アーカイブ

自分ががんばることで、がんばれる人がいる

その日の夜。ソラは勇気を出して、
「ボク! チアリーダーになる!」
とパパとママに宣言しました。
「おおそっか」
「あらそう」
パパとママはソラがひょうしぬけするほど、あっけらんかんとしています。ソラは心配になって、もう一度大きな声で言いました。

「ボク、チアリーダーになる!!」
「まだ、なってないじゃん!」
お兄ちゃんが横からツッコミます。パパもママも大笑いです。
「あ、そうだった。えっとボク、オーディション受けます! ・・・なれるかどうかわからないけど」
ソラははにかんだ顔をうかべました。

「あら、なれるんじゃない? だって毎日がんばって練習してるんだもの。大じょうぶよ」
ママにはとっくにバレていたようです。
「やりたい気持ちの箱、ソラが自分であけたんだね?」
パパが確かめるように聞きました。ソラは、チャールズのことを思い出していました。「とりあえずイエス」は、ソラが決めたことになるのでしょうか。

「ソラッ!」
お兄ちゃんが胸をポンポンとたたきました。ソラはゴクリとつばを飲みこむと、
「う、うん! ボクが決めました!」
ときっぱりとパパの目を見て答えました。
「じゃぁ、大じょうぶだ! あとは自分を信じて、自分を応えんしなさい。ソラがソラの最強の応えん団になりなさい」
「ボクが・・・ボクの応えん団?」
「そうだよ。ソラは他の人を応えんしたいって、言ってただろう? だったら自分のことを応えんしなきゃ」
「他の人を応えんしたいのに、なんで自分を応えんするの?」
「ソラががんばることが、みんなを応えんすることになるからだよ」
ソラのひとみは、いつになく力がみなぎっていました。
「わかった。ボク、最後までがんばる! ボクを応えんする!」
絶対に最後まであきらめない。ソラは心にちかいました。

やりたい気もちの箱をあけてみよう

その晩は家でも「チアリーダー」の話題でもちきりでした。
「スタジアムで見たようなチアリーダーにソラもなれるぞ〜!」
「ソラ、チアリーダーになりたいって、言ってたものね〜。良かったわね!」
パパもママもソラがオーディションを受けると決めつけているようです。

「トータッチできないとダメだもん」
ソラは乱暴に答えると、テレビをつけました。
「あらぁ、トータッチってなぁに?」
とあっけらかんと聞くママ。ソラは答えたくなかったので、わざとテレビのボリュームを大きくしました。

「こういうヤツだろ?」
お兄ちゃんがぶかっこうに前後に足を開いてジャンプしました。
「それって『きんちゃんジャンプ』じゃないの?」
「ママはずいぶんとなつかしいこと言うなぁ」
ママもパパもお兄ちゃんもお腹をかかえて笑っています。ソラは自分の部屋に、にげたくなりました。でも、それもこどもっぽい気がして、必死でがまんしました。

「ふ〜む。トライアウトまで1か月もあるのになぁ。もったいないなぁ。自分でできないって決めちゃって」
パパはチラリとソラを見て、ぼそっとつぶやきました。
「それ、ボクのこと?! ボクができないって決めてるってどういうこと?」
ソラは自分でもなぜ、そんなにむきになったのかわからないくらい、ものすごいけんまくでパパにつめよりました。

「ソラはやりたくないのかな?」
パパは落ち着きのある低い声で、ソラに聞きました。
「だって・・・だって、ボク・・・」
ソラはパパをジッと見つめました。

「やりたい気持ちの箱は、ソラにしかあけられないんだぞ」
「やりたい気持ちの箱?」
「ああ、そうだよ。やりたい気持ちの箱は、自分であけるものだ。自分で限界を決めなければ、可能性は無限大にひろがっていくぞ」

大人への階段

「カムオン!!  タイガー!!!」
「ゴー、アラバマ! ゴー!」
「レゴー! アーバン!!!」
地鳴りがするような声えんが、アメリカンフットボールのスタジアムにひびいています。お兄ちゃんもパパも、ソラが聞いたことないような大声を張り上げています。グラウンドには、ガンダムのような大きな男の人たちが取っ組み合いをしたり、走ったり、追いかけたりしていました。

「きやぁぁ〜〜!!!」
ぶつかった人がはね飛ばされたしゅん間、ソラも思わず立ち上がって、大きな悲鳴をあげてしまいました。
アメリカンフットボールはソラが住むアラバマでいちばん人気のあるスポーツです。

