
はじめての外の世界がうれしくて、1週間も帰らなかったそうで、その間にかいぬしは引っこしてしまったのでしょう。
きっとかいぬしも、ずいぶんかのじょをさがしたんだろうなあと思います。

何度か会っているうちに、かのじょはぼくのガールフレンドになりました。
ぼくは、おなかをすかせているかのじょを、やよいさんのところまでつれて行って、ぼくのエサをあげました。
かのじょは、むちゅうで食べていました。
「まあ、ごめんなさい! あなたのごはんだったのに、こんなにも食べてしまって」
はっと気づいたかのじょは、ぼくが食べられるように、場所をかわってくれました。
食べられるりょうは半分になっても、かのじょがおなかいっぱいになるのを見るのは、幸せなことです。
「そとお君は、かのじょ思いなのね。かのじょが食べている間、ちゃんと守ってあげてるなんて、男らしくてすてきだわ」
やよいさんの心の声にてれてしまうぼくでした。
他のネコが来ると、かのじょがゆっくり食べられるように、ぼくはフーッっとおこって、追いはらいます。
やよいさんのおかげで、ぼくたちはおなかをすかせることなく、寒い冬でも、心も身体も温かくすごせていました。

そんな12月22日のことです。
やよいさんのご主人が、とつぜん、なくなってしまったのです。
やよいさんの家の中から、かなしみがあふれ出てきて、ぼくは、つらすぎて、そこにいることができませんでした。
そしてその日から、ぼくはやよいさんの家に行くことができなくなったのです。やよいさんのなく声を聞いて、心がしめつけられるような気がしたからです。
ご主人をなくしたかなしみの中でも、やよいさんは、ぼくたちへのエサをわすれた日はありませんでした。
ぼくは行けなかったけれど、かのじょ女だけは、毎日食事をしに行っていました。
「『そとお君が来なくなって、どのくらいかしら。ねえ、白雪ちゃん、そとお君は元気にしてるの?』って聞かれたわ」
かのじょの言葉から、やよいさんが、ぼくのことを心配してくれているのがわかりました。
かのじょも、白雪ちゃんという名前を、やよいさんにつけてもらったようです。
なんでも白雪ひめという真っ白なおひめ様がいたそうで、そこからとった名前なんだそうです。

これは、キジネコのぼくと、やよいさんとの間にあった、本当のお話です。
物心ついたころには、ぼくはもう一人ぼっちでした。
「しっし、ノラネコはあっちへ行け!」
ぼくたちは、名前もなくて、みんな同じ「ノラネコ」とよばれ、なかなかごはんにもありつけません。
しっぽでさようなら1場面
ある暑い夏の日に、ぼくは、どこかの中庭にまよいこみました。
「ごめんね。うちには、もう2ひきのネコがいるからお前をかえないわ。かえないのに、ちゅうと半ぱなお世話はできないの。がんばって一人でエサを見つけるのよ」
いつも追いはらわれてばかりだったのに、家の中からあふれ出てきたその言葉は、何てあったかなのでしょう。
そのころのぼくは、エサにありつけず、夏の暑さもあり、だんだん体力がなくなっていきました。
へいにとび上がることもできず、よろよろと歩いていた日のことです。
「もう、見ちゃいられないわ。」
女の人が、エサをもってとび出してきました。
そうして、だれも見ていないのをたしかめると、みぞにエサをたくさん入れてくれて、そのまま家の中に入って行きました。
それが、やよいさんでした。
なんておいしいごはん!
こんなにおいしいごはんは、これまで一度も食べたことがありません。
よく日、ぼくは、またあのエサがもらえないかなあと思って、中庭に行きました。
「そうよね。一度あげたら、またもらえるかもって期待するのはあたり前よね。一度あげてしまったからには、せきにんをもってあげ続けないといけないわね」
エサに期待しているぼくに気がついたやよいさんは、エサとエサ入れをもって外に出て来ました。
「このみぞで毎日あげていたら、近所の人に見つかってしまうわ。あらっ、ここはどうかしら。ここなら外からは見えないし、ネコちゃんもゆっくりごはんが食べられるわ」
やよいさんは、外にとび出している自分のうちのくつ箱の下のすき間を見つけました。
そして、たっぷりエサの入ったエサ入れを、板をわたした上においてくれました。
「ここならだれにも見つからずにゆっくりエサを食べられるでしょう?」
その日から、やよいさんは、毎日ぼくのために、エサを用意してくれました。
「さあ、そとお君、今日もおいしいごはんをいっぱいお食べ」
《えっ、やよいさん、今なんて言ったの? そとお君? それって、もしかしたらぼくの名前?》
ぼくに名前ができたんだ!それまで「ノラネコ」という、みんなといっしょのよび方でしかよばれたことがなかったのに、ぼくの、ぼくだけの名前ができたんだ!

