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「おい、リス。このやろう、この忙しいのに、どこにいってた?」

お店に帰ると、さっそくイノシシ店長のきついことばがとんできました。

「あの、あの」

「ほんとうにおまえは、はっきりしねえな」

イノシシ店長は、リスくんをばかにしたように、そっぽをむきました。

リスくんは、ひるむことなく、店長の前にぐいっと進み出ました。

「おいしいつけものをみつけたので、ラーメンにそえてはどうかと思いました。で、そのつけものやさんをつれてきたのです」

シカさん、タヌキさんがびっくりするほど、リスくんは大きな声ではっきりいえました。

「そ、そうか。じゃあ、店の中へよべ」

イノシシ店長もおどろいた顔でいいました。

「へーい、店長さん、このたくあんをどうぞ」

ヤギさんは、たくあんをさしだしました。

「お、うまそうじゃないか。色もいい」

イノシシ店長は、つけものをいっぺんに口にほうりこみました。ボリ、ボリ、ボリ、ボリ。

「うまいな。これをオレ様の世界一うまいラーメンにつけると、うまさがもっとひきたつな。よし、じいさん、ウチととりひきするか」

「まいどありがとうございますぅ」

ヤギさんは、ふかぶかとおじぎをしました。

「じいさん、オレのラーメンはびっくりするほどうまいぞ。つくってやるから食っていけ」

――おかしいなあ、イノシシ店長のことばはいつものままだぞ

リスくんはヤギさんをそっとみました。ヤギさんはお店のカウンターのはしにすわって、ニコニコしています。

プルプルルー、プルプルルー。

お店の電話がなり、イノシシ店長がでました。

「あ〜ら、ネコ山様、店長のイノシシでございますわ。おせわさま。あしたの予約? いやだあ、あたしったら、すっかりわすれてるう。4名様で12時からですね。おまちしてますわ」

お店の電話がなり、イノシシ店長がでました。

――うひゃー、なんだ、あの「おねえことば」は。あのつけものがきいたのかな?

リスくんは、ヤギさんのほうをみました。

ヤギさんは、うっとりしながらチャーシューのにおいをかいでいます。

「おい、リス、なにしてんだよ! さっさとどんぶりを洗え、このやろう」

イノシシ店長は、リスくんをにらみました。

――あれ、おかしいなあ? 店長にもどってるぞ。もうききめはきれてしまったのかな

そのとき、サルさんが配達にきました。

リスくんが箱の中を見ると、ラーメンのめんではなく、うどんが入っています。サルさんは、びっくり。リスくんも、青くなりました。

「おい、リス、どうした?」

「て、店長、うどんがきてしまいました」

リスくんは、ブルブルとふるえました。イノシシ店長の怒る姿が、目に浮かんだからです。ところが……。

「だれにでもミスはあるものだ。すぐとりかえるように手配したまえ、リスくん」

イノシシ店長は、こんないい方をしたことはありません。みんなは、店長の方を見ています。

「なんだよ、みんな。さっきからじろじろ見やがって! やい、リス、文句あんのか」

イノシシ店長は、リスくんに近づき、むなぐらをつかみました。

「ぼ、ぼくはなにも、ご、ごめんなさい」

リスくんは、目を真っ赤にしてふるえています。

ところが・・・。

「あら、いやだ、リスくんったら、こんなにふるえて~。もう、こ・わ・が・ら・な・い・で」

イノシシ店長は、リスくんのあたまをなでなでしました。

 

「店長、開店の時間です」

外では、ラーメンを食べようとお客さんがならんでいます。お店が開きました。

「チャーシューメンください」「特製ラーメン、大盛りで」「ぼくはモヤシ多めで」

お客さんはおいしそうに食べていますが、みんなだまって食べています。話しながら食べたり、笑ったりしようものなら、イノシシ店長は「だまって味わえ」と、どなるからです。