「オレはアラバマ大学!」
「私はアーバン大学!」
といったぐあいに、町の人々はこの2つの大学のどちらかのファンに分かれています。パパとお兄ちゃんはアラバマ大学のファンです。おとなりのジョンおじさんといっしょに、いつも応えんに行っています。ジョンおじさんは、昔はアラバマ大学のアメフトの選手だったそうです。

その日、ソラはジョンおじさんに、
「ソラ、今日の試合は盛り上がるぞ! いっしょに行くか?」
とさそわれ、わけもわからずやってきました。ソラの「とりあえずイエス」は、アメリカに来てもうすぐ一年なのに続いていました。

でも、それは以前のように英語がわからないから「とりあえずイエス」と答えているわけではありませんでした。さそわれたときは「イエス」と答えた方が、知らない世界を知ってワクワクしたり、おもしろい発見ができたり、楽しい経験ができるからです。

今のソラは「パパのせいだー!」とワンワン泣いたのがうそみたいに、英語がペラペラになっていました。子どもが大人の話を理解できるようになる区切がわからないのと同じように、ソラもいつのまにか話せるようになっていたのです。人間ってふしぎです。どんなにつらい出来事も、やがて楽しい出来事にぬりかえられていくのですから。

3か月でペラペラはウソ?

初めてのスランバー・パーティはちょっとしげき的でした。でも、ソラはとりあえず「イエス」と答えるのも悪くないなぁと思いました。すごーくワクワクしたからです。
その後もソラは約束したつもりがないのにバーベキューやプールに行きました。ソラだけではありません。お兄ちゃんも約束したつもりがないキャンプに参加し、「初めてホタルみた!」ともりあがっていました。

ママも約束したつもりがないお料理教室にアーリンさんと参加し、
「てっきりみどり色のおとうふだと思ったら、アボガドっていうらしいのよ〜」
と声をはずませました。
ひとつだけこまったのは、ママの「かんちがい」が大全開になったこと。そのせいでソラはひどい目にあってしまったのです。

「なぞの黒い物体事件」は、ビュッフスタイルのレストランで起こりました。サラダバーでソラが、何をとろうか迷っていたときのことです。
「まぁスゴイ! ソラちゃん、見て!」
ママがすっとんきょうな声をあげました。そこには「真っ黒い物体」が盛られていました。

「これ、なぁに?」
「巨峰よ! ソラ大好きでしょ? たくさん取りなさい!」
「ええ〜?? 巨峰なの?!」
「そうよ。巨峰よ!」
「ヤッタ〜!」
ソラはウェイトレスさんに笑われるほど、たくさんの巨峰をお皿に取りました。

ところが、です。
「・・・オエッ〜〜〜〜」
ソラは口に入れたとたん、吐き出してしまいました。
「なぁにこれ! 巨峰じゃないわぁ」
ママもしぶい顔でぺッと吐き出しました。

なんと! 黒い物体はオリーブ! 巨峰ではなくオリーブだったのです!
「巨峰とまちがうなんて、ママらしいなぁ」
パパはのんきに笑ったけど、苦くてしょっぱいオリーブは地ごくでした。それからしばらくのあいだ、何を食べても地ごくの味しかしませんでした。最悪です! ソラは一生オリーブは食べない!と心にちかいました。

とりあえずイエス!

なんとかかんとか1週間がたち、お友だちもできたソラ。よほどつかれがたまったのでしょう。夕食後、テーブルにうつぶしたままうたたねをし、おかしな夢をみました。

日本の教室で算数の授業を受けています。先生はミズ・タナーです。ダイアンとはなちゃんがいます。マイクがみどりちゃんに意地悪をして、リサがおこっています。ソラはミズ・タナーに見つからないよう、こっそりはなちゃんにメモをわたしました。はなちゃんはクスッと笑いダイアンに見せました。ダイアンはニヤニヤしながらメモに何か書くと、ソラにわたしました。

ところが、ソラには書いてある文字が読めません。見たこともない文字です。顔をあげると、はなちゃんとダイアンがヒソヒソ話をしていました。ソラは急に悲しくなってきました。心の中でイモ虫がモゾモゾと動き出してしまったのです。

「ソラ! 早く準備しなさい!」
遠くから聞きなれた声が聞こえてきます。
「ソラ、起きて!」
ママです。ママの声です。
びっくりして目をさますと、ママとパパがあわてた顔で立っていました。

