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ふた冬が過ぎました。
どうやら、行者のつえのおまじないがきいているようで、あれ以来、オニが村へ下りてくることはなくなりました。
でも、そのつえは・・・。

「何だか、見るたんび、ちょっとづつ、かたがってきてるみでだなや」
つえがたおれたら、オニが、また、やって来るのでしょうか?
どうにも、落ち着きません。
用心のため、子供たちは、日暮れ前には、家に入るよう、きびしく言いつけられました。

でも、三度目の冬が過ぎて、春の気配に包まれ始めたころ、村人が、たいそう、おどろくことがありました。

まわりの山々が、だれも覚えがないほど、たくさんの桜でいろどられたのです。
もえだしたばかりの木々の緑と、あわい桜色。
山は、ため息が出るほどの美しさでした。
何か、いいことがあるのでしょうか?

「ほんに、おっかねえオニだごだ! あんな強えおさむらい方ば、ぞうさもなく、負かしてよ!」
人々は、みな、頭をかかえました
「どうだべ、もういっぺん、お殿様にお願えしてみだら?」
「だめだ、だめだ!」
庄兵衛は頭をふりました。

「朝方、おさむらい方の形見ば届けるべと、お城さ出向いたら、ご家来衆の最後ば聞いて、お殿様が、どんだけ、ごっしゃいだことか! お手打ちにあうんでねべかと思ったほどだ。
『もう、お前たちの村のことは知らぬ。オニなどと、たわけを言いおって! さしずめ、サルでも、見まちがえたのであろう! マタギにでもたのめ!』
とおおせだ」
「サルなんかでねえ! おらが見ちがうわけ、ねえべ!」
マタギの五平はおよびごしです。

この時、その場で一番の年寄りが言いました。
「どうだべ、吉野山の行者さまにお願いするっつのは?」
みなは顔を見合わせました。
「吉野山の行者さまだあ!?」
「そういや、修業、積んだ行者様は、空も飛べるっつうぞ」
「んだ。オニっこ、家来にして、引っぱって歩くっつ話だ。行者様にたのんでみっぺし」
「んだ、んだ。名主様、そうすべし!」
村人の顔は明るくなりましたが、すぐに、
「んでも、吉野は、京の都よりも、まだ遠いっつでねか?片道だけでも、20日以上はかかるべよ?」
と、心配の声が上がりました。

「そしたら、でたらめ、言いいすな!」
庄兵衛は、強く、人々をたしなめましたが、
「んでも、名主様、ちかごろ、あっちの家でも、こっちの家でも、ニワトリやら、犬っこやらがいねぐなりしてす。何かが悪さしてるにちがいねでば」
みなの心配は強まるばかり。
そして、まもなく、本当に大変なことが起こったのです。

「名主様! 池のはたの三郎次の赤子がいねぐなりした!」
「一本松の八兵衛のわらしこもです! あと、あっちの家でも、こっちの家でも!」
「な、なんとした!」
これでは、庄兵衛も、のんびり、かまえてはいられません。

「さしずめ、性悪なクマか、オオカミのしわざだべおん。ここはマタギの五平さんにたのむべ」
マタギというのは、クマ狩りの強い猟師のことです。
庄兵衛と村人のたのみに、
「よっしゃ、まかしてけらいん!」
五平は、ドンと、胸をたたきました。

そして、自まんの鉄ぽうをかつぎ、太郎、次郎という、勇かんな兄弟犬を連れて、のっしのっしと、山に入って行きました。
ところが、それほど時もたたないうちに、五平が、真っ青な顔をして、山から、かけもどってきたのです。

むかし、みちのくの山間の村に、おまつという女が、年老いたばあさまと、小糸という、四つになる娘と暮らしていました。
家は貧しく、ねこの額ほどの地面があるばかり。
おまつは働きづめに働いて、女手ひとつで、暮らしを支えていました。

日の出から野良に出て、おまつは、一生けん命、働きました。
そして、一番星が見えるころ、やっと、重い足をひきずって、わが家へと向かいます。
その時分になると、幼い小糸はばあさまといっしょに、夕陽におされて、くたびれて、それでもせいいっぱいの急ぎ足で帰ってくる母親を、家の前で待っていました。

