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2 ぴりーこぱんと、あそぶとき

ここであんこちゃんはおかしなことに気がついた。
もうすでにおかしなことだらけになっているけれど。
「そういえば、お母さんは?」
いくらお母さんがいそがしくしてるからといって、これだけ大さわぎしてたら気がついて、へやをのぞきにやって来るはず。
あんこちゃんはへやから出て、お母さんをさがしてみた。

お母さんはすぐに見つかった。なんとお母さん、ふとんですやすやねむってた。
さっきまで、家じゅうバタバタ走り回ってたのに。

「お母さん、どうしてねてるの、お母さん!」
あんこちゃんがよんでも、お母さんはぜんぜん目をさまさない。
よく見たら、口べにを口の上にだけぬってある。
おけしょうしてるとちゅうで、ねちゃったみたい。

ぴりーこぱんとあそぶとき しらないよ しらないよ
みんなはねてるし せかいはねてるし きづかない きづかない

気がつくと、ぴりーこぱんがろうかで歌いながら、おどっていた。
「せかいじゅうでおきてるの、ぴりーこぱんと、あんこちゃん」
それを聞いて、あんこちゃんはまどの外をのぞいてみた。そしてぜんりょくでツッコんだ。
「外、どうなっとんのんじゃー!」

「ハァ・・・ハァ・・・パパは、どうしたかしら」
パパゴリラは、はしっていったきりです。
「あたしがオリに入って、にんげんあじのアイスができたら、パパ、たべにくるかしら」
レナは、オリのすきまに、手を入れました。
うでも、なんとかねじこみました。が、かたが引っかかって、それいじょう入れません。

「わっ、わっ。レナ、あぶないぞ!」
ふいに、大人の男の人のこえがしました。
「じゃましないで。パパをたすけなきゃ」
「そ、そうか。じゃあ、すぐにそこから出てくれ。そのほうが、パパはたすかるよ」

こえといっしょに、大きなあたたかい手が、かたにかかり、レナをやさしくオリから引きぬきました。
ふりむくと、そこには、しんぱいそうな、パパのかお。
「パパ? どうして、にんげんのかおなの?」
「なに言ってるんだ。パパは、レナが生まれるまえから、にんげんのかおだぞ」

「はぁ・・・はぁ・・・こ、こわかった。カエルとかヘビとか、きらいよ。ヌルッとしてて」
ペタリとすわりこみ、いきをととのえます。

「でも、こまったわ。にんげんあじのアイスのこと、きけなかった。どこにあるのかしら」
「にんげんあじの、アイス? なんだそりゃ、うまそうだな。くってみたい」
すぐそばで、べろりん、と大きなしたなめずりがきこえました。
ライオンです。
レナは、ライオンのオリのまえに、きていたのです。

「おれ、にんげんは、くったことないんだ。いっつも目のまえを、ウロウロしてるのに、オリがあるせいで、手がだせん。どんなあじかなぁ。アイスでもいいから、くってみたい」
「それがねぇ。どこにあるのか、わからないの。あのね、パパが、ゴリラになっちゃったの。ゴリラあじのアイスを、たべたのよ」

「ゴリラあじ? そんなの、どこにあるんだ?」
「ゴリラのオリのそばよ。そこでうってるアイスが、ゴリラあじになっちゃったの」
「なぁんだ。じゃあ、はなしはかんたんだ」
ライオンは、大きなまえあしを、ポフンとうちならしました。

「あなたがうちのパパを、ゴリラにしたの?」
「なんですって。ゴリラ?  とぉんでもない」
「でも、あなた、わるいまじょでしょ?」
「はい。アリマ・ジョーです。いい名でしょ」
カピバラは、ねそべったまま、とくいそうに、はなをクイッとあげてみせました。

「なぁんだ、名まえなの?」
にあわないわねぇ、とは言いませんでした。
「じゃあ・・・わるいまじょは? いないの?」
「さあ。きいたことありませんねぇ」
こまりました。まじょはいないみたいです。

「ねえ、あたし、パパをにんげんにもどしたいの。ゴリラあじのアイスをたべて、ゴリラになったの。どうすればいいか、しってる?」
すると、カピバラは、
「ゴリラあじのアイス ゴリラになったにんげんあじのアイス にんげんになる」
うたうようにつぶやいて、ふああ、と大きなあくびをすると、そのままねてしまいました。

