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どれくらい時間がたったでしょう。チャロがそおっと目をあけると、目の前につぼがあります。
「きみのハチミツをもらえますか?」
大きなくまが、チャロに頭を下げています。
「え、ハチミツ?」
チャロは、ヘナヘナとすわりこみました。

「おれは重すぎてえだがおれてしまうから、ハチミツがとれない。だから、ハチミツを上手にとるきみの話を聞いて、となりの山からやってきたんだ」
「そ、そうだったの? ハチミツなら分けてあげるから、早く言ってくれたらよかったのに」
「話そうとしたら、にげられてしまってね。おれは『ロック』と言うんだ、よろしく」
ロックはボリボリと頭をかいてわらっています。
チャロは、ロックのつぼをハチミツでいっぱいにしてあげました。

「ああよかった。うわさ通り、とてもいいハチミツだね」
ロックはつぼを大事にかかえると、ハチミツのお礼に大きな魚をおいて帰っていきました。
それからというもの、ロックは魚とハチミツをこうかんしにやってきました。
そのうちすっかりなかよくなり、森にオオカミたちがあらわれた時は、追いはらってくれました。チャロたちは、お礼につぼいっぱいのハチミツをあげました。
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ズシーン、ズシーン

音とともに空気がゆれています。
チャロはゆうきを出して、おそるおそるふりかえりました。
すると、ま後ろに大きな大きなくまが立っていました。
「うわぁ! くまだぁ‼」
チャロは、ころがるようににげ出しました。大きなくまが何かさけんでいますが、こわくてふり向くこともできません。

チャロは、大急ぎで村長にほうこくしました。
わかいサルたちが、大きなくまの足あとをかくにんし、村は大さわぎになりました。
すぐに動物たちの代表が集まり、話し合いました。

「そんなに大きなくまじゃ、とてもたたかえないよ。引っこしてしまおうか」
リスがプルプルとふるえています。
「いや、ずっとくらしてきた森をはなれるなんてできないよ。行くところもないじゃないか」
ウサギはメソメソないています。

「ぼくらのキバなら、少しはたたかえるかもしれない」
イノシシは、石でキバをとぎはじめました。
「木の上から石をなげようか」
サルは石を手にして、ふりかざすまねをします。
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さらに数年たったある日のことです。ハチミツをほおばるチャロを見て、村長はうかない顔をしています。
「なぁチャロ、お前はここに来て何年もたつのに、ほとんど大きくなっていない。大きくなったら森を守ってもらおうと思っていたが、それはむりのようだ」
ほかの動物たちも、「やっぱり」と顔を見合わせています。
おどろいたのはチャロだけです。

「なんで! ぼくは強いくまになるんじゃないの? 森の王様になって、みんなを守るんじゃなかったの?」
村長は首を横にふりました。
「大きくならなかったが、お前は十分役にたっているよ。お前のハチミツは、みんなを元気にしてくれる」
「そうよ。大きくなくても、ずっと友だちよ」
「そうだよ。これからもずっとなかよしだよ」
カリンとクルミも、なぐさめてくれました。ほかの動物たちも、うなづいています。

「でも・・・でも、ぼくはずっと森の王様になるつもりだったんだ。これからぼくは、どうすればいいの? 強くないくまなんて、くまじゃないよ!」
チャロは、なきながらあなにこもってしまいました。
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山おくの木の根元で、こげ茶色の小さな子ぐまがないています。
「お母さーん、どこ? おなかすいたよぉ」
お母さんとはぐれてしまったようです。
それを見た、さるの村長が言いました。
「あの子ぐまは、きっと大きく強くなる。育ててこの森の王様にしよう。いずれみんなを守ってくれるにちがいない」
ほかの動物たちもさんせいし、子ぐまに「チャロ」と名前をつけ、みんなで育てことにしました。
チャロはどんぐりや山ぶどうが大すきで、パクパク食べて、スヤスヤねむり、ノビノビ遊びました。
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<その7>
チャン小熊ねずみはとてもうれしいきもちになりました。
そしてボールをうきわにしてのしおよぎやひらおよぎで川をおよいで行きました。
アナグマのお母さんが、時おりチャン小熊ねずみのお口に、おさじによそったはちみつを入れてくれたので、つかれておよげなくなることもありませんでした。

川をおよぐチャン小熊ねずみをはげますみんなのかけ声がいつしか一つになっていました。
「チャン小熊! チャン小熊! チャンこぐチャンこぐチャン小熊!」
チャン小熊ねずみはその声に合わせて、川の中を進みました。
「チャン! チャン! チャン! チャン! チャン小熊! チャン小熊! チャンこぐチャンこぐチャン小熊!」

しだいにスズランのすんだあまいかおりがしてきました。
まんかいのスズランにかこまれたびょういんが見えてきました。
おばあちゃんの入いんしているスズランびょういんです。
チャン小熊ねずみは目をこらしてびょういんのまどを見ました。

(おばあちゃんはどのまどのおへやかしら)
雨がやみ、おひさまが出てきました。
びょういんのたてものの、ちょうど真ん中あたりのまどが一つ開きました。
そして、そのまどからチャン小熊ねずみのおばあちゃんがかおをのぞかせました。
おばあちゃんはだいぶびょうきが良くなってました。ひさしぶりにおひさまが出たお空を見ようとまどを開けたところだったのです。(次のページに続く

<その6>
「ではお先に。水が引くころはバスも真っ白になっていることでしょう。みなさんも私につづいてください」
イノシシのうんてんしゅさんが、ほしイモをおでこにのせてバスをおりました。
そして川の中に入って行きました。

