アーカイブ

第4話 出会い

とろん。
辺りがゆれて、次の瞬間・・・そこにはとってもきれいなブルーのしずくの男の子が立っていました。しずくの男の子の体はすきとおっていて、まるでみずうみの底の様にゆらゆらゆれて見えました。大きさは、もえちゃんのこしぐらいでしょうか。
プルプルゆれています。

「・・・あ、あなた、だぁれ? マ、ママぁ・・・っ!」
あわわ。もえちゃんはあんまりびっくりして、声が出ません。何これ⁉︎  夢を見ているのかなあ。

「こわがらないでりボク、ナミダくん」
しずくの男の子はにっこり笑いました。
「だれかがかなしい時、泣いている時にあらわれるようせいなの。ボクね、今修行中なの」
「じゃあこれ、夢じゃないの?」
「うん」
ナミダくんはにっこり笑いました。

「これからしばらく、ボクはキミのそばにいるからね。それが修行だから」
修行?
もえちゃんは首を傾げます。
「修行ってなあに?」

「ボクたちナミダのようせいはね、一人前になるために、だれかをにっこりしあわせにしなきゃいけないの。ボクはキミをえがおにしたい。かなしいお顔はいやだな。ボクはみんなにわらってほしい。えがおって、すてきだよね。ボク、だいすき」
ナミダくんはそう言って、にっこりとわらいました。

第3話  もえちゃんのなみだ

ギュッ。
もえちゃんは泣きながら、小さいときからの宝もののふわふわのテディベアを抱きしめました。
このテディベアは、もえちゃんの一番の宝ものです。
1年生になった時に、大好きなおじいちゃんが買ってくれたんです。
クマのぬいぐるみ
泣き虫なもえちゃんはこのテディベアくんが一緒じゃないと、今でも夜ひとりで眠れないんです。だって・・・夜って暗いじゃないですか。オバケさんがうようよいるような気がして、夜中にトイレにも行けないんです。
それで3年生の今でも、もえちゃんはまだトイレの時にはこっそりと夜になるとママを起こしていました。

もちろん、これはゆうちゃんとりんちゃんにもひみつです。ゆうちゃんとりんちゃんは、ふたごです。初めてできたお友だちなんです。

もしこんなことがバレちゃったら、笑われちゃうって思うんです。3年生は、大きいんです。お姉ちゃんなんです。
でも今、もえちゃんはお姉ちゃんなんかじゃないって思うんです。

3年生は子どもで、それでちょっとだけ大人なんです。ちっちゃな子どもなんかじゃないんです。
パパもママも、だあれもあたしのこと分かってくれないんだあ。
なみだがたくさんたくさんあふれてきます。
ヒッヒッ。
泣きすぎて、だんだんと苦しくなってきました。ティッシュで鼻をぐしゅぐしゅした時でした。

「・・・かなしいの?」
不意に部屋のどこからか、やわらかい、かわいい子どもの声が聞こえてきました。それはまだ幼い男の子の声でした。

「だ・・・だぁれ?」
鼻をぐしゅんとすすって、もえちゃんはあわててテディベアから顔を上げました。

「だっ、だれかいるの?」
「泣いているんだね」
やさしい声が聞こえてきました。声といっしょに、目の前がゆがみました。

第2話 そんなのないよっ!

「おひっこし?」
もえちゃんはあんまりびっくりしちゃって、頭の中が真っ白です。

これはもしかして、何かのじょうだんでしょうか。
ママとパパ、ふざけているのかなあ?
でもそうじゃありませんでした。

パパは口を開きます。
「そうなんだよ。パパのお仕事の都合でね。急でごめんね」
パパがすまなそうに、もえちゃんを見ています。
「もえちゃん・・・分かるわよね? もう、3年生だもんね。お姉ちゃんだもんね」
ママの言葉をもえちゃんはさえぎります。

「わっ、わかんないよっ! ママになんかっ!」
じわっとなみだがあふれてきます。
「だって・・・だって・・・そうしたら、ゆうちゃんともりんちゃんとも・・・お別れ・・・っそんなの・・・いやだぁ・・・っ」