「ダイアンのパパから電話があったわよ!」
「今夜、ダイアンのおうちにとまりに行く約束みたいだぞ!」
ママもパパもものすごい早口です。一方、ソラは、まだ夢の中にいるみたいにボーッとしています。

たった一人の外国人

今にも落ちてきそうな真っ黒な雲、耳をつんざくほど大きなカミナリ、ソラとミリンダはハァハァ言いながら家に着きました。
「ソラ〜〜〜シーユー!!」
「ミリンダ〜〜、バーイ!!」
「ソラ〜〜!! 早くおうちに入って!! ミリンダ〜サンキュー!」
ママが金切り声でさけびました。

ソラはブルブルふるえ、歯もカチカチして、口がうまく閉じませんでした。「もう、いっかんの終わりかもしれない」と思ったソラは、あわてて日本のおじいちゃんとおばあちゃんに遺書を書きました。
「おじいちゃん、おばあちゃん。ソラは死にますーー。お元気で。さようなら」
その日は「死なずにすんだ! 運がよかったんだ!」と喜んだソラでしたが、トルネードは次の日も、その次の日もやってきました。なんとソラの住んでいる町はトルネードの通り道だったのです。

「まぁ、夕立みたいなもんだな」
とパパが教えてくれました。みんなトルネードけいほうが出ると、バスタブにかくれたり、地下室で通り過ぎるまで待ったりするそうです。ソラは本当にビックリでした。

「2階でねていたおばあさんが、トルネードが通り過ぎたら、1階のソファにねてたんだって」とか、
「走っていた車がちゅうにういて、車庫に勝手に移動したらしいよ」とか。パパはウソかホントかわからないお話もしてくれました。

はじめてのおともだち

サマースクールも無事に終わり、新学期まであと1週間になりました。お兄ちゃんは朝早くから、「友だちと遊んでくる!」と出かけました。一方、ソラはテレビをボーッと見ていました。鼻をキュキュと動かすと、まほうが使える奥さまのドラマです。もちろん何を言っているのかわかりません。

「トントントン」
ドアを叩く音がしました。
「ソラ、出てちょうだい?」
ママが台所からさけんでいます。ソラはしかたなく立ち上がり、ドアを開けました。すると金色の髪をした背の高い女の子が立っていました。

「ハァーイ!(ねぇ、いっしょに遊ばない?)」
女の子はニコニコして言いました。
「ハァーイ」
ソラは右手をあげニコニコしました。
「(あそこの公園で遊ぼうよ!)」
女の子は道路の向こうの公園を指して言いました。外はいい天気で、ギラギラと太陽が照りつけています。

「あらっ・・・ハロー」
ママが来て、女の子に手を出しました。
「ハァーイ(私はそこに住んでるミリンダです。彼女といっしょに公園で遊んでもいいですか?)」
女の子は英語でペラペラいっきにしゃべります。

「ママ、なんて言ってるの?」
「よくわからないけど、たぶんソラと遊ぼうって言ってるんだと思うの。ア~ン、マイドウター、ソラ」
ママはソラをだき寄せ、頭をポンポンしました。

「オッケー。ソラ?」
ソラはとりあえずニコニコうなづきました。すると女の子は親指を立てて、
「ソラ、レゴー」
と言って公園の方に歩き出しました。ソラは「レゴー」の意味がわかりませんでした。でも、遊びにさそわれたのがものすごくうれしくて。あわてて女の子のあとを追いました。

耳が2つあるワケ

アメリカに来てから、ソラの家族にはいくつかの新しい日課が加わりました。その一つが「夜の勉強会」です。
日本にいるときのパパは、お酒を飲んで夜おそくに帰っていました。でも、ここでは毎日、夕方5時には帰ってきます。車で会社に行くのでお酒も飲んでいません。なので夜ご飯を家族みんなで食べ、そのあとに「夜の勉強会」をするのが日課になりました。

もともとはパパがお兄ちゃんに、日本のお勉強を教えることが目的でした。ところが、いつのまにかパパに、その日にあったことを報告したり、英語を教えてもらう時間になりました。
「今日は楽しかったかい?」
勉強会はパパのこのひと言で始まります。
「今日ね、ミスター・ブラウンがね・・・」
ソラは早速、オレンジ色のナップザックからノートを取り出しました。
「今日もミスター・ブラウンの似顔絵をかいていたんだね」
パパは笑いました。

