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<その7>
チャン小熊ねずみはとてもうれしいきもちになりました。
そしてボールをうきわにしてのしおよぎやひらおよぎで川をおよいで行きました。
アナグマのお母さんが、時おりチャン小熊ねずみのお口に、おさじによそったはちみつを入れてくれたので、つかれておよげなくなることもありませんでした。

川をおよぐチャン小熊ねずみをはげますみんなのかけ声がいつしか一つになっていました。
「チャン小熊! チャン小熊! チャンこぐチャンこぐチャン小熊!」
チャン小熊ねずみはその声に合わせて、川の中を進みました。
「チャン! チャン! チャン! チャン! チャン小熊! チャン小熊! チャンこぐチャンこぐチャン小熊!」

しだいにスズランのすんだあまいかおりがしてきました。
まんかいのスズランにかこまれたびょういんが見えてきました。
おばあちゃんの入いんしているスズランびょういんです。
チャン小熊ねずみは目をこらしてびょういんのまどを見ました。

(おばあちゃんはどのまどのおへやかしら)
雨がやみ、おひさまが出てきました。
びょういんのたてものの、ちょうど真ん中あたりのまどが一つ開きました。
そして、そのまどからチャン小熊ねずみのおばあちゃんがかおをのぞかせました。
おばあちゃんはだいぶびょうきが良くなってました。ひさしぶりにおひさまが出たお空を見ようとまどを開けたところだったのです。(次のページに続く

<その6>
「ではお先に。水が引くころはバスも真っ白になっていることでしょう。みなさんも私につづいてください」
イノシシのうんてんしゅさんが、ほしイモをおでこにのせてバスをおりました。
そして川の中に入って行きました。

川に入ると、イノシシのうんてんしゅさんは目をとじておよぎ出しました。
スイスイスーイ。
とても気もち良さそうです。
「チャン小熊ねずみ君はおよげるのかな?」
ヤマネのおじさんがたずねました。
「いいえ」
「じゃあ、私のまねをするといいよ。私の大こんが、君のボールさ」

「ヤマネのおじさんがチャン小熊ねずみちゃんにおよぎをおしえてあげるのならば、私たちはお先に行きますね」
アナグマのお母さんは開いたカサをさかさにして川にうかべました。
そしてカサの中におくるみに入った子どもたちとのりました。
カサはアナグマのおや子をのせて、ボートのようにゆうがに川を進みました。(次のページに続く

<その5>
ノンノン、ノンノン、ノンノン、ノンノン、
音を立ててバスは進んで行きます。
くらいくもがたれこめてきました。

ドロロン、ドロロン。
お空のはるか上の方からカミナリの音がなりはじめました。
ポツン、ポツン。
大つぶの雨がふってきました。
ゴオゴオ、ゴオゴオ。
風がつよくふきはじめました。

チャン小熊ねずみの心はお空の色とおなじようなはい色になっていました。
(自分だけなかまはずれだ……)
しかしバスにのっているほかのみんなは、チャン小熊ねずみをなかまはずれにしようと思っていたわけではありません。
一ばん先とうの席でうつむいてすわるチャン小熊ねずみのすがたは、イノシシのうんてんしゅさんからはおひるねをしているように見えました。

はたまた、だいぶ後ろの席にすわるアナグマのお母さんやヤマネのおじさんからは、こぼさないように下をむいて、何かお十時を食べているように見えたので、チャン小熊ねずみをしんぱいするひつようはないと思っていたのです。(次のページに続く

<その4>
ノンノン、ノンノン。
バスはのどかな音を立てて走り出しました。
ひざの上のボールをギュッとかかえながら、口を真一文字につむり、チャン小熊ねずみはひっしになみだをこらえていました。
チャン小熊ねずみの心は不安でいっぱいです。
けれど不安な気持ちはだれにも分かってもらえないのです。