もえちゃんは泣きながら、自分の部屋に走っていきました。
ゆうちゃんとりんちゃんは、もえちゃんの大事なおともだちなんです。

いつだって3人は一緒に遊んでいました。お絵かきだって、ボール投げだって、ゲームだって。
お互いのおうちにあそびにも行ってます。これからもずぅっといっしょだって思っていたのに。
パパもママも、あたしのことなんかちっとも分かってくれてないんだあっ。
わああんっ。
(つづく)

 

第1話 びっくりニュース

そのびっくりニュースは、夜ごはんの時間にいきなりママが言ったんです。
今日のごはんはもえちゃんの大好きなからあげです。
うきうきしてはしをのばします。

「もえちゃん。ちょっとお話があるんだけど」
ん? なんだろう?
からあげをぱっくんと大きな口を開けてほおばっていたもえちゃんは、キョトンとしました。
どうしたんでしょうか。パパとママは顔を見合わせて、気まずそうにしています。
なかなか話してくれません。

「ママあ。どぉしたのぉ?」
「ええとね・・・もえちゃん」

こほん。ママはそこで一つ、せきをしました。
「食べながら聞いてくれるかな? 実はね・・・来月、わが家はお引っこしすることになったの」「え・・・」

文字通り、もえちゃんの目はまんまるになりました。
「お引っこし?」
(つづく)

自分ががんばることで、がんばれる人がいる

その日の夜。ソラは勇気を出して、
「ボク! チアリーダーになる!」
とパパとママに宣言しました。
「おおそっか」
「あらそう」
パパとママはソラがひょうしぬけするほど、あっけらんかんとしています。ソラは心配になって、もう一度大きな声で言いました。

「ボク、チアリーダーになる!!」
「まだ、なってないじゃん!」
お兄ちゃんが横からツッコミます。パパもママも大笑いです。
「あ、そうだった。えっとボク、オーディション受けます! ・・・なれるかどうかわからないけど」
ソラははにかんだ顔をうかべました。

「あら、なれるんじゃない? だって毎日がんばって練習してるんだもの。大じょうぶよ」
ママにはとっくにバレていたようです。
「やりたい気持ちの箱、ソラが自分であけたんだね?」
パパが確かめるように聞きました。ソラは、チャールズのことを思い出していました。「とりあえずイエス」は、ソラが決めたことになるのでしょうか。

「ソラッ!」
お兄ちゃんが胸をポンポンとたたきました。ソラはゴクリとつばを飲みこむと、
「う、うん! ボクが決めました!」
ときっぱりとパパの目を見て答えました。
「じゃぁ、大じょうぶだ! あとは自分を信じて、自分を応えんしなさい。ソラがソラの最強の応えん団になりなさい」
「ボクが・・・ボクの応えん団?」
「そうだよ。ソラは他の人を応えんしたいって、言ってただろう? だったら自分のことを応えんしなきゃ」
「他の人を応えんしたいのに、なんで自分を応えんするの?」
「ソラががんばることが、みんなを応えんすることになるからだよ」
ソラのひとみは、いつになく力がみなぎっていました。
「わかった。ボク、最後までがんばる! ボクを応えんする!」
絶対に最後まであきらめない。ソラは心にちかいました。

やりたい気もちの箱をあけてみよう

その晩は家でも「チアリーダー」の話題でもちきりでした。
「スタジアムで見たようなチアリーダーにソラもなれるぞ〜!」
「ソラ、チアリーダーになりたいって、言ってたものね〜。良かったわね!」
パパもママもソラがオーディションを受けると決めつけているようです。

「トータッチできないとダメだもん」
ソラは乱暴に答えると、テレビをつけました。
「あらぁ、トータッチってなぁに?」
とあっけらかんと聞くママ。ソラは答えたくなかったので、わざとテレビのボリュームを大きくしました。