あるおてんきのいい、はるのことでした。
ようちえんくらいの男の子が、おかあさんと手をつないでやってきました。
「ちかくにこんなステキなこうえんがあってよかったわねえ。あら、あそこにきれいなさくらがさいているわよ。」
えだをひろげているさくらの木はまんかいで、ときどき、うすももいろの花びらが、かぜにまっています。
「あっ、さくらの下にベンチがある!」
男の子は、おかあさんの手をふりほどき、ベンチにむかってはしり出しました。
そうして、右のベンチにすわると
「わぁい、一とうしょう! おかあさんも早く、早く!」
と手まねきしました。
右のベンチは、きゅうなできごとにびっくりしました。
なぜって、左のベンチにだれもすわっていないときに、じぶんにすわってもらうのは、はん年ぶりのことでしたから。
ぷんぷん右の木 ベンチ
「うわぁ、おいしいそう!」
おかあさんのつくってくれたおべんとうをひろげて、男の子はとってもうれしそうです。
そのとき、からあげの上に、ひらひらと、さくらの花びらが二まい、まいおりました。
「おかあさん、見て見て。おにくに、おかおができちゃった」
右のベンチには、おかあさんと男の子のしあわせがつたわってきます。

(これが、左のベンチくんがいってたことなんだな。ぼくは、どうしていままでそれに気がつかなかったんだろう。いつまでも、この二人のえがおが見ていたいなあ。ぼくは、なんてしあわせなんだろう)
「ベンチさん、ありがとう! またくるね」
男の子はかえるときに、右のベンチにいいました。
右のベンチはそれをきいて、おもわずにっこりほほえみました。なんだかこころの中が、ぽかぽかします。
それからというもの、どちらのベンチにも、たくさんの人がすわるようになりました。
右のベンチは、左のベンチとよくおしゃべりするようになり、まい日がたのしくなりました。

もう、さびしくなんてありません。
きょうもこうえんには、みんなのえがおがあふれています。
「こうちゃんって、おだんごつくるのじょうずねえ」
ひっこしてきたばかりだった、あの男の子は、みじかいかみの女の子と、すなばでなかよくおだんごをつくっています。
一人ぼっちだったおじいさんにも、ともだちができ、うれしそうにおしゃべりをしています。

ベンチたちは、ニコニコとみんなのようすをみまもっています。
まいばん、みんながかえったあとのこうえんで、二つのベンチは、きょう見たしあせなできごとをはなします。
「ピンクのふくの女の子、きょう、はじめてあるいたんだよ!」
「ママ、大よろこびしてたね」
「おじいちゃん、おともだちがたくさんできてよかったね」
「今では、おじいちゃん、こうえんのにんきものだね」
はなしながらだんだんねむくなっていくベンチたちの、さいごのことばはいつもおなじです。
「あしたもはれるといいね」
「うん。またみんなのえがおがみたいからね」

