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「ほれ、どうだ。食べものだぞ」
オオカミが、くわえていたシャツをはなした。男の子は、ポテッと地面におちる。
「いったぁぁっ!」
ざっくりと、おしりに何かのトゲがささり、男の子は悲鳴を上げてころげまわった。
「いたいぃぃ! 何これ!」
おしりをさすりながら見てみると、周りには、くりのイガがごろごろ。
「おれはこういうのは食わないが、人間は食うだろ。さっさと食え。そして太れ」
オオカミにうながされて、男の子は、おそるおそる、くりのイガに手をのばした。
トゲをつまむようにして、そっと持ち上げ・・・そのままじっと、固まったように動かない。

「・・・どうした?はらがへってるんだろう。早く食え。そして太れ」
オオカミが、横からつっつく。男の子は、こまったような顔をした。
「これ・・・どうしたらいいの?」
「はぁ?」
オオカミは、ぽかんと大口をあけた。

「どうしたらって、食えばいいだろ? 人間は、くり、食うだろ?」
「いや、何て言うか、ぼくの知ってるくりとはちがうって言うか。これじゃ、食べられないんだけど」
男の子は、しげしげとトゲのかたまりをながめ、くるりと回してみたり、高く持ち上げて下からながめてみたりする。

「ぼくがいつも食べてるくりは、もう、トゲとか、なくってさ。パックに入ってるんだ。おうど色で、甘いにおいがして、そのまま食べられるの。お店で買ってくるんだ」
どうやら男の子は、くりといえば、パックの甘ぐりしか見たことがないようだ。

「くりを、わざわざ店で買うのか? 家の庭に、くりの木くらい、生えてるだろ?」
オオカミが、きょとんとして言う。
「庭なんて、あるわけないじゃん。マンション住まいだもの。都会の住宅事情を甘く見ないでよ。それより、これ、パックのくりに、してくれない?」

「おれに言うなよ。おれは、肉しか食わないんだ。くりのパックづめなんて、したことないぞ。そういうのは、人間の方がくわしいだろ」
「えー・・・。どうしよう。このトゲトゲを取ったら、パックのくりが出てくるのかな」

キリキリキリキリキリ・・・。
からっぽのおなかが、しめつけられるように痛む。体に力が入らない。
「もぉ歩けないよぉ・・・」

男の子のつぶやきは、弱々しく、木と木の間に消えていった。
リュックに入っていたおにぎりも、クッキーもチョコもキャンディーも、もうぜんぶ食べてしまった。
さいしょに、このリュックをしょった時には、「重いな。おにぎりが大きすぎるんだよ」なんて思ったのに、今は、軽くなったリュックがうらめしい。

男の子は、迷子だった。もう3日も前から、森の中をさまよっている。
(だからぼくは、こんなイベント、いやだって言ったのに。家でゲームでもしてりゃ、こんな目にあってないのにさ)

森の中のハイキングコースを歩いて、広場でお弁当を食べる。そんなイベントに、パパが勝手に申し込んでしまった。
(ぼくが、やせっぽちで、体力がないって?『子どもはもっと、太らなきゃだめだ。たっぷり食べて、しっかり運動だ!空気のおいしい森なら、ごはんもおいしいぞ』とか言っちゃって。大きなおせわだよ)
パパが、一人で行けばいい。
そう言ったのに、親子で参加するイベントだからと、ムリヤリ連れてこられたのだ。

はらが立ったから、ちょっと困らせてやろうと思った。こっそりコースをはずれて、広場に先回り。パパたちが着いたら、「やぁ、おそかったね」なんて、すずしいかおで言ってやろうと思ってたのに・・・。

 10 小鳥になったトト

「アディ、ぼくだよ」
トトによばれて、アディはわれにかえりました。
そこには白い小鳥がいました。
ちっともペンギンには見えません。
なのに、アディはそれがトトだと分かりました。

