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森の入口に、しいの木が二本はえていました。
えだをいっぱいにひろげ、たくさんのはっぱをつけている、その木たちは、子どもたち四人が手をつないで、ようやくまわりをかこむことができるほど、大きな木でした。
見た目はふたごかとおもうほど、よくにた二本の木でしたが、左の木は、かぜにさわさわゆれると、まるでわらっているかのように見えるのに、右の木は、かぜにざわざわゆれて、なんだかおこっているように見えるのでした。

きゅうな雨がふったときに、ちかくをとおりがかった人たちは、その木たちの下にかけこみます。
「こんなにも、きゅうに雨がふるなんておもってもみなかったよ。カサをもってこなかったから、ここで雨やどりさせてもらおう。そのうち雨もやむだろう」
左の木は、下で雨やどりをしている人が、すこしでもぬれないように、うんとえだをのばしてあげます。
「木のおかげでたすかったな」
人びとは木を見上げてほほえみ、さっていきました。
左の木は、それをきいて、とてもうれしくなりました。
それなのに、右の木は
「ぼくのねっこにのっかるなんて、なんてしつれいなやつ。さっさと、どこかへ行ってくれよ」
とブツブツいうのでした。

なつのあつい日には、木の下はとてもすずしく、ちかくをとおる人たちは、そこで休んでいきます。
「きょうも、なんてあついんだろう。さて、この木の下で、ひと休みさせてもらうことにしよう」
木のねもとで、人びとはハンカチを出して、あせをふきながらすずみます。
「おかげでゆっくり休めたよ。木の下は、なんて気もちがいいんだろう。かぜも、木のえだをとおると、こんなにすずしくなるんだな。さて、そろそろ行くとするか」
そんな人びとに、左の木は「気をつけていってらっしゃい」と、見おくります。
でも、右の木は、そんなことをおもうどころか「ああ、やっと行ってくれたよ」と、ほっとするのでした。

Sぷんぷん右の木1あきになると、二本の木には、たくさんのみがつきます。
ときどき、小学生の子どもたちが、どんぐりのみをひろいにやってきます。
「うわぁ、こんなにいっぱいどんぐりがおちてるよ!」
「ぼく、これで、コマをつくろう」
「わたしはブローチをつくろうかしら」
森は、子どもたちのこえでにぎやかです。
「それにしても、どっちの木も大きくてりっぱねえ」
女の子たちが口ぐちにほめるのをきいて、さすがの右の木も、そのときだけは、うれしそうにはっぱをゆするのでした。

ときどき、小とりたちがとんできて、二本の木のえだにとまることがあります。
左の木は、そんな小とりたちから、とおくのはなしをきくのが、なによりのたのしみでした。
「ぼくはうごけないから、きみたちの見てきたことをはなしておくれよ」
すると、小とりたちは、おてらで白いヘビが見つかって、人げんたちが、かみさまのおつかいだといって大さわぎしたことや、カラスのすの中は、ピカピカひかるものでいっぱいなことなどをはなしてくれるのでした。
左の木は、そんな小とりのはなしをきいて、びっくりしたり、大わらいしたり。
でも、右の木は
「まったく、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、うるさいなあ。ひるねもできやしない」
そういってもんくをいうので、いつからか、小とりたちは左の木にしか、とまらなくなりました。
右の木は、それをさびしいとおもうどころか、せいせいしたとおもうのでした。

「ナイト、ごくろうだったな」
博士はあいかわらずパソコンに向かっている。
「どうした、ナイト。様子が変だぞ」
「博士! もうネズミをつかまえるのはいやなんです」
「何を言い出すんだ!」
「巨大ネコにもうなりたくない。以前のようにネズミたちと仲よくくらしたいんです」
オレは頭を下げた
「なんだと! バカなことをいうな。きたないネズミどもは捕まえて、処理されて当然なんだ。それがお前とこの研究所の仕事なんだ」
写本 -sozai_14135「し、処理って、博士、ネズミたちをひょっとして・・・」
「ククク、そうさ、きたないのがいっぱいたまったので、そろそろガス室に送りこもと思ってな」
「博士、なんてことを!」
オレは毛をさかたてた。怒りで博士に何をしでかすかわからないほど、オレの頭に血がのぼった。
「なんだ、そのたいどは。そうか、おまえももう処理すべきときがきたようだな」
博士はポケットからピストルを取り出した。
「せっかく命を助けてやったのに」
博士は、オレに銃口をむけた。