ある日のことです。
とおくの方で、ブーン、キィーンという、大きないやな音がきこえてきました。
二本の木はびっくりしてかおを見あわせました。
「なんの音だろう」
右の木はふあんそうに、左の木にききました。
ぷんぷん右の木 -鳥「はじめてきく音だね。きょうは小とりも来ないし、森のようすもなんだかへんだね」
そのうち、そのいやな音がだんだんちかづいてきました。
なんとそれは、木をきるでんきノコギリの音だったのです!
いよいよ、でんきノコギリのはが、右の木のみきにあてられました。
「うわぁ、たすけてぇ。きられるなんていやだよぉ」
右の木は、大きなこえでなきました。
左の木も、そのこえをききながら、こわくてふるえていました。
「ああ、もう、子どもたちのえがおが見られなくなるんだ。小とりたちの、たのしいはなしもきけなくなるんだ。ああ、かみさま、どうかたすけてください。でも、もしきられてしまうなら、どうぞ、べつのものにかたちをかえて、たのしいおもいをさせてください」
そうねがっているうちに、左の木もきりたおされてしまいました。

二本の木は、きられたあと、どうなってしまったのでしょう。
なんと二本の木は、ベンチに生まれかわり、ぐうぜんにも、またおなじこうえんでとなりどうしになったのです。
そのこうえんは、シーソーとすなばがあるだけの、小さなこうえんでした。
よちよちあるきの子どもをつれたおかあさんたちや、かいものがえりのお年よりたちが、入れかわり立ちかわりやってきます。
ぷんぷん右の木2さいしょのころは、どちらのベンチにもすわっていた人びとでしたが、いつのころからか、りょうほうのベンチがあいていたら、みんな左のベンチにすわるようになったのです。
ベンチになってからは、えだもありませんので、小とりがとまることもありませんし、子どもたちがどんぐりをひろいにくることもありません。
そうなってはじめて、右のベンチはさびしいとおもうようになりました。

ある日、右のベンチはおもいきって、左のベンチにはなしかけてみました。
「ねえ、どうしてみんなきみにすわるんだろう。きみもぼくも、おなじかたちといろをしているとおもうんだけど」
「ん~。どうしてなんだろうね。ぼくにはわからないよ。でもね、ぼくはすわってくれた人がたのしそうだと、とってもうれしくなって、『この人たちのしあわせが、ずっとつづきますように』っておもうんだよ。
ときどき、ひとりぼっちのお年よりがすわることがあるのさ。じっと目をとじてしずかにしていると、お年よりのきもちがつたわってくるんだよ。『だれかとはながしたいなあ。しばらくだれともはなしてないなあ』って。
だから、『だれかお年よりに、はなしかけてくれないかなあ』ってこころでおもうんだけど、そのときにふしぎなことがおこるんだよ」
「どんなことがおきるんだい?」
「よこにすわった人が『きょうはいいおてんきですねえ』ってはなしかけたり、小さな子どもが、よちよちあるいていってわらいかけたり」
このこうえんにくる人たちが、なんだかしあわせそうなのは、このベンチのおかげなのかもしれないなあと、右のベンチはおもいました。
「そうだったんだね。じゃあ、ぼくもきみのように、すわった人のことをおもいながら、ここにいることにするよ」
それでもしばらくは、みんな左のベンチにすわるのでした。

森の入口に、しいの木が二本はえていました。
えだをいっぱいにひろげ、たくさんのはっぱをつけている、その木たちは、子どもたち四人が手をつないで、ようやくまわりをかこむことができるほど、大きな木でした。
見た目はふたごかとおもうほど、よくにた二本の木でしたが、左の木は、かぜにさわさわゆれると、まるでわらっているかのように見えるのに、右の木は、かぜにざわざわゆれて、なんだかおこっているように見えるのでした。

きゅうな雨がふったときに、ちかくをとおりがかった人たちは、その木たちの下にかけこみます。
「こんなにも、きゅうに雨がふるなんておもってもみなかったよ。カサをもってこなかったから、ここで雨やどりさせてもらおう。そのうち雨もやむだろう」
左の木は、下で雨やどりをしている人が、すこしでもぬれないように、うんとえだをのばしてあげます。
「木のおかげでたすかったな」
人びとは木を見上げてほほえみ、さっていきました。
左の木は、それをきいて、とてもうれしくなりました。
それなのに、右の木は
「ぼくのねっこにのっかるなんて、なんてしつれいなやつ。さっさと、どこかへ行ってくれよ」
とブツブツいうのでした。