「トト!」
アディはトトをだきしめました。
なみだがあふれて、止まりません。
「ごめんね、トト! あたしのせいで」
「どうしてあやまるの、アディ?
ぼくは、今、神様の庭にいて、とても幸せなんだ。
ほら、見てよ。神様は、ぼくに、こんなにすてきなつばさをくれたんだよ。
ぼくがペンギンだったころ、ちっとも大きくならなかったのは、こんな風に、神様から、つばさをもらうためだったんだね。
今のぼくは、自由に、空を飛べるんだ! 最高だよ!」

「ちがうよ、トト! 飛ぶより、泳ぐほうが、ずっと、楽しいんだよ。
ペンギンでいるって、そりゃあ、すばらしいことなの!
それを教えたくて、どうしても、あんたをつれもどしたかったの。
ねえ、神様の庭なんか、にげだして、あたしと北の海に行こう!
海はすてきだよ! おいしいエサでいっぱいだし、氷の島でひなたぼっこすると、そりゃもう、気持ちがいいの。あたしたちはペンギンでいるのが、一番、幸せなんだよ!」

9 ペネロープ

「夢でも見ているのかしら」
スクアノタカラが光を放ち始めると、オーロラが、どんどん、低く、下りてきて、アディのまわりを、緑色の光で取り囲みました。

その中で、音もなくドレスをひらめかせるオーロラの姫君たち。
「3人? 10人? ちがう、もっともっといる」

アディは、こわくて、さけびそうになりました。すきとおった少女たちの目の、何という冷たさ!
「決して、動いても、声を出してもいけないよ」
アディは、モルテンの言葉を思い出し、けんめいに、こらえて、じっと、立っていました。
すると、ひそひそと話す、姫たちの声が聞こえました。

「きれいな宝石。私のむねをかざるペンダントにふさわしいわ」
「いえ、私のかみかざりにこそ、ちょうどいいわ」
どうやら、姫たちの間に、宝石をめぐる争いが始まっているようです。
アディは耳をそばだてました。

「でも、ここに持ち主がいるわよ。若いペンギンだわ」
「持ち主とは言えないわ。その子、死んでいるもの。ほら、ちっとも動かない」
「死んでいても、持ち主は持ち主よ。だまって取るのはどろぼうよ。父君がゆるさないわ」
「父君は、はるか、北の空。ここまでは、見えやしないわ」
「そうよ、そうよ! 宝石は私のもの!」
「いえ、私のよ!」

オーロラたちは、あらそって、スクアノタカラに手を出しました。
とたんに、
「ああ、いたい!」
と、ひとりがさけびました。その手が、石にくっついたまま、はなれなくなったのです。
「たすけて!」
姫は、かなしい声で、さけびましたが、ほかの姫たちは、あわてて、にげていきました。

8 星かげ

太陽は、一日ごとに、低くなっていきます。
ある日、とうとう、太陽は、地平にくっついたまま、横すべりして、その日を終え、次の日には、バラ色と金色の美しい帯を残して、地平線の下に、ぷちんと、消えました。
それから後は、もう、いつまで待っても、顔を出そうとはしませんでした。

アディが生まれて初めて出会う日没です。
でも、空は、まだまだ明るく、おだやか。
「星って、あれかしら」
アディは、深みをましていく空に、点々とともる、小さな光を見て考えます。
「赤いの、ないなあ・・・」

ペンギンの最後の一羽まですがたを消し、もう、残っているのはアディひとりです。
うすやみにしずむ雪の原。
さらさらと、風が流れ始めます。
アディは、首を縮めました。

「雪あらしが来るわ」
アディは、あらしで失くさないように、スクアノタカラを飲み込みました。
間もなく、ビュービューと、目の前が見えないくらいのふぶきになりました。
腹ばいになって、じっと、目を閉じているアディに、あらしは、ビシビシと打ち付け、痛いほどの寒さでしたが、そのうちに、何も感じなくなりました。

ただただ、眠くなりました。
どのくらい、眠ったのでしょう。

7 トウゾクカモメのじゅ文

モルテンは言いました。
「いいかい、空に星が現れたら、天のいただき近くに、とりわけ、明るい、赤い星をさがして、その場所を覚えておくんだよ。オーロラの姫君たちがダンスを始めたら、その星に向かって、初めのじゅ文を、こう、となえるんだ。
『モルテンの名にかけて』
それから、古代トウゾクカモメ語で
『ギャアギャア、ギャギャン、ンギャー!』」