本当はこんな時こそボールをつきたいのですが、ボールをついたらバスからおりなければなりません。そうしたらおばあちゃんのお見まいに行けないのです。
バスはのはらをこえ、山をのぼり、川ぞいの道を進みました。
ボンボンボンボンボン、ボンボンボンボンボン。
ボンボン時計が十回なりました。

「十時だ、十時だ。お十時になりましたよ」
うれしそうなかおでイノシシのうんてんしゅさんが言いました。
「おお、十時か」
ヤマネのおじさんがあくびをして言いました。
「さあさあ、お十時よ」
アナグマのお母さんの明るい声も聞こえます。
(お十時ですって?)
チャン小熊ねずみはボールをかかえながら首をかたむけました。(次のページに続く

<その3>
ゆらり、ゆらり。
右へ、左へ。チャン小熊ねずみのしせんはゆらゆらとバスの中をさまよいました。
アナグマのお母さんと目が合いました。アナグマのお母さんはピンとのりのきいたぼうしのつばの下ではなにしわを寄せ、歯をむき出してチャン小熊ねずみを見ていました。

こんな顔をしているからといって、アナグマのお母さんはけっしていじが悪いのではありません。
お母さんは三びきの大切な子どもたちをスズランびょういんのけんしんにつれて行こうと、昨日のばんからじゅんびしていました。

今朝も早くからおきて、むずかる子どもたちをかかえて、どうにかこうにかバスにのせてやって来たのです。
子どもたちのために、何が何でもけんしんの時間に間に合いたいのです。
それなのにチャン小熊ねずみのせいでバスがおくれてしまったら、けんしんに間に合わなくなってしまいます。

「早くやめて。みんなをこまらせないで」
アナグマのお母さんは、はっきりとチャン小熊ねずみを見すえて言いました。
それはそれはあらがえないひとみでした。
「はい」

チャン小熊ねずみはボールつきをやめて、うんてんしゅさんとつうろをはさんだとなりの席にすわりました。
「よーし! チャン小熊ねずみ君、君は聞き分けが良いぞ。感心だ」
ヤマネのおじさんが両手でメガホンを作り、さけびました。
「しゅっぱーつ、進行!」
イノシシのうんてんしゅさんはホッとした顔をしてとびらを閉め、バスをはっしゃさせました。

<その2>
バスのまん中あたりには、ピンとのりのきいた白いぼうしをかむったアナグマのお母さんが、おくるみの中に3びきの赤ちゃんアナグマをかかえてすわっていました。
横にはきっちりまいた雨かさがありました。

一番後ろの広い席には、青々とした葉っぱのついたダイコンをまくらにして、まるくなってねむるヤマネのおじさんがいました。
ヤマネのおじさんは朝までどうろ工事の仕事をしていて、スズランびょういんのうら山にあるおうちにかえるところでした。

頭の下にある葉つきのダイコンは、おじさんがひとばんじゅうはたらいたおきゅう金としてもらったものでした。
「お客さん! バスの中ではボールつきはしないでくださいね」
イノシシのうんてんしゅさんがパリッとした声で言いました。
「ボールがころげたらきけんです。ほかのお客さんのごめいわくになりますからね」
(しかられちゃった)
チャン小熊ねずみの心ぞうがもっとドキドキしてきました。
(またしかられたらどうしよう)
チャン! チャン! チャン! チャン!
(ボールをつくのをやめなくちゃ)
そう思うものの、ボールつきはやめられません。(次のページに続く

<その1>
チャン! チャン! チャン! チャン!
ふりつづいた雨で、ぬかるんだバスていで音がします。
チャン! チャン! チャン! チャン!
これはチャン小熊ねずみがボールをつく音です。
チャン小熊ねずみがバス停でチャン小熊ねずみは小熊のような顔をした、それはそれは体も気も小さな子ねずみでした。
チャン小熊ねずみは気が小さいのですぐに不安になります。
不安になると、気もちをおちつかせるために白いボールを、チャン! チャン! チャン! チャン! とつくことから、チャン小熊ねずみとよばれていました。

つゆ時のくもり空は、いつ雨がふってくるか分からないくらいにどんよりとしています。
チャン小熊ねずみは、スズランびょういんに入いんしたおばあちゃんのお見まいに行くために、バスをまっていました。(次のページに続く

第7話 行ってきまーすっ!