「こういうヤツだろ?」
お兄ちゃんがぶかっこうに前後に足を開いてジャンプしました。
「それって『きんちゃんジャンプ』じゃないの?」
「ママはずいぶんとなつかしいこと言うなぁ」
ママもパパもお兄ちゃんもお腹をかかえて笑っています。ソラは自分の部屋に、にげたくなりました。でも、それもこどもっぽい気がして、必死でがまんしました。

「ふ〜む。トライアウトまで1か月もあるのになぁ。もったいないなぁ。自分でできないって決めちゃって」
パパはチラリとソラを見て、ぼそっとつぶやきました。
「それ、ボクのこと?! ボクができないって決めてるってどういうこと?」
ソラは自分でもなぜ、そんなにむきになったのかわからないくらい、ものすごいけんまくでパパにつめよりました。

「ソラはやりたくないのかな?」
パパは落ち着きのある低い声で、ソラに聞きました。
「だって・・・だって、ボク・・・」
ソラはパパをジッと見つめました。

「やりたい気持ちの箱は、ソラにしかあけられないんだぞ」
「やりたい気持ちの箱?」
「ああ、そうだよ。やりたい気持ちの箱は、自分であけるものだ。自分で限界を決めなければ、可能性は無限大にひろがっていくぞ」

大人への階段

「カムオン!!  タイガー!!!」
「ゴー、アラバマ! ゴー!」
「レゴー! アーバン!!!」
地鳴りがするような声えんが、アメリカンフットボールのスタジアムにひびいています。お兄ちゃんもパパも、ソラが聞いたことないような大声を張り上げています。グラウンドには、ガンダムのような大きな男の人たちが取っ組み合いをしたり、走ったり、追いかけたりしていました。

「きやぁぁ〜〜!!!」
ぶつかった人がはね飛ばされたしゅん間、ソラも思わず立ち上がって、大きな悲鳴をあげてしまいました。
アメリカンフットボールはソラが住むアラバマでいちばん人気のあるスポーツです。

「オレはアラバマ大学!」
「私はアーバン大学!」
といったぐあいに、町の人々はこの2つの大学のどちらかのファンに分かれています。パパとお兄ちゃんはアラバマ大学のファンです。おとなりのジョンおじさんといっしょに、いつも応えんに行っています。ジョンおじさんは、昔はアラバマ大学のアメフトの選手だったそうです。

その日、ソラはジョンおじさんに、
「ソラ、今日の試合は盛り上がるぞ! いっしょに行くか?」
とさそわれ、わけもわからずやってきました。ソラの「とりあえずイエス」は、アメリカに来てもうすぐ一年なのに続いていました。

でも、それは以前のように英語がわからないから「とりあえずイエス」と答えているわけではありませんでした。さそわれたときは「イエス」と答えた方が、知らない世界を知ってワクワクしたり、おもしろい発見ができたり、楽しい経験ができるからです。

今のソラは「パパのせいだー!」とワンワン泣いたのがうそみたいに、英語がペラペラになっていました。子どもが大人の話を理解できるようになる区切がわからないのと同じように、ソラもいつのまにか話せるようになっていたのです。人間ってふしぎです。どんなにつらい出来事も、やがて楽しい出来事にぬりかえられていくのですから。

3か月でペラペラはウソ?

初めてのスランバー・パーティはちょっとしげき的でした。でも、ソラはとりあえず「イエス」と答えるのも悪くないなぁと思いました。すごーくワクワクしたからです。
その後もソラは約束したつもりがないのにバーベキューやプールに行きました。ソラだけではありません。お兄ちゃんも約束したつもりがないキャンプに参加し、「初めてホタルみた!」ともりあがっていました。

ママも約束したつもりがないお料理教室にアーリンさんと参加し、
「てっきりみどり色のおとうふだと思ったら、アボガドっていうらしいのよ〜」
と声をはずませました。
ひとつだけこまったのは、ママの「かんちがい」が大全開になったこと。そのせいでソラはひどい目にあってしまったのです。