「やだなあ、そんな変な声を出すの」
「やってみて!」
「グェーグェー、グェゲゲー、グエー!」
「それはペンギン語だろ! ちゃんと、トーカモ語、やって!」
モルテンは、アディに、何度も、練習させました。

「そうそう。そんな感じ。
うまくとなえると、星から赤い光が差して、スクアノタカラを同じ色にかがやかせる。
オーロラたちは、美しい宝石が好きだから、たまらずに、地上に下りてくるんだ。
そこを、がっちり、つかまえる!」
「わかった! それから?」
「つかまった姫は、放してくれるよう、たのむから、そこからが取り引きだ」
「取り引き?」

「ああ。弟を神様の庭から連れてきてくれって、たのむのさ。だけど、忘れちゃいけないよ、アディ、オーロラたちは、みな、自分勝手で、うそつきだってことを。
だから、姫が約束したからって、すぐにじゅ文を解いちゃだめだよ、名前を聞き出すまでは」
「わかった、名前を聞くのね」
アディがうなずくと、モルテンは、2つ目のじゅ文を教えました。

「これで、最初のじゅ文が解けるんだ。
『モルテンの名にかけて。
ンギャー! ギャンギャン! ギャアギャアギャア!』」
「さっきのが逆になっただけみたいね」
「注意して。びみょうにちがうよ」

6 スクアノタカラ

仲間が、どう、思っていようと、アディは構いません。じっと、モルテンを待っていました。
でも、なかなか、モルテンはもどってきません。
「だまされたんだよ、アディ。あんなやつのことはわすれた方がいいよ」
「そうだよ。それより、せっせと食べなくちゃ。夏は、いつまでも、続かないんだからね」
仲間たちは、そう、アディをたしなめました。

そうなのです。太陽は、地平を、一回りするたび、少しずつ、低くなっていきます。
それにつれて、光は、少しずつ、弱くなり、その分、風は、どんどん、冷たくなりました。
とうとう、ある日、ペンギンたちは、海岸からのぞむ遠い山々に、太陽が、ふっと、かくれるのを見ました。
雲は金色にかがやき、しばらくの間、山々は、美しいバラ色にそまりました。
それは若いペンギンたちが見る初めての夕暮れでした。
ペンギンたちは、そわそわ、なきだし、いつしか、歌になりました。

グェー グェー
夜が来る  夜が来る
お日様が おひっこしだ
北へ 北へ ひっこしていく
おいかけよう おいかけよう
あたたかい北の海へ!

この日から、ペンギンたちは、一羽、また一羽と、すがたを消しました。北へ旅立っていったのです。

5 モルテン

仲間たちとの毎日は、夢のように楽しいのに、アディは、どうしても、トトのことを忘れることができません。
海には、たくさんのカモメもいます。
空から海面に目をこらし、魚のかげを見つけると、ドボンと、水中につっこんで、つかまえるのです。
アディは、その中に、あのトウゾクカモメがいやしないかと、探すようになっていました。

そして、ある日、とうとう、アディは見つけたのです。
「あ、きっと、あいつだ!」
とぼけた顔に見覚えがあります。片方の目ははれて、半開きになっています。
「トトがぶつかったからだわ!」
アディは、すばやく、およいで、トウゾクカモメの後ろに回り、そのせなかに、ザンブと、大ジャンプ!

