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「ヘイ! ユー!」
うしろから、明るく声をかけられた。
「ストップ。ストーップ」
ふりむくと、そこには、見たこともないやつが立っていた。
大きさは、ぼくと同じくらい。
英語のアルファベットの大文字と小文字が、黒い虫みたいにウネウネしながらからまり合い、人間っぽい形をつくっている。
目も、鼻も、口も、アルファベットでできていて、動く文字のすきまから、むこうの景色が見えるんだ。

「ひええ。おばけえ」
さけんだつもりだったけど、かすれた声しか出ない。
そいつは、ぼくのパニックにおかまいなしに、地面のラムネを指さした。
「スウィッチ」
しゃべると、口の形がOになったり、Hになったりする。
「ス、ウィー、ッチ」
月に何度か学校に来る、英語のトム先生みたいな発音だ。
声まで、ちょっと似ている。
トム先生の教える歌やゲームは楽しくて、勉強ぎらいのぼくも、アルファベットが読めるようになったんだ。
ようちゃんは、
「学校の英語は、かんたんすぎる」
なんて、言うけどさ。
トム先生に声が似てるなら、こいつも、悪いやつじゃないのかも。

おさななじみのようちゃんと、けんかした。
理由は、ようちゃんの約束やぶり。
4年生になって、英会話と、じゅくに行きだしたようちゃん。
ぼくとサッカーするはずだった公園に、英語のレッスンバッグを持ってきて、
「悪い。おれ、今から英会話だ」
なんて言うから、カチンときたんだ。
「また? おとといも、じゅくのふりかえがあるからって、約束やぶったばっかりだ」
ようちゃんとぼくは、同い年。
保育園からずっといっしょで、けんかなんて、今までしたこと、なかったのに。
ぼくが怒ったら、ようちゃんも、むうっとむくれて、だまって走っていってしまった。

ぼくは急いでラーメン屋に向かった。
またちがう犬がラーメンを食べていた。
「今日も負けたねえ」
と言って笑ったおじさんに、ぼくは首を振って言った。

「ちがうんです。おじさんにお願いがあるんです」
「なんだい?」
「朝のチラシくばり、ぼくにやらせてくれませんか」
おじさんはびっくりして聞いた。
「アルバイトかい?」
ぼくはまた首を振った。

「ただでいいです。早起きしてランニングしたいんです。だからちょうどいいと思って」
「そりゃあくばってもらうとありがたいけど。おじさんももう少し朝ねぼうしたいし。じゃあ、たのもうかな」
「ありがとう」
ぼくは頭を下げた。おじさんはどっさりとチラシを取り出した。
「これ明日の分だから。今日持って帰って、明日の朝くばっておくれ」

ぼくはチラシを受け取り、そして犬を見てにやりと笑ってやった。
ぼくはある作戦を考えていた。
チラシにこのバラのスプレーをふりかけてやるのだ。
そうすれば、犬は取るのをあきらめるにちがいない。

翌日の朝早く、「ランニングしてくる」とお母さんに言って家を出た。
そして犬のいる家の前で、やつが出てくるのを待ち伏せした。
近くに止まっている車のかげに隠れる。
しんぼう強さがいる行動だが、刑事さんになったつもりでがんばった。

しばらくすると、門をグリンとくぐって犬がすがたを現した。
(やった!)
と心の中で叫び、ぼくは犬の後をつけ始めた。
のんびりと歩いていた犬は、二丁目から一丁目に入ったとたん、キッと顔をあげて、横にあった家のゆうびん受けをにらんだ。
そしてにょきっと立ち上がると、ゆうびん受けに手をつっこみ、中にあるものを取り出した。犬の手は小さい。差し入れ口からすっぽりと入ってしまう。

朝早いのでゆうびん屋さんはまだ来ていない。
入っているのは新聞とチラシ。
犬は新聞だけゆうびん受けの中にもどし、チラシだけをうばい取った。
そしてそれを何けんもの家でくり返した。

家にもどってから、ぼくは考えた。
マサオが知らないなんておかしい。まさかうちだけに入っているわけないし。
よし、調べてやろう。

ぼくは近所の友達たちに電話をかけて、チラシのことを聞いた。
するとおどろいたことに、だれもチラシのことを知らなかった。
そんなバカな・・・。
じゃあ、チラシをもらっているのは、ぼくと犬だけってことか?
ありえない。
そういえばあの犬はどこの家のやつらなんだろう。
よし、つきとめてやろう。

次の日の朝、ぼくはまたゆうびん受けにとんで行った。
「春休みなのに早起きねえ」とお母さんはあきれていた。
チラシは今日も入っていた。
またバラをけ散らしダッシュで店に向かう。