「なぞの黒い物体事件」は、ビュッフスタイルのレストランで起こりました。サラダバーでソラが、何をとろうか迷っていたときのことです。
「まぁスゴイ! ソラちゃん、見て!」
ママがすっとんきょうな声をあげました。そこには「真っ黒い物体」が盛られていました。

「これ、なぁに?」
「巨峰よ! ソラ大好きでしょ? たくさん取りなさい!」
「ええ〜?? 巨峰なの?!」
「そうよ。巨峰よ!」
「ヤッタ〜!」
ソラはウェイトレスさんに笑われるほど、たくさんの巨峰をお皿に取りました。

ところが、です。
「・・・オエッ〜〜〜〜」
ソラは口に入れたとたん、吐き出してしまいました。
「なぁにこれ! 巨峰じゃないわぁ」
ママもしぶい顔でぺッと吐き出しました。

なんと! 黒い物体はオリーブ! 巨峰ではなくオリーブだったのです!
「巨峰とまちがうなんて、ママらしいなぁ」
パパはのんきに笑ったけど、苦くてしょっぱいオリーブは地ごくでした。それからしばらくのあいだ、何を食べても地ごくの味しかしませんでした。最悪です! ソラは一生オリーブは食べない!と心にちかいました。

とりあえずイエス!

なんとかかんとか1週間がたち、お友だちもできたソラ。よほどつかれがたまったのでしょう。夕食後、テーブルにうつぶしたままうたたねをし、おかしな夢をみました。

日本の教室で算数の授業を受けています。先生はミズ・タナーです。ダイアンとはなちゃんがいます。マイクがみどりちゃんに意地悪をして、リサがおこっています。ソラはミズ・タナーに見つからないよう、こっそりはなちゃんにメモをわたしました。はなちゃんはクスッと笑いダイアンに見せました。ダイアンはニヤニヤしながらメモに何か書くと、ソラにわたしました。

ところが、ソラには書いてある文字が読めません。見たこともない文字です。顔をあげると、はなちゃんとダイアンがヒソヒソ話をしていました。ソラは急に悲しくなってきました。心の中でイモ虫がモゾモゾと動き出してしまったのです。

「ソラ! 早く準備しなさい!」
遠くから聞きなれた声が聞こえてきます。
「ソラ、起きて!」
ママです。ママの声です。
びっくりして目をさますと、ママとパパがあわてた顔で立っていました。

「ダイアンのパパから電話があったわよ!」
「今夜、ダイアンのおうちにとまりに行く約束みたいだぞ!」
ママもパパもものすごい早口です。一方、ソラは、まだ夢の中にいるみたいにボーッとしています。

たった一人の外国人

今にも落ちてきそうな真っ黒な雲、耳をつんざくほど大きなカミナリ、ソラとミリンダはハァハァ言いながら家に着きました。
「ソラ〜〜〜シーユー!!」
「ミリンダ〜〜、バーイ!!」
「ソラ〜〜!! 早くおうちに入って!! ミリンダ〜サンキュー!」
ママが金切り声でさけびました。

ソラはブルブルふるえ、歯もカチカチして、口がうまく閉じませんでした。「もう、いっかんの終わりかもしれない」と思ったソラは、あわてて日本のおじいちゃんとおばあちゃんに遺書を書きました。
「おじいちゃん、おばあちゃん。ソラは死にますーー。お元気で。さようなら」
その日は「死なずにすんだ! 運がよかったんだ!」と喜んだソラでしたが、トルネードは次の日も、その次の日もやってきました。なんとソラの住んでいる町はトルネードの通り道だったのです。

「まぁ、夕立みたいなもんだな」
とパパが教えてくれました。みんなトルネードけいほうが出ると、バスタブにかくれたり、地下室で通り過ぎるまで待ったりするそうです。ソラは本当にビックリでした。

「2階でねていたおばあさんが、トルネードが通り過ぎたら、1階のソファにねてたんだって」とか、
「走っていた車がちゅうにういて、車庫に勝手に移動したらしいよ」とか。パパはウソかホントかわからないお話もしてくれました。