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もうじき7月。雨ばっかりでつまんない。
外で野きゅうがしたい。
ほかの2年生よりも先に、ホームランがうちたいな。

「フウ、そろそろ、おにぎりはウメボシでいいよね」
お母さんは、れんしゅうの日に、おにぎりを作ってくれる。
「えー。カラアゲがいいなあ」
シャケや、シーチキンマヨネーズでもいいのになあ。

「食べものがいたまないように、ウメボシが一番なんだぞ」
じいちゃんが、はたけ用のかごをテーブルにドンとおいた。
とくいげに、はながフゴフゴ、フンフンうごいている。
かごの中には、みどり色のなにかが、どっさり入っていた。
ビー玉みたいにまん丸だった。

「ウメだ。もいできてあげたぞ。それも小ウメだ」
「じいちゃん、これどうするの?」
ぼくとお母さんは、ぴったり声が合わさった。
「ウメボシ、つくれ」
じいちゃんは、テレビをつけて、おさけをのみはじめた。

「わたし、やったことないですよ」
お母さんが、なきそうな顔をした。
「しらねえ。おらだって、やったことねえもの」
ぼくは、ムカっとした。
いつだって、じいちゃんは、こうなんだ。いばりんぼうだ。
「じいちゃん、むせきにんだ!」
ぼくをむしして、おさけをのんでいる。
ますますムカつく。

ピキッ。
小さな音がした。
回っていた公園が、足の下で、ピタリと止まったのがわかる。
うすーく、目を開けてみた。
前に立っているのは、あいつ、じゃない。
ようちゃんだ。
くつのかかとのはしっこで、ラムネスイッチをふんづけているけど、気づいていない。

ぼくは、そーっと、あたりの様子をうかがった。
あいつのすがたは、どこにもなかった。
「どうしたの」
ようちゃんが、不思議そうな顔をする。
「そっちこそ。英会話は?」
「うーん。おまえと、けんかしたまま行くの、いやだ、って思ってさ」
「ふーん」

ぼくは、ゆっくり立ち上がった。
まだ、足元が回っているみたいだ。
「もしかして、ぐあい悪い?」
ぼくの顔色を見て、ようちゃんが言った。
「ん。ちょっとね」
「帰ったほうがいいよ」
「うん」
ようちゃんは、公園のすみに転がっていた、ぼくのボールを取って来てくれた。

地面が、ものすごいいきおいで動いてる。
さっきより、回転が速くなっているんだ。
背中に冷たい汗が流れて、気持ちが悪くなってきた。
ジャングルジムから、そろり、そろりと下りた。
目が回って、まっすぐ立っていられない。
しゃがみこんで、そいつにたのんだ。

「ねえ。公園、止めて」
「ハ。ハ。エンジョォーイ!」
そいつは、ジャングルジムのてっぺんで、知らんぷりして、クネクネおどっている。
「止めて!  ストップ!  ストップ!」
「ストップ。ワァイ?」
ワァイ。ホワイ。なぜ、っていう意味だ。このくらいなら、ぼくにもわかる。
「気持ち悪いから!」
オエッと、もどすまねをして見せたら、そいつは大げさに肩をすくめて、
「オウ」
って、なげいた。

ぐるぐる ぐるぐる。
公園の地面が、回り始めた。
地面の上の、ぶらんこも。
すべり台も。シーソーも。
ジャングルジムも。鉄ぼうも。
砂場も。ぼくも。
ぐるぐる ぐるぐる。
「うわあ」
「ショウタ~イム!」

気がついたら、ぼくは、回る遊具で、そいつと仲良く遊んでいた。
「ぶらんこ乗ろうよ!」
「スウィング。オーケイ」
「ひゃあ、目が回る!次はすべり台!」
「スラーイド。グーッド」
地面が回っているだけで、公園の遊具はどれもこれも、遊園地の乗りものレベルにパワーアップ。
はくりょく満点だ。

「ヘイ! ユー!」
うしろから、明るく声をかけられた。
「ストップ。ストーップ」
ふりむくと、そこには、見たこともないやつが立っていた。
大きさは、ぼくと同じくらい。
英語のアルファベットの大文字と小文字が、黒い虫みたいにウネウネしながらからまり合い、人間っぽい形をつくっている。
目も、鼻も、口も、アルファベットでできていて、動く文字のすきまから、むこうの景色が見えるんだ。

「ひええ。おばけえ」
さけんだつもりだったけど、かすれた声しか出ない。
そいつは、ぼくのパニックにおかまいなしに、地面のラムネを指さした。
「スウィッチ」
しゃべると、口の形がOになったり、Hになったりする。
「ス、ウィー、ッチ」
月に何度か学校に来る、英語のトム先生みたいな発音だ。
声まで、ちょっと似ている。
トム先生の教える歌やゲームは楽しくて、勉強ぎらいのぼくも、アルファベットが読めるようになったんだ。
ようちゃんは、
「学校の英語は、かんたんすぎる」
なんて、言うけどさ。
トム先生に声が似てるなら、こいつも、悪いやつじゃないのかも。