「うん! そしたらね、これ、ホラ!」
ソラは体を乗りだして、ノートの「アイウエオ」をさしました。
「どれどれ・・・アイウエオ?」
「うん! アイウエオって言ったの! あとね、あとね、コレ!」
「おしょーゆ・・?」
「うん! ミスター・ブラウンがね、アイウエオ、おしょーゆって言ったんだよ!」
「そんなこと言ってないよ~」
お兄ちゃんがノートをうばい取りました。

「絶対に言った! ボク、ちゃんと聞いたもん」
こういうときのソラは強気です。絶対にゆずりません。
「アイウエオ、おしょーゆ、アイウエオ、おしょーゆ・・・。あ~、そっか! そうか! ソラはすごいなぁ!」
パパはおなかをかかえてゲラゲラ笑いました。

「おしょーゆ」って英語なの?

アメリカのおうちは、日本の5倍くらいの広さでした。冷ぞう庫、そうじ機、せんたく機、テレビ、ソファ、アイスクリーム、パンケーキ、お肉・・・、すべてが「ビッグサイズ」です。ソラのベッドも3倍くらい大きくなりました。そして、ママのさけび声も「日本にいるときより大きくなった」と、ソラは感じていました。

その日の朝、ママの大きな声でソラの一日は始まりました。
「ソラッ、サマースクールにちこくするわよ!」
ママが階だんの下からさけんでいます。
「・・・うん・・・」
ソラはそのままベッドの横にうずくまってしまいました。おなかの中でイモ虫がモゾモゾ動き出して、いたくなってしまったのです。

サマースクールは子どもが夏休みに行く学校です。アメリカは夏休みもビッグサイズです。3か月もあります。子どもたちは前の学年のおさらいをしたり、新学期の準備のためにサマースクールに通います。ソラが引っ越してきたとき、学校は夏休み。
「早くなれた方がいいから、サマースクールに申しこんできたぞ」
仕事から帰ってきたパパは、笑顔でこう言いました。

「やった! 早く学校に行きたい!」
お兄ちゃんはかなり前向きです。「外国には絶対に行きたくない!」と泣いて反対していたのがうそのようです。
一方、ソラは行きたい気持ちと行きたくない気持ちでゆれ動いていました。
「ソラはお兄ちゃんと同じ7年生のクラスに入れてもらおう。カイト、ちゃんとソラのめんどうをみるんだぞ」
パパはお兄ちゃんに言いました。
「わかった!」
お兄ちゃんは、お兄ちゃんっぽく力強く答えました。お兄ちゃんといっしょのクラスと聞いて、ソラは楽しみになりました。

なぜ、あいさつするの?

それからの3日間は目まぐるしいものでした。ソラはデパートでピンクのワンピースと白いサンダルを買ってもらいました。お兄ちゃんは真っ白なスーツを買ってもらいました。もちろん選ぶのはママです。ママもちゃっかりむらさき色のコートを買っていました。

家の中に積み上げられたダンボールが次々と運び出されました。ご近所さんが代わる代わるおせん別を持ってきました。
出発の日、空港にパパのお友だちや部下の人たちがたくさん集まりました。おじさんたちは代わる代わるソラの近くによってきて、こう言いました。

「子どもはすぐなれるから大じょうぶだよ」
「3か月もすればペラペラになるよ」
「子どもは耳がいいからね」
「そうそう。大人は頭で考えちゃうけど、子どもは耳で覚えるから早いんだよね」
パパが言っていたのと同じです。子どもは3か月でペラペラになるみたいです。

飛行機の中ではきれいなスチュワーデスさんが、やさしくしてくれました。
「はい、オレンジジュースをどうぞ」
「はい、チョコレートをどうぞ」
「寒くないですか? 毛布、かけますね」
スチュワーデスさんはみんな、かみの毛を一つにキュッと結んでいました。見るもの、聞くものすべてが、ソラには初めてでした。おかげでのうミソはバクハツしそうでした。

「夜明けがすごかったね! 七色に空が変化していくなんて初めてみた!」
とお兄ちゃんは興ふんして言いましたが、ソラは全く覚えていません。
「ソラ、おまえ、まさかママのアイスクリーム食べたことも覚えてないの?」
「ボク、食べてないもん」
ソラののうミソの記おくの箱は満パイになってしまったようです。ただ、パパのいびきがうるさかったことだけはしっかり覚えていました。