そのときだ。本棚から、ぶあつい本がふってきた。
「うわー」
ドドドッ。ゴン、ゴン、ゴーン
頭に事典があたり、神田博士は気絶した。
「ナイト!」
サラが、本棚からかけおりてきた。
「このとびらを開けて。みんなを助け出すのよ」
鉄のとびらは、いくらオレでもやぶれない。
「そうだ!」
写本 -sozai_5448オレはパソコンに体当たりをして、机から落とした。
ビ、ビビビ、シュシューン。
パソコンがダウンすると、とびらが開いた。

たくさんのネズミたちがうずくまってふるえていた。
「さあ、みんな、にげるのよ」
サラの声にもみんなは動こうとしない。
「どうしたの? 早く!」
「だって、こいつが、おいらたちをつかまえたんだぜ」
トーマスがオレを指さした。
「大丈夫、ナイトは生まれ変わったの。もうみんなの仲間よ。早く出て!」
わー。何百匹ものネズミが部屋から出てきた。
「さあ、行きましょう。ここを出て、みんなで平和にくらせるところをさがしましょう!」
サラの姿をオレはぼうっとみていた。
「ナイト、何してるの、早く!」
サラがふりかえった。
「おい、ナイト! 行こうぜ」
トーマスが、オレにウインクした。
「ああ、今、行く」
オレもみんなのあとを追った。


                                   Special Thanks to ILLUST BOX/FLOP DESIGN/「SATUKI晴れ」/イラスト ユニ/素材ライブラリー

「仲間だったあなたが、何をするの」
「うるさい! おまえらがばい菌を運び、人間に病気をうつすからだ」
「何をいってるの!」
「ネズミは、人間の敵だ!」
「人間が、私たちの住むところを追いやっているんじゃない」
サラは刺すような目でオレをみた。
「がたがたいうな!」
オレはとまどいながらも、身を低くした。

「みんな、お逃げ!」
サラはオレの前にたちはだかった。
オレがとびかかろうとすると、サラは身をひるがえして、かべのパイプを伝い、天井に向けてのぼりだした。
「まて!」
オレもパイプにとびついた。
ド、ドドーン
パイプはオレの体重にたえられず、くずれ落ちた。

「ナイト、しっかりして! だいじょうぶ?」
目をあけるとサラがそばにいた。オレは、もとの大きさにもどっていた。
「ロルフおじいさまは、昨年病気でなくなったわ。あなたのことをずっと心配していたのよ」
「じいちゃんが・・・」
「あなたが私をあやしてくれたのをおぼえているわ。ナイト、やさしいあなたがどうして・・・」
サラはオレの前足をさすってくれた。じわっと心にひびくほどあたたかかった。
そのとき、オレの心の中の忘れかけていたものに火がともった。
そうだ、オレはネズミたちと大の仲よしだったんだ!
「オレは神田博士に命をすくわれた。それ以来、ネズミをきたないものと覚えこまされてきたんだ」
オレはいたむ体を起こした。
「もう、こんな仕事はやめる。博士にもとの体にもどしてくれるようたのんでみる。サラ、必ずもどってくるから、待っててくれ!」
「待って、ナイト!」
サラが止めるのも聞かず、 オレは神田博士の研究所に向かってかけ出した。

次の日、おれは13地区に向かった。
2年ぶりだ。様子はあまり変わっていない。
ビルの地下室に入ると、3匹の子ネズミがいた。
オレの姿をみつけると、逃げもせず近寄ってきた。
「あ~、ナイトさんでしょ? とうちゃんから話を聞いてるよ」
「えっ、あなたが、伝説のネコ、ナイト?」
「ああ、ナイトだけど、伝説って何だ」
写本 -5197ネズミをつかまえにきたのに、親しげに話しかけられ、オレはとまどった。
「だってネコなのに、おいらたちネズミと仲良くしてくれて、いろんなことに力をかしてくださるすばらしい方だもの」
「ちょっとまってて。とうちゃんをよんでくるから」
いつの間にかそんな伝説になってる・・・。
そんなことはどうだっていい。こいつらをつかまえなければ、オレを助けてくれた博士やほかの人たちが病気になってしまう。
思い直し、オレは巨大ネコに変身した。
「きゃー、ナイトさんが!」
子ネズミが金切り声をあげた。
大声をだされるとまずい。オレは前足で子ネズミをおさえつけた。

