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ズゼちゃんはアジアゾウの女の子。
北欧の国バルト海に面したラトビア国のリーガ市にある国立リーガ動物園で生まれました。
正式な名前は「スザンナ」。
愛称の「ズゼ」と呼ばれる人気者です。

母ゾウはロシアのモスクワ動物園から借りていたので、最初に生まれた子供はモスクワ動物園に返す約束でした。
ところが母親はズゼちゃんを産んですぐに亡くなってしまいました。

もうじき7月。雨ばっかりでつまんない。
外で野きゅうがしたい。
ほかの2年生よりも先に、ホームランがうちたいな。

「フウ、そろそろ、おにぎりはウメボシでいいよね」
お母さんは、れんしゅうの日に、おにぎりを作ってくれる。
「えー。カラアゲがいいなあ」
シャケや、シーチキンマヨネーズでもいいのになあ。

「食べものがいたまないように、ウメボシが一番なんだぞ」
じいちゃんが、はたけ用のかごをテーブルにドンとおいた。
とくいげに、はながフゴフゴ、フンフンうごいている。
かごの中には、みどり色のなにかが、どっさり入っていた。
ビー玉みたいにまん丸だった。

「ウメだ。もいできてあげたぞ。それも小ウメだ」
「じいちゃん、これどうするの?」
ぼくとお母さんは、ぴったり声が合わさった。
「ウメボシ、つくれ」
じいちゃんは、テレビをつけて、おさけをのみはじめた。

「わたし、やったことないですよ」
お母さんが、なきそうな顔をした。
「しらねえ。おらだって、やったことねえもの」
ぼくは、ムカっとした。
いつだって、じいちゃんは、こうなんだ。いばりんぼうだ。
「じいちゃん、むせきにんだ!」
ぼくをむしして、おさけをのんでいる。
ますますムカつく。

ピキッ。
小さな音がした。
回っていた公園が、足の下で、ピタリと止まったのがわかる。
うすーく、目を開けてみた。
前に立っているのは、あいつ、じゃない。
ようちゃんだ。
くつのかかとのはしっこで、ラムネスイッチをふんづけているけど、気づいていない。

ぼくは、そーっと、あたりの様子をうかがった。
あいつのすがたは、どこにもなかった。
「どうしたの」
ようちゃんが、不思議そうな顔をする。
「そっちこそ。英会話は?」
「うーん。おまえと、けんかしたまま行くの、いやだ、って思ってさ」
「ふーん」

ぼくは、ゆっくり立ち上がった。
まだ、足元が回っているみたいだ。
「もしかして、ぐあい悪い?」
ぼくの顔色を見て、ようちゃんが言った。
「ん。ちょっとね」
「帰ったほうがいいよ」
「うん」
ようちゃんは、公園のすみに転がっていた、ぼくのボールを取って来てくれた。

地面が、ものすごいいきおいで動いてる。
さっきより、回転が速くなっているんだ。
背中に冷たい汗が流れて、気持ちが悪くなってきた。
ジャングルジムから、そろり、そろりと下りた。
目が回って、まっすぐ立っていられない。
しゃがみこんで、そいつにたのんだ。

「ねえ。公園、止めて」
「ハ。ハ。エンジョォーイ!」
そいつは、ジャングルジムのてっぺんで、知らんぷりして、クネクネおどっている。
「止めて!  ストップ!  ストップ!」
「ストップ。ワァイ?」
ワァイ。ホワイ。なぜ、っていう意味だ。このくらいなら、ぼくにもわかる。
「気持ち悪いから!」
オエッと、もどすまねをして見せたら、そいつは大げさに肩をすくめて、
「オウ」
って、なげいた。

ぐるぐる ぐるぐる。
公園の地面が、回り始めた。
地面の上の、ぶらんこも。
すべり台も。シーソーも。
ジャングルジムも。鉄ぼうも。
砂場も。ぼくも。
ぐるぐる ぐるぐる。
「うわあ」
「ショウタ~イム!」

気がついたら、ぼくは、回る遊具で、そいつと仲良く遊んでいた。
「ぶらんこ乗ろうよ!」
「スウィング。オーケイ」
「ひゃあ、目が回る!次はすべり台!」
「スラーイド。グーッド」
地面が回っているだけで、公園の遊具はどれもこれも、遊園地の乗りものレベルにパワーアップ。
はくりょく満点だ。