おさななじみのようちゃんと、けんかした。
理由は、ようちゃんの約束やぶり。
4年生になって、英会話と、じゅくに行きだしたようちゃん。
ぼくとサッカーするはずだった公園に、英語のレッスンバッグを持ってきて、
「悪い。おれ、今から英会話だ」
なんて言うから、カチンときたんだ。
「また? おとといも、じゅくのふりかえがあるからって、約束やぶったばっかりだ」
ようちゃんとぼくは、同い年。
保育園からずっといっしょで、けんかなんて、今までしたこと、なかったのに。
ぼくが怒ったら、ようちゃんも、むうっとむくれて、だまって走っていってしまった。

ぼくは急いでラーメン屋に向かった。
またちがう犬がラーメンを食べていた。
「今日も負けたねえ」
と言って笑ったおじさんに、ぼくは首を振って言った。

「ちがうんです。おじさんにお願いがあるんです」
「なんだい?」
「朝のチラシくばり、ぼくにやらせてくれませんか」
おじさんはびっくりして聞いた。
「アルバイトかい?」
ぼくはまた首を振った。

「ただでいいです。早起きしてランニングしたいんです。だからちょうどいいと思って」
「そりゃあくばってもらうとありがたいけど。おじさんももう少し朝ねぼうしたいし。じゃあ、たのもうかな」
「ありがとう」
ぼくは頭を下げた。おじさんはどっさりとチラシを取り出した。
「これ明日の分だから。今日持って帰って、明日の朝くばっておくれ」

ぼくはチラシを受け取り、そして犬を見てにやりと笑ってやった。
ぼくはある作戦を考えていた。
チラシにこのバラのスプレーをふりかけてやるのだ。
そうすれば、犬は取るのをあきらめるにちがいない。

翌日の朝早く、「ランニングしてくる」とお母さんに言って家を出た。
そして犬のいる家の前で、やつが出てくるのを待ち伏せした。
近くに止まっている車のかげに隠れる。
しんぼう強さがいる行動だが、刑事さんになったつもりでがんばった。

しばらくすると、門をグリンとくぐって犬がすがたを現した。
(やった!)
と心の中で叫び、ぼくは犬の後をつけ始めた。
のんびりと歩いていた犬は、二丁目から一丁目に入ったとたん、キッと顔をあげて、横にあった家のゆうびん受けをにらんだ。
そしてにょきっと立ち上がると、ゆうびん受けに手をつっこみ、中にあるものを取り出した。犬の手は小さい。差し入れ口からすっぽりと入ってしまう。

朝早いのでゆうびん屋さんはまだ来ていない。
入っているのは新聞とチラシ。
犬は新聞だけゆうびん受けの中にもどし、チラシだけをうばい取った。
そしてそれを何けんもの家でくり返した。

家にもどってから、ぼくは考えた。
マサオが知らないなんておかしい。まさかうちだけに入っているわけないし。
よし、調べてやろう。

ぼくは近所の友達たちに電話をかけて、チラシのことを聞いた。
するとおどろいたことに、だれもチラシのことを知らなかった。
そんなバカな・・・。
じゃあ、チラシをもらっているのは、ぼくと犬だけってことか?
ありえない。
そういえばあの犬はどこの家のやつらなんだろう。
よし、つきとめてやろう。

次の日の朝、ぼくはまたゆうびん受けにとんで行った。
「春休みなのに早起きねえ」とお母さんはあきれていた。
チラシは今日も入っていた。
またバラをけ散らしダッシュで店に向かう。

いきおいよくとびらを開けると、そこにはきのうとおなじ光景が・・・。
また犬がいた。
きのうのヤツとは少しちがう種類だ。
ラーメン無料②
きのうと同じ席に座り、右足ではしをつかみ、左足でレンゲを持って、すくったスープをふうふうと吹いている。
ラーメンの湯気で、毛が少しぺったりとしていた。

ぼうぜんとしているぼくにおじさんが気がついて、
「ああ、きのうのボク。悪いねえ、今日も二番目だよ」
と気のどくそうに言った。
ぼくが犬に目をやり、
「一番はあいつ?」
と聞くと、おじさんはうなずき、
「チラシ持ってきたしねえ」
と昨日と同じように答えた。
またもがっかりして店を出る時、犬がこちらを向いてニヤッと笑ったように見えた。

ラーメンを目の前にしながら、二日もチャンスをうばわれてしまった。しかも犬に。
今日こそ負けてなるものか!と走って乗り込んだ次の日も、犬がいた。
その次の日も犬がいた。くやしくてたまらなかった。