そのときだ。
「やめなさい!」
声の方向に顔を向けると、1匹のネズミがいた。
ネズミは黒くきたないのに、そいつは銀色にかがやくように見えた。
なんてきれいなんだ。はっと息をのんだひょうしに、前足の力をゆるめてしまった。
「ねえさま、助けてー、ナイトさんがー」
「ナイトなの? 私はロルフおじいさまの孫、サラよ」
サラ? あのサラか?
オレが知っているのは赤ん坊のときのサラ。こんなに大きく、美しくなっていたのか。

そう、オレの仕事はネズミ狩り。
ネズミの社会で育ったオレは、ネズミのことを知りつくしている。
これはぴったりの仕事だ。

「お帰り、ナイト。ごくろうだったな」
神田博士の研究所に帰ると、博士はオレの背中から金属の箱を取りだした。
そしてごほうびに、もとの大きさにもどったオレの前にキャットフードの皿をおいてくれた。
「博士、ネズミたちをなぜつかまえるんですか?」
写本 -10サイボーグのオレには、人間とも話せる機能がついている。
「ネズミはきたないだろう。ばい菌を運んで人間に病気をうつすからな」
「人が病気になっては大変ですからね」
オレは、皿をきれいになめた。
「それに最近ネコは、ネズミをこわがって取ろうともしない。おまえのようなネコがいてくれて、とっても助かるんだ」
博士は鼻歌をうたいながら、ネズミの入った箱をベルトコンベアに乗せ、スイッチをポンとおした。
グゴゴゴー
にぶい音がして、箱はとなりの部屋に運ばれていった。

「12地区のネズミは全部つかまえたな。ナイト、あしたは13地区をまわってくれ」
13地区というと、オレをかわいがってくれたロルフじいさんたちのグループが住んでいるところだ。
「博士、ネズミたちは、となりの部屋でどうしているのですか?」
「どうしてそんなことを聞くんだ、ナイト」
「友だちのトーマスもつかまえてしまって、気になったものですから」
「友だち? きたないネズミを友だちなんて思うものじゃない! よけいなことを考えるんじゃない」
「はい、ばい菌だらけのネズミをつかまえないといけませんね、博士」

「ナイト! ナイトじゃないか!」
「お、おまえは・・・」
ふいに名前を呼ばれて、オレは身をかたくした。
「おいらだよ、12地区のネズミの、いやだなー。おいらのこと、忘れちまったのかい?」
「お、覚えてるよ、ふとっちょトーマス」
「そう! でも、『ふとっちょ』はよけいだぜ。おまえ、大ケガしたと聞いたけど、だいじょうぶだったのか?」
「ああ・・・」

オレはネコのナイト。まっ黒だからそう名づけられた。
生まれてすぐに捨てられたオレを、街のネズミたちが育ててくれた。だからネズミと仲よく話ができるのだ。
ところが2年前のある日、オレは車にひかれ大ケガをした。
道ばたで息も絶え絶えのオレを、化学者で、外科医である神田博士が、体にたくさんの機械を入れて、サイボーグとしてよみがえらせてくれた。
でもそのことは、だれも知らない。

「いっしょに遊んでた仲なのに、おまえ、なんか冷たくないか?」
「オレ、ちょっと用事があるんだ。すまない、トーマス」
「そうだったのか。最近、仲間がどんどん行方不明になってさ。12地区はヤバいんだ。ナイト、おまえも気をつけろよ」
トーマスは手をふりながら、背をむけた。
写本 -sozai_29538「今だ!」
オレは、身を低くしてジャンプ!
するとオレはヒョウほどの巨大ネコに変身。そして背中からホースを伸ばしながら、トーマスに近づいた。
シュー、シュワーン! 
「うわー」
トーマスは、あっという間にホースの中に吸い込まれていった。
シュー、シュー。ぶきみな音を残した。
そのあと、おれは12地区のネズミというネズミを片っ端から捕まえていった。