そうしてしばらく経ちました。
今日はもえちゃんの新しい学校のスタートの日です。
「もえちゃん。にっこり、だよ」
ナミダくんが言いました。
「大丈夫だよ。ボクがいるよ。もえちゃん」
「うん」
うなずいたもえちゃんに、あら。ママがびっくりした顔をしています。

「まあ、もえちゃんにもいたのね。ナミダくん」
「うん。そうだよ。ママにもいるんだよね、ナミダくん」
「もちろんよ。みんなみんな、いるのよ」
ママはウインクしました。

「行ってらっしゃい、もえちゃん。」
「う、うん」
もえちゃんはうなずきます。
それからナミダくんの手をつないで、
「行ってきまーす」
と、言ったのでした。
(おわり)

第6話 ママのナミダくん

暗い暗い道を、もえちゃんはナミダくんの手を引いて歩きました。
遠くに見えるあかりを目指して歩くと、ゆうちゃんとりんちゃんはパジャマ姿で立っています。
「ゆうちゃん、りんちゃんっ!」
もえちゃんはかけよります。

「ごめんね! あたし・・・おひっこしするのっ!  でもね、それでもやっぱり・・・2人とは友だちでいたいの。ゆうちゃんの描くイラストがだいすき。りんちゃんの貸してくれた本、すごく好き。2人が好きだから。だから・・・あのね、文通してくれる?」
「文通?」
「お手紙こうかん・・・。パパがきっと、楽しいよって言ってたの」
ゆうちゃんがにっこりわらいました。
「うんっ。だってあたしたち、はなれてもずっとお友だちだもんね!」

夜です。
もえちゃんはナミダくんに付いてきてもらって、トイレにいました。

「・・・・・・そうよね、ナミダくん。でもね・・・もえちゃんのことを考えると、かわいそうで・・・」
ママの声が聞こえてきます。

・・・え。ナミダくん?
もえちゃんはびっくりしました。どういうことなんでしょうか。だって、ナミダくんはここにいるのに。

「あのね、もえちゃん。ナミダくんはたくさんいるんだよ。どんな人にもみんないるんだよ。あれはきっと・・・ママさんのナミダくんなんだね。みんな泣くのは大切だからね」
「・・・大人も泣くんだあ」
もえちゃんはびっくりしました。

「そうだよ。ナミダはみんなの味方だからね」
ナミダくんは笑います。
「たくさん泣くと、その分やさしくなれるんだよ」

第5話 応援するよ

「どうしてキミは、泣いていたの?」
「あのね・・・パパとママがね、引っ越しするって言うの。でもね、もえね・・・したくないの。お友だちとお別れしたくないの・・・」
もえちゃんのひとみからまた、新しいなみだがあふれてきました。

「そうなんだね。それはかなしいね」
ナミダくんはうなずきます。
「でもね、もえちゃん。たとえ別れちゃっても、お友だちはずっとお友だちなんだよ」
「え!?」
もえちゃんは目を開きました。
「どういうことぉ?」
「大好きって気持ちは、はなれちゃってもなくならないんだと思うんだ。それにね。向こうでも新しいだれかと仲良くなることだってあるよ?」
もえちゃんはうつむきます。内気なもえちゃんは、お友だちを作るのが苦手でした。
ゆうちゃんとりんちゃんと仲良くなるのだって、向こうから声をかけてくれたからなれたんです。

「・・・新しいお友だち、いらないもん」
「そんなこと言わないで。もえちゃんはすてきな女の子だもん。これからいっぱいしあわせが待ってるよ。ねっ。2人に会わせてあげようか」

え!?
もえちゃんはびっくりしました。
「そんなこと、できるの?」
「うん」
ナミダくんはうなずきます。
「夢の中で・・・。2人にお話ししておいでよ。ボク、応援するよ。もえちゃん」