「ごちそうさま」

うさぎさんが食べ終わりました。

「うさぎさん、店長が怒るから、チャーシューを残さず食べてくださいよ」

リスくんが、うさぎさんの耳もとでそっといいました。

「おい、リス! なにこそこそ話してんだよ」

店長は、どんぶりをうばいとりました。

「おい、チャーシューを残すような客は、もう食いにこなくていいぞ」

イノシシ店長は怒りで目をつり上げています。

リスくんは、心ぞうがバクバクとしてめまいがしてきました。そのときです。

「チャーシューやスープはこんなにおいしそうなのに、ラーメンになると、何かたらんのう」

ヤギさんが、カウンター席でつぶやきました。

「やい、じじい、もういっぺんいってみろ」

「ああ、なんどでもいうよ。これで世界一うまいラーメンとは、あきれてものがいえんわい」

「なんだと! このじじい」

イノシシ店長は、怒りで体がふるえています。が、店長の様子が変です。

いつもなら、気に入らないときは、お客さんでさえも店から追い出すはずなのに、いまは、頭をさげたままなのです。

「な、何が足らないだ。教えてくれ」

「ことばじゃ。味にはのう、ことばのスパイスが必要なんじゃ。店長、アンタはきついいいかたばっかりだ」

「きついいいかたばかり・・・」

「そうじゃ。『まいどありがとうございます』『お味はいかがですか』というお客をもてなす心のこもったことばが、なぜいえんのかな」

「心のこもったことば・・・」

イノシシ店長は、くちびるをかみしめました。

「それがなければいつまでたっても、ほんとうにうまいラーメンはつくれんぞ」

ヤギさんのことばに、店長はがっくりとひざをつきました。

リスくんの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっています。手を見ると、ヤギさんからもらった袋がパンパンにふくらんでいます。

「どうなっているんだ?」

リスくんは、ふくろをそっとあけてみました。

「のろま!」「おまえのようなやつは!」

イノシシ店長のどなり声です。リスくんはあわてて袋の口をしめました。

「うわー、袋が、店長のことばをすいとってる! よーし、これをつけものにしてもらおう」

リスくんはヤギさんのところにいってみましたが、たるだけがおいてありました。

「ヤギさーん、あれ、いないなあ。悪いけど勝手につけさせてもらおっと」

そこには、黄色に茶色、白、オレンジのたるがありました。

そこには、黄色に茶色、白、オレンジのたるがありました。

「どれを入れたら、店長のことばがなおるつけものができるのかな。よし、全部入れてやれ」

リスくんは、小さな手で、すべてのたるのぬかを何杯も袋にいれました。そのたびに「こののろま!」と、店長のどなり声がもれてきます。

「ひー、店長だ」

リスくんは、ひっしに袋をふりました。

中をのぞいてみると、くろっぽいものが10切れもできています。

「店長のことばのつけものはまずそうだけど、店長に食べさせてやる!」

リスくんは、急いでお店に帰りました。

 

「おい、リス、どこへ行ってた!」

店長は、チャーシューを切りながら、横目でにらみました。

「て、店長。これを食べてみてくれませんか?」

「ふん、なんだ、つけものか」

「ぼ、ぼくが、つけてみたんです」

店長がひときれつまみました。ボリボリ。

「うえー、なんだこの味は。こんなものをつけに、店をさぼっていたのか、このやろう」

店長は、おたまをリスくんになげつけました。

「店長のオレ様をばかにしやがったな!」

「ひえー、ごめんなさーい」

リスくんは、また店をとびだしていきました。

 

