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4 ガラスのひつぎ

「どうしたらリンゴ売りとの約束を果たせるだろう?」
どんなことをしてでも、リンゴ売りの娘が・・・、いえ、リンゴ売りの娘のうでまくらがほしかったのです。それほど、ディドーは、寒かったのでした。

ディドーは知恵をしぼりました。そして、町に、よく当たると評判のうらない師がいることを思い出しました。
王は、もう一度、こっそり、町へ出かけて行きました。
そして、町はずれのわびしい家に入って行きました。
そこには、黒いずきんを目深にかぶった、女のうらない師が座っていました。
うらない師は、王が何も言わないうちから、もう、すでに、王の望みを知っていて、クツクツ、笑って、言いました。

「王様の願いは、私めの申し上げる通りにすれば、すぐにもかないますよ。ただし、ずいぶんと、ちょうだいいたしますが」
「金はいくらかかっても構わない。ただ、あれが、あまり、苦しまないようにだけは・・・」
ディドーは、あとの言葉を飲みこみました。さすがに、自分のしようとしていることに、おそれをなしたのです。

「だいじょうぶですとも。王妃様は、これっぽっちも、お苦しみにはなりませんよ」
うらない師は、にこやかに、7日後の真夜中、もう一度、訪ねて来るようにと言いました。
「その時には、黒いほろでおおった荷馬車で、くれぐれもおひとりで」

3 水のお城

「上出来です」
リムニーは、水晶玉を持ち帰ったディドーに、満足そうにほほえんで、言いました。
「それを高く放りなさい」
言われるままに、王子は、湖に向かって、水晶玉を、力いっぱい、放り投げました。

水晶玉が、ボチャンと、落ちると、はげしいうずがまき起こり、水面が大きくふくれ上がって、水が、どんどん、あふれ出しました。
森を飲みこみ、湖は何十倍にも広がっていきます。
そして、その水底から、たとえようもなく立派なお城が立ち上がったではありませんか!

白い城壁。いくつもの塔。美しい天守。
その天守のてっぺんにかがやいていたのは、あの水晶玉!
「これから先、あなたをたおせる者は、だれ一人、おりません。天守にあの水晶玉があるかぎり」
リムニーは、あっけにとられている王子を、お城の中へとまねき入れました。
どの部屋も、どの蔵も、金銀財宝でいっぱいです!

2 森の魔女

森の魔女アルセイダと湖の精リムニー。ふたりは、長い間、にくみ合い、争って来ました。
なぜかって・・・?
それは長い長い別のお話なので、いつか、また。
ともあれ、リムニーはたびたび湖をあふれさせて、アルセイダを森ごと、しずめてしまおうと試みてきました。
でも、いつも、失敗に終わりました。
それというのも、アルセイダには秘密の武器があったからです。

森の魔女たちにずっと昔から伝わる水晶玉。
それを持っている者には、どんな災いの力もおよびません。
リムニーは、それに、ふれることすら、できなかったのです。

「何とか、アルセイダから、あのいまいましい石をうばい取る方法はないものか」
しゅうねん深く、考え続けていたところへ、のこのこやって来たのが、国を追われて行き場のない、さすらいの王子ディドーだったのです。

「しかし、王国を建てるためとはいえ、こんな痛い目に合うとはな・・・」
王子は血のしたたる足の痛みをこらえて、湖の精に言われた通りに、くり毛の馬を森の奥へと進めます。
日の暮れるころ、年ふりてこけむした大木の下に、木の皮と枝でふいた魔女の家がやっと見えたとたん、王子は気が遠のいて、どっさり、地面に落ちました。

1 湖の精

むかし、おじいさんは覚えていないが、ひいおじいさんは覚えているほどのむかし、ある国に、3人の王子がいました。
いちばん上の王子は、強く、かしこく、国を治めるのにふさわしい人がらでした。
3番目の王子は、心が優しく、思いやりがあり、人々に、たいそう、したわれていました。
兄と弟に比べて、中の王子は、男神と見まがうほど、ハンサムではありましたが、心の冷たい、ひねくれ者でした。
王子にふさわしい勉強や武芸は大きらい。悪い仲間と町にくり出しては、娘たちに悪さをしたり、お酒を飲んであばれたり。町の人々に、ひどく、いやがられていました。

父親の王様は、
「おまえはろくな者にはならぬ。兄や、弟をみならって、心を入れかえよ」
と、いつも、しかりつけていました。
だが、ある時、王子が、美しいくり毛の馬欲しさに、家来をおどして、取り上げてしまったと知って、とうとう、かんかんにおこってしまいました。

「おまえのような者を、わしの王国においておくわけにはいかぬ。そのくり毛を連れて、さっさと、出ていけ!」
中の王子は、馬を、一頭、与えられただけで、国を追い出されてしまいました。
さすがの王子も、これには、へこたれました。

てんてん坊は、オニをおしのけて、のぞき窓から、中の娘に声をかけました。
「小糸ちゃん、私はてんてん坊という坊主だよ。小糸ちゃんは、どうして、こんなところにいるんだね」
やさしい声に、娘は、はっと、顔を上げました。

「わからないの。おっかちゃんと、さよならしたの。そしたら、ここにいたの。ここは暗くて、何にも見えないの。それに、いつも、こわいオニの声がする。あたい、かえりたい。おっかちゃんに会いたいよお」
「おっかちゃんはここだどぉ!」
と、さけぶオニの大きな口を、てんてん坊は、あわてて、両手でふさぎましたが、手おくれでした。
娘は、また、わんわん、泣き出しました。