「あ、まってよ。パパ!」
あわてて、けむくじゃらのせなかを、おいかけましたが、ゴリラパパの、はやいこと。
レナは、あっというまに、おいてけぼりです。

「どうしよう。ええと、おとぎ話だと、こういう時は、わるいまじょがいて、まじょをやっつけると、もとのすがたに、もどるのよね」
でも、レナは、わるいまじょが、どこにいるか、しりません。
そもそも、わるいまじょなんて、ほんとうにいるのでしょうか。

「だれかにきいてみようかしら・・・あら?」
キョロキョロまわりを見て、きがつきました。人がいません。
アイスクリームをうる人も、オリにあたまをくっつけてゴリラを見ていた人たちも、みんな、いなくなっています。
どうしましょう。
まじょのことがわからないと、パパをもとにもどせません。

「アイス、たべようか」
パパが言ったので、レナは、プッとほおをふくらませ、ついでに、プイッとせなかをむけてやりました。

「やあよ。こんなとこで。ゴリラのにおいが、プンプンしてるじゃない。アイスが、ゴリラあじになっちゃう」
「そりゃ、しかたないよ。ゴリラのオリの、まえだもの。だいじょうぶ、おいしいよ」
「いやったら、いや。だから、どうぶつえんなんて、やだっていったのに」

どうぶつえんは、どうぶつのにおいで、いっぱい。
白いバニラアイスが、ちゃいろくなっちゃいそうなにおいで、いっぱい。
ゴリラのにおいがしみついたアイスなんて、ゴリラのあじがするに、きまっています。
「まあまあ、きげんなおして、ウホ。ゴリラあじのアイスも、おいしいよ、ウホホ」
パパったら、ゴリラのまねをして、レナをわらわせようとしています。
「いやだってば!」
いきおいをつけて、ふりかえったら・・・。

おふろからあがって、ぼくたちは、へやで、ごはんをまっていた。
すると、ふすまが、音もなく、ス~~~ッ・・・。

「おばけじゃ、ないんだよね?」
ぼくは、おそるおそるきいた。
「はい、おばけじゃありません。おしょくじを、おもちしました・・・」

やせこけて、青白いかおをした、女の人が、ぼくの方を見て言った。
まっかなくちびるをつりあげて、ニマァッとわらいかけてくれた。

「な~んだ。おばけなんて、いないじゃない。こわがって、ソンしちゃったよ」
おなかもいっぱいになって、ぼくは、おふとんでゴロゴロしながら言った。
さいしょのおばあさんも、おふろのおじいさんも、さっきの女の人も、おばけじゃなかった。
そりゃ、みんな、ぶきみだけど、でも、ただの、りょかんの人たちだ。

「だろ?  おばけなんて、いないのさ。ただの、うわさだよ」
パパが、がっはっはとわらった。

へやに、にもつをおいて、ちょっとやすんでから、ぼくとパパは、りょかんのおふろに行った。
おふろの中は、うすぐらくて、ゆげでいっぱいで、あんまりよく見えない。
ぼくは、パパにぴったりくっついて、はなれないようにした。

よ~く目をこらすと、右の方に、じゃぐちが三つ、ならんでいる。
じゃぐちのまえには、おふろ用のいすとおけが、これも三つずつ。
パパが、いすにすわったので、ぼくも、となりのいすにすわった。

「シャワー、ないの?」
「ないみたいだな。このじゃぐちから、おゆを出して、おけにためるんだよ」
パパが、おけにためたおゆを、自分の体に、ザブッとかけた。
そうして、そなえつけのせっけんを、タオルでゴシゴシあわだてた。

「さきに、中に入ってるぞ~」
パパは、さっさと体をあらいおわって、おゆにつかりに行ってしまった。

カラカラカラカラ・・・。
「いらっさいましぃ~~~~・・・」
おくから、しわがれた声がきこえた。
暗がりから、青白いかおで きものをきた おばあさんが、こちらに手をのばし・・・。

「きゃあーー! おばけ!」
ぼくは、パパのうしろにかくれた。パパ、はやく、おばけをやっつけて!
「あ、どうも。おせわになります」
パパが、おばけに、ペコリとあたまをさげた。

「おにもつ、おもちしましょうか・・・」
「ああ、だいじょうぶですよ。自分たちで、はこべます」
そのまま、何だかなごやかに、おしゃべりしてる。