いきおいよくとびらを開けると、そこにはきのうとおなじ光景が・・・。
また犬がいた。
きのうのヤツとは少しちがう種類だ。
ラーメン無料②
きのうと同じ席に座り、右足ではしをつかみ、左足でレンゲを持って、すくったスープをふうふうと吹いている。
ラーメンの湯気で、毛が少しぺったりとしていた。

ぼうぜんとしているぼくにおじさんが気がついて、
「ああ、きのうのボク。悪いねえ、今日も二番目だよ」
と気のどくそうに言った。
ぼくが犬に目をやり、
「一番はあいつ?」
と聞くと、おじさんはうなずき、
「チラシ持ってきたしねえ」
と昨日と同じように答えた。
またもがっかりして店を出る時、犬がこちらを向いてニヤッと笑ったように見えた。

ラーメンを目の前にしながら、二日もチャンスをうばわれてしまった。しかも犬に。
今日こそ負けてなるものか!と走って乗り込んだ次の日も、犬がいた。
その次の日も犬がいた。くやしくてたまらなかった。

『ラーメン無料サービス 早いもの勝ち 一日一名さま』
ゆうびん受けに入っていたラーメン屋のチラシには、そう書いてあった。
ぼくはおもわずガッポーズをした。
駅前にできた新しいラーメン屋だ。気になってたんだ。
ラーメン無料①
ぼくはラーメンが大好きだ。ラーメンがキラいな子供なんてきっといないぞ。ぼくのまわりの3年の友だちの中にも絶対いないにちがいない。
しかし、大人の中にはいる。ぼくのお父さんだ。

お父さんはラーメンがキラいだ。
信じられないことだけど、それにはわけがある。
お父さんは鼻にアレルギーを持っている。
ラーメンを食べると必ず鼻水がいっぱい出て、鼻がつまってフガフガの鼻声になる。
それがどうしてダメなのかというと――

うちのお父さんは花を作っている。家の庭や玄関先で。
その花から、よい匂いのする花のスプレーを作っている。
だから鼻がつまると仕事ができない。
だからラーメンを食べない。
だからぼくも連れていってもらえない。
ゲームを買うためにためているおこづかいをラーメンで使ってしまうのはもったいないし。
もう一度チラシをよく見ると、「このチラシを持参すること」と書いてある。
「よし!」
まだ朝だ。朝からラーメンを食べる人はきっと少ない。いけるかもしれない。
ぼくはチラシを握りしめ、気合いをいれた。ゆうびん受けの側にあるお父さんの大切にしているバラをけ散らし、かけだした。

バ、バーン! ドーン!
ナラ山に着くと、体長10mのモゲラノドンがあばれている。
木をひっこぬき、山をくずしている。

「おい、モゲラ!」
ぼくが声をかけると、いきなり大きなツメをふりかざしてきた。
バーン!
木がまっぷたつになって、ふきとんだ。その時だ。
「ハチくーん、たすけて!」
たおれてきた木に、クマさんが足をはさまれた。
えーい!
ぼくは木をうごかした。

「ハチくん、あぶない!」
クマさんの声にふり向くと、モゲラがぼくをふみつぶそうとしてきた。
ぼくはモゲラの大きな足をうけとめた。
でも、ウエアのせいで、力がでない。
お、重い・・・。
このままではつぶされてしまう。

「ハチくん、そんなところに立っていないで中にはいりたまえ」
「・・・」
くやしさと悲しさで、ぼくのからだはふるえていた。

「どうしたんだ、ハチくん」
「ぼく、みんなにめいわくをかけてたんです・・・」
ぼくはがっくりとうなだれた。
「そんなに落ち込むんじゃない。正義の味方、戦隊ヒーローが台なしだぞ」
「もうかいじゅうをやっつけられなくてもいい。ぼく、弱くなりたい」
「国からたくさんのお金をもらって、君らを作ったんだ。かいじゅうがあらわわれた時に変身してやっつける。それがハチくんの使命なんだよ」

「いやだ! 弱くなるよう変身させてください、博士」
「困ったなあ。そりゃむりだ」
博士は頭をかいた。

どうして? ぼくは思わずかべをたたいた。
ボッコ~ン!
かべにあなが開いた。
「こんなの、いやだー」
バーン!
軽くさわっただけで、ドアがはずれた。
「このばか力をなんとかしてよー」
「ハチくん、そんなことをいうんじゃないって」
「だって、だって~」
「そうだ! ハチくん、ちょっとまっていなさい」

お、あれが、セミラーか。ぼくの友だちが平和にくらしているんだぞ。ゆるさん!
ジャンプしながら、大きく変身!
そして、うしろからセミラーの羽にチョップ!

「ガ、ガ、ガ、グォー!」
セミラーのさけび声とともに、羽がとれた。
こうてつパンチを食らえ!
木をなぎたおしながら、セミラーはひっくりかえった。
足をばたつかせているところをもちあげ、うちゅうキック!
「月で反省してろ~!」