なつのあつい日には、木の下はとてもすずしく、ちかくをとおる人たちは、そこで休んでいきます。
「きょうも、なんてあついんだろう。さて、この木の下で、ひと休みさせてもらうことにしよう」
木のねもとで、人びとはハンカチを出して、あせをふきながらすずみます。
「おかげでゆっくり休めたよ。木の下は、なんて気もちがいいんだろう。かぜも、木のえだをとおると、こんなにすずしくなるんだな。さて、そろそろ行くとするか」
そんな人びとに、左の木は「気をつけていってらっしゃい」と、見おくります。
でも、右の木は、そんなことをおもうどころか「ああ、やっと行ってくれたよ」と、ほっとするのでした。

Sぷんぷん右の木1あきになると、二本の木には、たくさんのみがつきます。
ときどき、小学生の子どもたちが、どんぐりのみをひろいにやってきます。
「うわぁ、こんなにいっぱいどんぐりがおちてるよ!」
「ぼく、これで、コマをつくろう」
「わたしはブローチをつくろうかしら」
森は、子どもたちのこえでにぎやかです。
「それにしても、どっちの木も大きくてりっぱねえ」
女の子たちが口ぐちにほめるのをきいて、さすがの右の木も、そのときだけは、うれしそうにはっぱをゆするのでした。

ときどき、小とりたちがとんできて、二本の木のえだにとまることがあります。
左の木は、そんな小とりたちから、とおくのはなしをきくのが、なによりのたのしみでした。
「ぼくはうごけないから、きみたちの見てきたことをはなしておくれよ」
すると、小とりたちは、おてらで白いヘビが見つかって、人げんたちが、かみさまのおつかいだといって大さわぎしたことや、カラスのすの中は、ピカピカひかるものでいっぱいなことなどをはなしてくれるのでした。
左の木は、そんな小とりのはなしをきいて、びっくりしたり、大わらいしたり。
でも、右の木は
「まったく、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、うるさいなあ。ひるねもできやしない」
そういってもんくをいうので、いつからか、小とりたちは左の木にしか、とまらなくなりました。
右の木は、それをさびしいとおもうどころか、せいせいしたとおもうのでした。

「ナイト、ごくろうだったな」
博士はあいかわらずパソコンに向かっている。
「どうした、ナイト。様子が変だぞ」
「博士! もうネズミをつかまえるのはいやなんです」
「何を言い出すんだ!」
「巨大ネコにもうなりたくない。以前のようにネズミたちと仲よくくらしたいんです」
オレは頭を下げた
「なんだと! バカなことをいうな。きたないネズミどもは捕まえて、処理されて当然なんだ。それがお前とこの研究所の仕事なんだ」
写本 -sozai_14135「し、処理って、博士、ネズミたちをひょっとして・・・」
「ククク、そうさ、きたないのがいっぱいたまったので、そろそろガス室に送りこもと思ってな」
「博士、なんてことを!」
オレは毛をさかたてた。怒りで博士に何をしでかすかわからないほど、オレの頭に血がのぼった。
「なんだ、そのたいどは。そうか、おまえももう処理すべきときがきたようだな」
博士はポケットからピストルを取り出した。
「せっかく命を助けてやったのに」
博士は、オレに銃口をむけた。

そのときだ。本棚から、ぶあつい本がふってきた。
「うわー」
ドドドッ。ゴン、ゴン、ゴーン
頭に事典があたり、神田博士は気絶した。
「ナイト!」
サラが、本棚からかけおりてきた。
「このとびらを開けて。みんなを助け出すのよ」
鉄のとびらは、いくらオレでもやぶれない。
「そうだ!」
写本 -sozai_5448オレはパソコンに体当たりをして、机から落とした。
ビ、ビビビ、シュシューン。
パソコンがダウンすると、とびらが開いた。