「おや、リスくん、どうしたんじゃ?」

ヤギさんが、青い顔をしたリスくんに声をかけました。

「ヤギさんのいないときに、店長のことばをつけものにしたの。それを食べさせたら、店長はもっときついことばになっちゃったんだ」

リスくんは、袋の中の残ったつけものをみせました。

「おやおや、これを食べさせたのかい? よしワシがつけかたを教えてあげよう」

ヤギさんは袋に新しいぬかを入れて、リスくんにわたしました。

リスくんは袋をふりました。

ジャンカ、ジャンカ、ジャンカ。

「中をみてごらん」

「ぜんぜん変わってない! 黒いままだ」

リスくんは、袋の中とヤギさんの顔を交互に見ました。

「リスくんは店長のことを責めながらふらなかったかい」

「えっ?」

「『店長のやつ、いまにみてろ』っておもいながらではだめなんじゃ。店長がやさしいことばになって、みんなと楽しく仕事ができますように、と心をこめてふってごらん」

ヤギさんにいわれ、リスくんは、目をつむり、祈るような表情で袋をふりました。

シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ。さっきとちがって軽やかな音がしています。

「もういいじゃろう。袋をあけてみてごらん」

袋の中から、黄金にかがやくようなたくあんができていたのでした。

「ワシが、これを店長に食べさせてやろうか」

「ほんとう? 店長のことばは、なおるよね」

リスくんとヤギさんは、歩き出しました。

「ワシのつけものは、ことばを直すことはできるが、その人の気の持ち方も大切なんじゃよ」

「じゃあ、ぼくも気持ち次第で、店長がこわくなくなって、ちゃんとはなせるようになる?」

リスくんは立ち止まってヤギさんをみつめました。

「そうとも。ワシのつけものは、しっかりきくんじゃ。あとはリスくんの気の持ち方じゃよ」

「そうかあ」

リスくんは、ヤギさんの顔をみあげました。

「おい、リス! どこにいってやがった」

つけものを食べて元気が出たと思ったリスくんですが、イノシシ店長のこわい顔を見ると、やっぱりおどおどしてしまいます。

「おい、リス。かつおぶしの注文はどうした!」

「ち、注文は、あ、明日でもいいと・・・」

「オレが聞きたいのは、注文をしたのか、まだなのかだ。どっちなんだ。はっきりいえ!」

店長は、リスくんをにらみつけました。

「あ、あの、あの・・・」

「もう、いい! おまえみたいなやつがいると、ラーメンのスープがまずくなる!」

イノシシ店長は、まないたをたたきました。

「あ、あんまりだあ」

リスくんは、店をとびだしていきました。

「おい、リス! どこにいってやがった」

「ヤギさん、ヤギさーん」

リスくんは目に涙をいっぱいためて、ヤギさんの前に立っていました。

「おや、リスくん。あの浅づけでは、あまりききめがなかったみたいじゃのう」

「うん、ぼく、いいかえせなかった。うえーん」

「おやおや、泣くんじゃない、泣くんじゃないって。もう一度この袋に口をあててごらん」

「店長、それはいいすぎですぅ」

茶色の袋はさっきのように、少しだけふくらみました。

「では、白のぬかでいくかのう」

シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ。

ヤギさんは、さっきより念入りにふっています。

袋から白いたくあんが一切れでてきました。

「さあ、お食べ。これで、はっきりしたことばで、はなせるようになれるはずじゃ」

「ありがとう、ヤギさん」

ポリポリ、ポリポリ。すると、リスくんのしっぽが、またぴんとしてきました。

「よーし、今度こそ、店長にガツンというぞ!」

「その調子、その調子。がんばるんじゃよ。そうそう、この袋をもう一枚もっていきなさい。なおしたいことばがあれば、またおいで」

ヤギさんは、リスくんを見送りました。

「おい、リス。この忙しいのに、なにをしてた」

イノシシ店長は、リスくんをにらみつけました。

「は、はい、すみませんでした」

「おい、リス! 明日の予約は何人だ」

「は、はい、あの〜、確かあ」

「すぐに答えられないのか! おまえは」

店長はよほど虫のいどころが悪かったのでしょう。「この、のろま」「なにやってんだ!」と店長は、リスくんにあたりちらしました。

いっしょに働いているシカさん、タヌキさんは、おこられないようテキパキ、ハキハキ。でもリスくんはおどおどして、ドジばかり。イノシシ店長は、そんなリスくんをきらいなのかもしれません。

――よーし、みてろ。つけものパワーだ!

リスくんは、ヤギさんのことばを思い出し、店長の前に立ちました。

「店長! ぼくだけにどうしてそんなきついいい方をするんですか? ぼくだって、いっしょうけんめい仕事をしているんですよ」

シカさんとタヌキさんは、その声にふりかえりました。リスくんがイノシシ店長に、はじめてはっきりと意見をいったからです。

「・・・・・・」

店長は、何もいえないようにみえました。

ところが、それはほんのいっしゅんでした。そのあとは「なんだとー、なまいきな」「オレのいい方が気に入らなければ、さっさとこの店から出ていけ」と、さっきよりきついイノシシ店長のことばが、リスくんにとんできます。