川に入ると、イノシシのうんてんしゅさんは目をとじておよぎ出しました。
スイスイスーイ。
とても気もち良さそうです。
「チャン小熊ねずみ君はおよげるのかな?」
ヤマネのおじさんがたずねました。
「いいえ」
「じゃあ、私のまねをするといいよ。私の大こんが、君のボールさ」

「ヤマネのおじさんがチャン小熊ねずみちゃんにおよぎをおしえてあげるのならば、私たちはお先に行きますね」
アナグマのお母さんは開いたカサをさかさにして川にうかべました。
そしてカサの中におくるみに入った子どもたちとのりました。
カサはアナグマのおや子をのせて、ボートのようにゆうがに川を進みました。(次のページに続く

<その5>
ノンノン、ノンノン、ノンノン、ノンノン、
音を立ててバスは進んで行きます。
くらいくもがたれこめてきました。

ドロロン、ドロロン。
お空のはるか上の方からカミナリの音がなりはじめました。
ポツン、ポツン。
大つぶの雨がふってきました。
ゴオゴオ、ゴオゴオ。
風がつよくふきはじめました。

チャン小熊ねずみの心はお空の色とおなじようなはい色になっていました。
(自分だけなかまはずれだ……)
しかしバスにのっているほかのみんなは、チャン小熊ねずみをなかまはずれにしようと思っていたわけではありません。
一ばん先とうの席でうつむいてすわるチャン小熊ねずみのすがたは、イノシシのうんてんしゅさんからはおひるねをしているように見えました。

はたまた、だいぶ後ろの席にすわるアナグマのお母さんやヤマネのおじさんからは、こぼさないように下をむいて、何かお十時を食べているように見えたので、チャン小熊ねずみをしんぱいするひつようはないと思っていたのです。(次のページに続く

<その4>
ノンノン、ノンノン。
バスはのどかな音を立てて走り出しました。
ひざの上のボールをギュッとかかえながら、口を真一文字につむり、チャン小熊ねずみはひっしになみだをこらえていました。
チャン小熊ねずみの心は不安でいっぱいです。
けれど不安な気持ちはだれにも分かってもらえないのです。

本当はこんな時こそボールをつきたいのですが、ボールをついたらバスからおりなければなりません。そうしたらおばあちゃんのお見まいに行けないのです。
バスはのはらをこえ、山をのぼり、川ぞいの道を進みました。
ボンボンボンボンボン、ボンボンボンボンボン。
ボンボン時計が十回なりました。

「十時だ、十時だ。お十時になりましたよ」
うれしそうなかおでイノシシのうんてんしゅさんが言いました。
「おお、十時か」
ヤマネのおじさんがあくびをして言いました。
「さあさあ、お十時よ」
アナグマのお母さんの明るい声も聞こえます。
(お十時ですって?)
チャン小熊ねずみはボールをかかえながら首をかたむけました。(次のページに続く

<その3>
ゆらり、ゆらり。
右へ、左へ。チャン小熊ねずみのしせんはゆらゆらとバスの中をさまよいました。
アナグマのお母さんと目が合いました。アナグマのお母さんはピンとのりのきいたぼうしのつばの下ではなにしわを寄せ、歯をむき出してチャン小熊ねずみを見ていました。

こんな顔をしているからといって、アナグマのお母さんはけっしていじが悪いのではありません。
お母さんは三びきの大切な子どもたちをスズランびょういんのけんしんにつれて行こうと、昨日のばんからじゅんびしていました。

今朝も早くからおきて、むずかる子どもたちをかかえて、どうにかこうにかバスにのせてやって来たのです。
子どもたちのために、何が何でもけんしんの時間に間に合いたいのです。
それなのにチャン小熊ねずみのせいでバスがおくれてしまったら、けんしんに間に合わなくなってしまいます。

「早くやめて。みんなをこまらせないで」
アナグマのお母さんは、はっきりとチャン小熊ねずみを見すえて言いました。
それはそれはあらがえないひとみでした。
「はい」

チャン小熊ねずみはボールつきをやめて、うんてんしゅさんとつうろをはさんだとなりの席にすわりました。
「よーし! チャン小熊ねずみ君、君は聞き分けが良いぞ。感心だ」
ヤマネのおじさんが両手でメガホンを作り、さけびました。
「しゅっぱーつ、進行!」
イノシシのうんてんしゅさんはホッとした顔をしてとびらを閉め、バスをはっしゃさせました。

<その2>
バスのまん中あたりには、ピンとのりのきいた白いぼうしをかむったアナグマのお母さんが、おくるみの中に3びきの赤ちゃんアナグマをかかえてすわっていました。
横にはきっちりまいた雨かさがありました。

一番後ろの広い席には、青々とした葉っぱのついたダイコンをまくらにして、まるくなってねむるヤマネのおじさんがいました。
ヤマネのおじさんは朝までどうろ工事の仕事をしていて、スズランびょういんのうら山にあるおうちにかえるところでした。

頭の下にある葉つきのダイコンは、おじさんがひとばんじゅうはたらいたおきゅう金としてもらったものでした。
「お客さん! バスの中ではボールつきはしないでくださいね」
イノシシのうんてんしゅさんがパリッとした声で言いました。
「ボールがころげたらきけんです。ほかのお客さんのごめいわくになりますからね」
(しかられちゃった)
チャン小熊ねずみの心ぞうがもっとドキドキしてきました。
(またしかられたらどうしよう)
チャン! チャン! チャン! チャン!
(ボールをつくのをやめなくちゃ)
そう思うものの、ボールつきはやめられません。(次のページに続く