一年後、あたたかなそよ風が吹く春の日。
「みなさーん、こちらは『心の電話相談室』です。ぜひお立ち寄りくださーい」
オレは、マイクをにぎっていた。
ここはJR大阪駅前。大型バスの前にテントが立てられ、多くの人がイスにすわって順番を待っている。
オレは中学受験で希望校に受かり、春休み真っ最中だ。今は心の電話相談室のボランティアとして、四郎といっしょにバスで全国をまわっているのだ。
社長の和田さんは、あのできごと以来、四郎の能力をいかして、なんとか世の中に役立たせたいと考えていた。それをこんな形で実現させたわけだ。
どの土地に行っても、おすな、おすなの大にぎわい。大きな悩みから小さな悩みまで、大人も子どもも、みんな四郎と話をして元気になってくれるのだ。
「よう、四郎! きょうもすごい人やな。あんまりはりきりすぎんなよ」
きゅうけい時間にオレは、四郎の様子を見にバスにのりこんだ。
バスの中はゆったりしたイスがひとつ。その前に四郎がおかれているだけなので、広く感じる。
「だいじょうぶや、幸平くん。新宿東口から出たことなかったけど、いまはこのバスでどこでもいける。この部屋はゆったりして、しかもぼくの大好きなグリーンで統一されているから、疲れなんか感じへんわ」
「そやな、静かな音楽が流れていて気持ちが落ち着くな。オレも四郎といっしょにいれて毎日楽しいで」
オレはイスにすわった。
「毎日が楽しい? それはぼくだけのせいとちがうやろ」
四郎は受話器をカタカタ鳴らした。
「なんやねん、そのいいかたは」
「かくさんでもええって。この間から参加してくれてるボランティアのあの女の子、幸平くんが好きや、いうとった子やろ」
「・・・」
「ほーら、当たりや。顔が真っ赤やで」
「こら、からかったらあかん。たしかにそうや。東京に引っ越してから、ずっと会えんかったから、連絡したんや」
オレは頭をかいた。
四郎7話「ちゃんと彼女には告白したんか?」
「いや、まだちゃんとは・・・」
「そらあかん。はよう、コクらな」
「そんな、急にいうても」
オレはまた頭をかいた。
「いまや、幸平くん、春休みが終わったらまたしばらく会えへんで。幸平くんの思いをちゃんと伝えんと。さあ!」
四郎はオレをせかした。音楽がスローなラブソングに変わった。
「う、うん」
オレはバスをおりて大きく深呼吸した。
そしてオレは彼女のもとにゆっくりと近づいた。
(おわり)

電話取り外し四郎がとりはずされてからというもの、オレの元気はしぼんでしまった。
佐藤くんも同じ。塾でオレたちはため息ばかりついていた。
それから一週間が経った。和田さんから、会社にきてほしいと連絡があった。
「きっと四郎をとりはずしたいいわけでもするつもりなんやろ。いまごろおそいわ」

その日の夕方、学校の帰りに和田さんをたずねると、受付の人が案内してくれた。
「こちらで和田がおまちしております。どうぞ」
きれいなおねえさんが、ていねいにおじぎをした。この前とずいぶんあつかいがちがう。
ドアが開くと、そこは大きな部屋だった。まん中に立派なソファーがあり、本だなには、むつかしそうな本がぎっしり並んでいる。
ソファーの向こうに、また立派な机があって、なんと和田さんがすわっている。
「和田さん、ひどいわ。四郎のことなんとかするって、約束したやないか!」
オレは思わずどなった。
「そのことについて、幸平くんにお話をしようと思いまして」
「いいわけをしたってあかんで。みんなおこってるんや」
「とにかくお話を聞いてください。幸平くん」
和田さんは立ち上がった。
「だいたいな、和田さん、そんなとこにすわって、えらそうになにしとるんや。社長にみつかったら、おこられるで」
「あのぅ、和田が、当社の社長なのですが」
おねえさんが小さな声で教えてくれた。
「えっ! しゃ、しゃちょう? 和田さんが、この、会社の、社長!?」
オレは腰がぬけて、ソファーにすわりこんだ。
「失礼しました。社長の和田でございます」
「あーびっくりした。社長ならそうと、はよう教えてえな」
オレは汗をぬぐった。
「すみません、いいそびれてしまって」
「心ぞうが止まるかと思うたで」
「点検係のときとちがって社長になってしまってからは、四郎とは会えなくなって。ずっと気になっていたのですよ」
和田さんはソファーにすわった。
「でも四郎をとりはずしてしまったやないですか。この会社にとって、お金をかせげない電話は用なしなんや」
オレは口をとがらせた。
「幸平くん、そうおっしゃらずに、私の話を聞いていただけませんか」
和田さんは書類をオレの前に広げた。