「うわあ、何だ!」
アディの重みで、トウゾクカモメはしずみました。
あわてて、うき上がろうとするトーカモを、アディは、両うでで、しっかり、かかえこみました。
もがいても、もがいても、トウゾクカモメは、しずんでいきます。

「あわわ、ブクブク、ブクブクブク・・・」
トウゾクカモメは、つばさをばたつかせ、やっとの思いで、水面に顔を出しました。

「だれなんだ! やめてくれ! 死んじまうじゃないか!」
「だめよ! ゆるさないわ! あんたはトトをさらって、食べちゃったんだもの! あんたも、おぼれ死んで、アザラシや、魚のエサになるといいんだわ!」

「トトだって!? そういう君はアディかい!」
「どうして、あたしの名前を!?」
アディはびっくりしましたが、トーカモをしめつけるのはわすれません。

 4 海

両親は、トトのことで、アディを、少しも、せめませんでした。
「弟の分まで、アディが強く、大きくなればいいんだよ」
親ペンギンの言葉通り、ふたり分のえさをもらって、アディは、どんどん、強く、大きくなりました。

子供たちは、だんだんと、親からはなれて、子供たちだけ、集まってくらすようになりました。
見た目は、まだまだ、もこもこ、灰色でしたが、大きさだけは、親たちと、あまり、変わりません。
それで、トウゾクカモメも、そう、かんたんに、手出しできなくなったのです。
子供たちは、身を寄せ合って、冷たい風や、雪あらしをふせぎながら、親が海から帰ってくるのを待ちました。
その間も、追いかけっこしたり、おなかをぶつけっこしたりして、遊ぶことは忘れません。

中でも、アディは、ずばぬけて大きかったので、走りっこも、おなかのぶつけっこも、いつも、一番でした。
「弟の分まで食べてるんだから、大きくなるのもあたりまえさ」
くやしいものだから、子供たちは、口々に言いました。
「弟はトーカモにさらわれたんだよな。かわいそうになあ、トーカモに食べられちまうなんて。だけど、あんなチビじゃ、トーカモも、食った気がしなかったろうな」
「あんなチビの弱虫、トーカモのえじきにならなくたって、どうせ、いつかは、こごえ死んでいたさ! アディは、あいつの分までエサをもらえて、運がよかったじゃないか!」
アハハハハ!
子供たちは、いっせいに、わらいます。

「うそよ! トトは食べられたりなんか、してない! きっと、どこかに、生きているのよ!」
アディがむきになるので、子供たちは、ますます、おもしろがって、からかいます。
「トトは、弱虫なんかじゃない! あんたたちなんかより、ずっと、勇気のある、強い子だったのよ!」
はやし立てる子供たちを、アディはおいかけ、おなかでつきとばし、上から、ドスンと、のっかって、ピーピー、あやまるまでゆるしません。

3 さらわれたトト

グェー! グェーゲゲー、グエーゲゲゲー!

急に、親ペンギンたちが、さわがしく、鳴き出しました。
「トウゾクカモメだ! ぬすっとだ!」
アディたちの頭の上を、何かが、さっと、飛び過ぎました。
「トーカモだ! 早く、巣にお入り!」
父ペンギンが、アディとトトを、自分の下にかくまいました。

でも、アディは、
「どうしたの? 何がおこったの?」
と、むりやり、父親の下から、頭を出して、外のようすをうかがいました。
すると、大きな茶色いつばさが、バサバサっと、飛び去るのが見えました。
「すごい! 空を飛んでる!? あれは何だろう!?」
「気をつけなさい、子供たち。あれはトウゾクカモメと言って、おまえたちをさらって、食べようと、いつもねらっているんだからね」

トトは、体を丸めて、ぶるぶる、ふるえています。
でも、アディは、トウゾクカモメの飛び去った空を、いつまでも、見やっていました。
「いいなあ、空を飛べるなんて! それに比べて」
アディは、自分の短いつばさを見やり、ため息をつきました。
「これじゃあ、とても、飛べやしない。ペンギンなんて、ほんとに、つまんない。地面を、よちよち、歩くしか、ないんだもの」

「ペンギンじゃなかったら、アディは、いったい、何になりたいの?」
トトが目を上げて、心配そうに、アディをうかがいました。
「あたしね、いつか、ぜったいに、空を飛んでやろうと思うの」
アディは、生き生きと、目をかがやかせました。

今度は、トトが、小さなため息をつきました。
親ペンギンたちは、やんちゃなアディが、空を飛びたいなどと、夢見ていることに気づきません。
気づいていたら、あるいは、あんなことは、起こらなかったかもしれません。