たくさんのネズミたちがうずくまってふるえていた。
「さあ、みんな、にげるのよ」
サラの声にもみんなは動こうとしない。
「どうしたの? 早く!」
「だって、こいつが、おいらたちをつかまえたんだぜ」
トーマスがオレを指さした。
「大丈夫、ナイトは生まれ変わったの。もうみんなの仲間よ。早く出て!」
わー。何百匹ものネズミが部屋から出てきた。
「さあ、行きましょう。ここを出て、みんなで平和にくらせるところをさがしましょう!」
サラの姿をオレはぼうっとみていた。
「ナイト、何してるの、早く!」
サラがふりかえった。
「おい、ナイト! 行こうぜ」
トーマスが、オレにウインクした。
「ああ、今、行く」
オレもみんなのあとを追った。


                                   Special Thanks to ILLUST BOX/FLOP DESIGN/「SATUKI晴れ」/イラスト ユニ/素材ライブラリー

「仲間だったあなたが、何をするの」
「うるさい! おまえらがばい菌を運び、人間に病気をうつすからだ」
「何をいってるの!」
「ネズミは、人間の敵だ!」
「人間が、私たちの住むところを追いやっているんじゃない」
サラは刺すような目でオレをみた。
「がたがたいうな!」
オレはとまどいながらも、身を低くした。

「みんな、お逃げ!」
サラはオレの前にたちはだかった。
オレがとびかかろうとすると、サラは身をひるがえして、かべのパイプを伝い、天井に向けてのぼりだした。
「まて!」
オレもパイプにとびついた。
ド、ドドーン
パイプはオレの体重にたえられず、くずれ落ちた。

「ナイト、しっかりして! だいじょうぶ?」
目をあけるとサラがそばにいた。オレは、もとの大きさにもどっていた。
「ロルフおじいさまは、昨年病気でなくなったわ。あなたのことをずっと心配していたのよ」
「じいちゃんが・・・」
「あなたが私をあやしてくれたのをおぼえているわ。ナイト、やさしいあなたがどうして・・・」
サラはオレの前足をさすってくれた。じわっと心にひびくほどあたたかかった。
そのとき、オレの心の中の忘れかけていたものに火がともった。
そうだ、オレはネズミたちと大の仲よしだったんだ!
「オレは神田博士に命をすくわれた。それ以来、ネズミをきたないものと覚えこまされてきたんだ」
オレはいたむ体を起こした。
「もう、こんな仕事はやめる。博士にもとの体にもどしてくれるようたのんでみる。サラ、必ずもどってくるから、待っててくれ!」
「待って、ナイト!」
サラが止めるのも聞かず、 オレは神田博士の研究所に向かってかけ出した。

次の日、おれは13地区に向かった。
2年ぶりだ。様子はあまり変わっていない。
ビルの地下室に入ると、3匹の子ネズミがいた。
オレの姿をみつけると、逃げもせず近寄ってきた。
「あ~、ナイトさんでしょ? とうちゃんから話を聞いてるよ」
「えっ、あなたが、伝説のネコ、ナイト?」
「ああ、ナイトだけど、伝説って何だ」
写本 -5197ネズミをつかまえにきたのに、親しげに話しかけられ、オレはとまどった。
「だってネコなのに、おいらたちネズミと仲良くしてくれて、いろんなことに力をかしてくださるすばらしい方だもの」
「ちょっとまってて。とうちゃんをよんでくるから」
いつの間にかそんな伝説になってる・・・。
そんなことはどうだっていい。こいつらをつかまえなければ、オレを助けてくれた博士やほかの人たちが病気になってしまう。
思い直し、オレは巨大ネコに変身した。
「きゃー、ナイトさんが!」
子ネズミが金切り声をあげた。
大声をだされるとまずい。オレは前足で子ネズミをおさえつけた。