「だめではないか、オニどん」
たしなめるてんてん坊の胸ぐらを、オニは、むんずとつかみました。
「なじょしたらええ? どいぐにしたら、娘を助けられる? 坊主だべ!? 考えろ!」
「ううむ・・・」
「ありがてえ経をとなえるとか、何か、すべあるべ!?」
「経か・・・。それより、いっそ、娘さんにたずねてみてはどうだろう? 何か、いい方法が見つかるかもしれない」
「んだら、すぐに聞け!」
オニは、てんてん坊を、のぞき窓におしつけました。

あたりは、とっぷりと、暗くなりました。
こずえの間に、ちらちらと、星がまたたいています。
大きな月は、林に見えかくれしながら、てんてん坊の行く先を照らします。
満開を過ぎた桜が、はらはらと、花びらを散らし、道は、まるで、白いじゅうたんをしいたようです。

「なんとまあ、天女の通う道のようだ!」
てんてん坊は、思わず知らず、流行り歌を口ずさんでいました。
ところが、とうげも間近というところで、急に、生ぐさい、冷たい風が吹いてきました。
そこは、両側を、高い岩かべにはさまれた、せまい切通しです。
そのがけの下、黒ぐろとしたやみの中に、ちらちらと、たき火が燃えていました。
だれか、火の前に、がかがみこんでいます。

ふた冬が過ぎました。
どうやら、行者のつえのおまじないがきいているようで、あれ以来、オニが村へ下りてくることはなくなりました。
でも、そのつえは・・・。

「何だか、見るたんび、ちょっとづつ、かたがってきてるみでだなや」
つえがたおれたら、オニが、また、やって来るのでしょうか?
どうにも、落ち着きません。
用心のため、子供たちは、日暮れ前には、家に入るよう、きびしく言いつけられました。

でも、三度目の冬が過ぎて、春の気配に包まれ始めたころ、村人が、たいそう、おどろくことがありました。

まわりの山々が、だれも覚えがないほど、たくさんの桜でいろどられたのです。
もえだしたばかりの木々の緑と、あわい桜色。
山は、ため息が出るほどの美しさでした。
何か、いいことがあるのでしょうか?

「ほんに、おっかねえオニだごだ! あんな強えおさむらい方ば、ぞうさもなく、負かしてよ!」
人々は、みな、頭をかかえました
「どうだべ、もういっぺん、お殿様にお願えしてみだら?」
「だめだ、だめだ!」
庄兵衛は頭をふりました。

「朝方、おさむらい方の形見ば届けるべと、お城さ出向いたら、ご家来衆の最後ば聞いて、お殿様が、どんだけ、ごっしゃいだことか! お手打ちにあうんでねべかと思ったほどだ。
『もう、お前たちの村のことは知らぬ。オニなどと、たわけを言いおって! さしずめ、サルでも、見まちがえたのであろう! マタギにでもたのめ!』
とおおせだ」
「サルなんかでねえ! おらが見ちがうわけ、ねえべ!」
マタギの五平はおよびごしです。

この時、その場で一番の年寄りが言いました。
「どうだべ、吉野山の行者さまにお願いするっつのは?」
みなは顔を見合わせました。
「吉野山の行者さまだあ!?」
「そういや、修業、積んだ行者様は、空も飛べるっつうぞ」
「んだ。オニっこ、家来にして、引っぱって歩くっつ話だ。行者様にたのんでみっぺし」
「んだ、んだ。名主様、そうすべし!」
村人の顔は明るくなりましたが、すぐに、
「んでも、吉野は、京の都よりも、まだ遠いっつでねか?片道だけでも、20日以上はかかるべよ?」
と、心配の声が上がりました。

「そしたら、でたらめ、言いいすな!」
庄兵衛は、強く、人々をたしなめましたが、
「んでも、名主様、ちかごろ、あっちの家でも、こっちの家でも、ニワトリやら、犬っこやらがいねぐなりしてす。何かが悪さしてるにちがいねでば」
みなの心配は強まるばかり。
そして、まもなく、本当に大変なことが起こったのです。

「名主様! 池のはたの三郎次の赤子がいねぐなりした!」
「一本松の八兵衛のわらしこもです! あと、あっちの家でも、こっちの家でも!」
「な、なんとした!」
これでは、庄兵衛も、のんびり、かまえてはいられません。

「さしずめ、性悪なクマか、オオカミのしわざだべおん。ここはマタギの五平さんにたのむべ」
マタギというのは、クマ狩りの強い猟師のことです。
庄兵衛と村人のたのみに、
「よっしゃ、まかしてけらいん!」
五平は、ドンと、胸をたたきました。

そして、自まんの鉄ぽうをかつぎ、太郎、次郎という、勇かんな兄弟犬を連れて、のっしのっしと、山に入って行きました。
ところが、それほど時もたたないうちに、五平が、真っ青な顔をして、山から、かけもどってきたのです。

むかし、みちのくの山間の村に、おまつという女が、年老いたばあさまと、小糸という、四つになる娘と暮らしていました。
家は貧しく、ねこの額ほどの地面があるばかり。
おまつは働きづめに働いて、女手ひとつで、暮らしを支えていました。

日の出から野良に出て、おまつは、一生けん命、働きました。
そして、一番星が見えるころ、やっと、重い足をひきずって、わが家へと向かいます。
その時分になると、幼い小糸はばあさまといっしょに、夕陽におされて、くたびれて、それでもせいいっぱいの急ぎ足で帰ってくる母親を、家の前で待っていました。

かたむいたわらぶき屋の下、こしの曲がったばあさまのそばに、小さな女の子のすがたを見つけると、おまつの心ははずみます。
1日のつかれも、つらさも、いっぺんに吹き飛んで、おまつは走ります。
小糸も、ばあさまの手をはなれて、小鳥のようにかけて来ます。