「ヘイ! ユー!」
うしろから、明るく声をかけられた。
「ストップ。ストーップ」
ふりむくと、そこには、見たこともないやつが立っていた。
大きさは、ぼくと同じくらい。
英語のアルファベットの大文字と小文字が、黒い虫みたいにウネウネしながらからまり合い、人間っぽい形をつくっている。
目も、鼻も、口も、アルファベットでできていて、動く文字のすきまから、むこうの景色が見えるんだ。

「ひええ。おばけえ」
さけんだつもりだったけど、かすれた声しか出ない。
そいつは、ぼくのパニックにおかまいなしに、地面のラムネを指さした。
「スウィッチ」
しゃべると、口の形がOになったり、Hになったりする。
「ス、ウィー、ッチ」
月に何度か学校に来る、英語のトム先生みたいな発音だ。
声まで、ちょっと似ている。
トム先生の教える歌やゲームは楽しくて、勉強ぎらいのぼくも、アルファベットが読めるようになったんだ。
ようちゃんは、
「学校の英語は、かんたんすぎる」
なんて、言うけどさ。
トム先生に声が似てるなら、こいつも、悪いやつじゃないのかも。

おさななじみのようちゃんと、けんかした。
理由は、ようちゃんの約束やぶり。
4年生になって、英会話と、じゅくに行きだしたようちゃん。
ぼくとサッカーするはずだった公園に、英語のレッスンバッグを持ってきて、
「悪い。おれ、今から英会話だ」
なんて言うから、カチンときたんだ。
「また? おとといも、じゅくのふりかえがあるからって、約束やぶったばっかりだ」
ようちゃんとぼくは、同い年。
保育園からずっといっしょで、けんかなんて、今までしたこと、なかったのに。
ぼくが怒ったら、ようちゃんも、むうっとむくれて、だまって走っていってしまった。

ぼくは急いでラーメン屋に向かった。
またちがう犬がラーメンを食べていた。
「今日も負けたねえ」
と言って笑ったおじさんに、ぼくは首を振って言った。

「ちがうんです。おじさんにお願いがあるんです」
「なんだい?」
「朝のチラシくばり、ぼくにやらせてくれませんか」
おじさんはびっくりして聞いた。
「アルバイトかい?」
ぼくはまた首を振った。

「ただでいいです。早起きしてランニングしたいんです。だからちょうどいいと思って」
「そりゃあくばってもらうとありがたいけど。おじさんももう少し朝ねぼうしたいし。じゃあ、たのもうかな」
「ありがとう」
ぼくは頭を下げた。おじさんはどっさりとチラシを取り出した。
「これ明日の分だから。今日持って帰って、明日の朝くばっておくれ」

ぼくはチラシを受け取り、そして犬を見てにやりと笑ってやった。
ぼくはある作戦を考えていた。
チラシにこのバラのスプレーをふりかけてやるのだ。
そうすれば、犬は取るのをあきらめるにちがいない。

翌日の朝早く、「ランニングしてくる」とお母さんに言って家を出た。
そして犬のいる家の前で、やつが出てくるのを待ち伏せした。
近くに止まっている車のかげに隠れる。
しんぼう強さがいる行動だが、刑事さんになったつもりでがんばった。

しばらくすると、門をグリンとくぐって犬がすがたを現した。
(やった!)
と心の中で叫び、ぼくは犬の後をつけ始めた。
のんびりと歩いていた犬は、二丁目から一丁目に入ったとたん、キッと顔をあげて、横にあった家のゆうびん受けをにらんだ。
そしてにょきっと立ち上がると、ゆうびん受けに手をつっこみ、中にあるものを取り出した。犬の手は小さい。差し入れ口からすっぽりと入ってしまう。

朝早いのでゆうびん屋さんはまだ来ていない。
入っているのは新聞とチラシ。
犬は新聞だけゆうびん受けの中にもどし、チラシだけをうばい取った。
そしてそれを何けんもの家でくり返した。

家にもどってから、ぼくは考えた。
マサオが知らないなんておかしい。まさかうちだけに入っているわけないし。
よし、調べてやろう。

ぼくは近所の友達たちに電話をかけて、チラシのことを聞いた。
するとおどろいたことに、だれもチラシのことを知らなかった。
そんなバカな・・・。
じゃあ、チラシをもらっているのは、ぼくと犬だけってことか?
ありえない。
そういえばあの犬はどこの家のやつらなんだろう。
よし、つきとめてやろう。