そのときだ。
「やめなさい!」
声の方向に顔を向けると、1匹のネズミがいた。
ネズミは黒くきたないのに、そいつは銀色にかがやくように見えた。
なんてきれいなんだ。はっと息をのんだひょうしに、前足の力をゆるめてしまった。
「ねえさま、助けてー、ナイトさんがー」
「ナイトなの? 私はロルフおじいさまの孫、サラよ」
サラ? あのサラか?
オレが知っているのは赤ん坊のときのサラ。こんなに大きく、美しくなっていたのか。

そう、オレの仕事はネズミ狩り。
ネズミの社会で育ったオレは、ネズミのことを知りつくしている。
これはぴったりの仕事だ。

「お帰り、ナイト。ごくろうだったな」
神田博士の研究所に帰ると、博士はオレの背中から金属の箱を取りだした。
そしてごほうびに、もとの大きさにもどったオレの前にキャットフードの皿をおいてくれた。
「博士、ネズミたちをなぜつかまえるんですか?」
写本 -10サイボーグのオレには、人間とも話せる機能がついている。
「ネズミはきたないだろう。ばい菌を運んで人間に病気をうつすからな」
「人が病気になっては大変ですからね」
オレは、皿をきれいになめた。
「それに最近ネコは、ネズミをこわがって取ろうともしない。おまえのようなネコがいてくれて、とっても助かるんだ」
博士は鼻歌をうたいながら、ネズミの入った箱をベルトコンベアに乗せ、スイッチをポンとおした。
グゴゴゴー
にぶい音がして、箱はとなりの部屋に運ばれていった。

「12地区のネズミは全部つかまえたな。ナイト、あしたは13地区をまわってくれ」
13地区というと、オレをかわいがってくれたロルフじいさんたちのグループが住んでいるところだ。
「博士、ネズミたちは、となりの部屋でどうしているのですか?」
「どうしてそんなことを聞くんだ、ナイト」
「友だちのトーマスもつかまえてしまって、気になったものですから」
「友だち? きたないネズミを友だちなんて思うものじゃない! よけいなことを考えるんじゃない」
「はい、ばい菌だらけのネズミをつかまえないといけませんね、博士」

「ナイト! ナイトじゃないか!」
「お、おまえは・・・」
ふいに名前を呼ばれて、オレは身をかたくした。
「おいらだよ、12地区のネズミの、いやだなー。おいらのこと、忘れちまったのかい?」
「お、覚えてるよ、ふとっちょトーマス」
「そう! でも、『ふとっちょ』はよけいだぜ。おまえ、大ケガしたと聞いたけど、だいじょうぶだったのか?」
「ああ・・・」

オレはネコのナイト。まっ黒だからそう名づけられた。
生まれてすぐに捨てられたオレを、街のネズミたちが育ててくれた。だからネズミと仲よく話ができるのだ。
ところが2年前のある日、オレは車にひかれ大ケガをした。
道ばたで息も絶え絶えのオレを、化学者で、外科医である神田博士が、体にたくさんの機械を入れて、サイボーグとしてよみがえらせてくれた。
でもそのことは、だれも知らない。

「いっしょに遊んでた仲なのに、おまえ、なんか冷たくないか?」
「オレ、ちょっと用事があるんだ。すまない、トーマス」
「そうだったのか。最近、仲間がどんどん行方不明になってさ。12地区はヤバいんだ。ナイト、おまえも気をつけろよ」
トーマスは手をふりながら、背をむけた。
写本 -sozai_29538「今だ!」
オレは、身を低くしてジャンプ!
するとオレはヒョウほどの巨大ネコに変身。そして背中からホースを伸ばしながら、トーマスに近づいた。
シュー、シュワーン! 
「うわー」
トーマスは、あっという間にホースの中に吸い込まれていった。
シュー、シュー。ぶきみな音を残した。
そのあと、おれは12地区のネズミというネズミを片っ端から捕まえていった。