「幸平くん、どうだった?」
「四郎、あかんわ、『決定事項です』の一点張りで話にならん」
「そうか、やっぱり・・・」
四郎はオレの話を聞いて、また青緑色になってしまった。
「でもな、電話会社の人がおまえを見たいってついてきたんや。おじさん社員で、あんまりたよりにならんみたいやけど」
オレは和田さんを手招きした。
「四郎くん、やっぱりきみだったか、四郎くん!」
和田さんは、急に四郎をなでまわしだした。
「その声は和田さん、和田さんやないですか!」
四郎は受話器をがたがた鳴らした。
「なんや、二人とも知り合いか?」
「そうなんです、私が20年前に点検係りをやっていたころからの友だちで、四郎という名は私がつけたのです」
和田さんはハンカチで四郎をていねいにふきはじめた。
「四郎くん、あれからもずっとがんばってくれていたんだね。きみのことは、私がなんとかしよう」
「和田さん、あんたの力でほんとになんとかなるんか?」
見かけで決めてはいけないが、どうも和田さんはたよりなさそうだ。
とりはずしの期日がせまっているいま、オレは和田さんに、四郎のことをよくよくお願いをした。

ゆがむ四郎ところが3日後の夕方。
「やめろ! 四郎をとりはずすのは」
「そうだ、ひどいぞ」
新宿東口に大声がひびいている。
「四郎くんがかわいそう」
女子高生が泣き出した。
たくさんの人が見守るなか、二人の電話会社の職員が無言で四郎をはずした。
「四郎! 四郎!!」
四郎はオレの悩みをあんなに親身になって聞いてくれたのに、オレは四郎の力になってやれなかった。
職員に運ばれていく四郎の悲しそうな顔が、オレの目に焼きついた。
あの和田め、「私がなんとかしよう」なんて調子のいいこといったが、なにもできなかったじゃないか。
あんなおっちゃん社員に四郎のことをたのむんじゃなかった・・・。

翌日、オレは電話会社で、四郎のとりはずしを中止するよう申し入れた。
「おっしゃることはわかりますが、会社の決定事項ですので」
係の男は、書類に目を通しながらいった。
「でも、あの公衆電話は特別なんや!」
「ねえ、ぼく、何度いったらわかるかなあ。会社が決めたことは、かえることができないんだよね。3日後にはとりはずすから」
「みんなの声を伝える会社が、あんな大事な電話をはずして、それでええんか!」
受付カウンターオレはカウンターをたたいた。オレの大声で、職員たちの仕事の手が止まった。
みんなは、オレのほうを見て、クスクス笑ったり、ひそひそ話をしている。
「もうええ! 子どもやと思ってバカにして」
オレは荒々しくドアを開け、部屋をとび出た。
足早にろうかを歩いていると、オレを呼び止める声がする。
「お客様、新宿東口の電話で何か」
ふりむくと小太りの男の人が立っていた。
「あんたはだれや」
「私はこの電話会社に長いこと勤めているもので、和田と申します。もしよろしければ、外のカフェでくわしく聞かせていただけませんか」

オレはオレンジジュースを飲みながら、和田という人に四郎のことを話した。
四郎はいろんなお国ことばを話せ、地方出身者の話し相手になっていること、四郎のおかげでみんな元気になっていることをすべて話した。
「ほう、そうですか。なるほど」
和田さんは身を乗りだし、オレの話を熱心に聞いてくれた。
「幸平くん、私をそこに連れていってくれませんか」
和田さんは立ち上がった。