「うえ〜ん、ひどいよ〜」

リスくんは、目をまっかにして、またお店をとびだしてしまいました。

ある日の昼下がり、リスくんが、町のはずれをとぼとぼと歩いていました。

リスくんは、ラーメン屋さんの「イノシシけん」で働いています。このお店のラーメンはおいしいと町でひょうばんです。

でも店長のイノシシはおこりっぽくて、こわいのです。

けさもイノシシ店長に、ねぎのきざみかたが悪いと、リスくんはおこられてしまいました。

「いっしょうけんめいやってるのに、店長ったら、きついいい方ばかりするんだから」

リスくんは、くやしくてたまりませんでした。

気分はすっきりせず、大きなしっぽが、だらんとたれさがったままです。

そのとき道の向こうから、のんびりした声がきこえてきます。

「えー、いらんかねえ」

このあたりでは見かけないヤギさんが、大きなふろしきを背負って歩いてくるのが見えました。

「つけものはぁ、いらんかねえ」

「つけものかあ、おいしそうだなあ」

リスくんは、かけよっていきました。

「へーい、いらっしゃーい」

ヤギさんはゆっくりと荷物をおろし、みちばたにたるをならべだしました。

「ねえねえ、どんなつけものがあるの?」

「たくあんにきゅうり、なんでもあるよ。それに、うちはなあ……」

ヤギさんは白いヒゲをなでながら、じいっとリスくんを見ました。

「お客さんがもってきてくれた材料でも、つけものにできるんじゃよ」

「それじゃあ、うちのお店からニンジンをもってこよう」

リスくんは、かけだそうとしました。

「お客さん、おまちなさい。ワシのつけものは、野菜でなくてもできるんじゃよ」

ヤギさんは、たるのふたをあけました。

「じゃあ、木の実とかをつけるの?」

「いいや、ことばじゃよ」

「ことば? え、なにそれ?」

リスくんは、大きな目をさらに丸くしました。

「ワシは、ことばもつけものにできるんじゃ」

ヤギさんは、リスくんに茶色のビニール袋をわたしました。

「この袋を口にあててなあ、何とかしたいことばやなおしたいことばをしゃべってごらん」

「そうしたら、どうなるの?」

リスくんは、袋を太陽にすかしてみました。中はなにも入っていません。

「つけものにかわるんじゃ。それを食べるとなあ、なおしたいことばが、自分の希望するようなことばになって、口からでてくるのじゃ」

「へえ、すごいや。でも、ぼくのなおしたいことばっていうと・・・」

リスくんは、うでぐみをしました。

リスくんは、袋を口にあてました。イノシシ店長のことを思い出すと、思わずよわよわしい声が出てしまいました。

「ぼく、いっしょうけんめいやってますぅ」

すると袋が少しふくらみました。リスくんは、それをヤギさんに差し出しました。

「へーい。お客さんは、なかなかいいたいことがいえないんじゃな」

「うん、イノシシ店長がおこりんぼだから」

「そうかい。では、これにしようかのう」

ヤギさんは、黄色のたるのふたをあけました。

「お客さん、早くためしてみたいかい?」

「うん、食べるとぼくのことばは、どうなるのかな。どんな味がするのか食べてみたいよ」

「じゃあ、浅づけにしてみるかのう」

ヤギさんは、たるから黄色いぬかを少しつまみ、袋の中に入れ上下にふりました。

シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ。

「ほーら、できたよ。お客さん」

ヤギさんは、リスくんに袋をわたしました。

袋をあけると、ちいさな黄色いたくあんが一切れ入っています。

ことばのつけものやさん

「へえ、ことばって、つけものにするとこうなるんだ」

リスくんは、口にほうりこみました。

「からくて、おいしいね」

「これはカラシづけで、いいたいことがしゃきっとしたことばでいえるようになるんじゃよ」

「ん? なんか元気がでてきたぞ。よーし、きょうこそ店長にはっきりいってやる!」

リスくんのしっぽが、ぴんとしてきました。

「なおしたいことばがあれば、またおいで」

「ありがとう! ヤギさん」

リスくんは、かけだしました。

「お客さーん、いまのは、浅づけじゃから、ききめは弱いよ、おーい、きこえとるかねえ」