かたむいたわらぶき屋の下、こしの曲がったばあさまのそばに、小さな女の子のすがたを見つけると、おまつの心ははずみます。
1日のつかれも、つらさも、いっぺんに吹き飛んで、おまつは走ります。
小糸も、ばあさまの手をはなれて、小鳥のようにかけて来ます。

ズゼちゃんはアジアゾウの女の子。
北欧の国バルト海に面したラトビア国のリーガ市にある国立リーガ動物園で生まれました。
正式な名前は「スザンナ」。
愛称の「ズゼ」と呼ばれる人気者です。

母ゾウはロシアのモスクワ動物園から借りていたので、最初に生まれた子供はモスクワ動物園に返す約束でした。
ところが母親はズゼちゃんを産んですぐに亡くなってしまいました。

もうじき7月。雨ばっかりでつまんない。
外で野きゅうがしたい。
ほかの2年生よりも先に、ホームランがうちたいな。

「フウ、そろそろ、おにぎりはウメボシでいいよね」
お母さんは、れんしゅうの日に、おにぎりを作ってくれる。
「えー。カラアゲがいいなあ」
シャケや、シーチキンマヨネーズでもいいのになあ。

「食べものがいたまないように、ウメボシが一番なんだぞ」
じいちゃんが、はたけ用のかごをテーブルにドンとおいた。
とくいげに、はながフゴフゴ、フンフンうごいている。
かごの中には、みどり色のなにかが、どっさり入っていた。
ビー玉みたいにまん丸だった。

「ウメだ。もいできてあげたぞ。それも小ウメだ」
「じいちゃん、これどうするの?」
ぼくとお母さんは、ぴったり声が合わさった。
「ウメボシ、つくれ」
じいちゃんは、テレビをつけて、おさけをのみはじめた。

「わたし、やったことないですよ」
お母さんが、なきそうな顔をした。
「しらねえ。おらだって、やったことねえもの」
ぼくは、ムカっとした。
いつだって、じいちゃんは、こうなんだ。いばりんぼうだ。
「じいちゃん、むせきにんだ!」
ぼくをむしして、おさけをのんでいる。
ますますムカつく。

ピキッ。
小さな音がした。
回っていた公園が、足の下で、ピタリと止まったのがわかる。
うすーく、目を開けてみた。
前に立っているのは、あいつ、じゃない。
ようちゃんだ。
くつのかかとのはしっこで、ラムネスイッチをふんづけているけど、気づいていない。

ぼくは、そーっと、あたりの様子をうかがった。
あいつのすがたは、どこにもなかった。
「どうしたの」
ようちゃんが、不思議そうな顔をする。
「そっちこそ。英会話は?」
「うーん。おまえと、けんかしたまま行くの、いやだ、って思ってさ」
「ふーん」

ぼくは、ゆっくり立ち上がった。
まだ、足元が回っているみたいだ。
「もしかして、ぐあい悪い?」
ぼくの顔色を見て、ようちゃんが言った。
「ん。ちょっとね」
「帰ったほうがいいよ」
「うん」
ようちゃんは、公園のすみに転がっていた、ぼくのボールを取って来てくれた。

地面が、ものすごいいきおいで動いてる。
さっきより、回転が速くなっているんだ。
背中に冷たい汗が流れて、気持ちが悪くなってきた。
ジャングルジムから、そろり、そろりと下りた。
目が回って、まっすぐ立っていられない。
しゃがみこんで、そいつにたのんだ。

「ねえ。公園、止めて」
「ハ。ハ。エンジョォーイ!」
そいつは、ジャングルジムのてっぺんで、知らんぷりして、クネクネおどっている。
「止めて!  ストップ!  ストップ!」
「ストップ。ワァイ?」
ワァイ。ホワイ。なぜ、っていう意味だ。このくらいなら、ぼくにもわかる。
「気持ち悪いから!」
オエッと、もどすまねをして見せたら、そいつは大げさに肩をすくめて、
「オウ」
って、なげいた。

ぐるぐる ぐるぐる。
公園の地面が、回り始めた。
地面の上の、ぶらんこも。
すべり台も。シーソーも。
ジャングルジムも。鉄ぼうも。
砂場も。ぼくも。
ぐるぐる ぐるぐる。
「うわあ」
「ショウタ~イム!」

気がついたら、ぼくは、回る遊具で、そいつと仲良く遊んでいた。
「ぶらんこ乗ろうよ!」
「スウィング。オーケイ」
「ひゃあ、目が回る!次はすべり台!」
「スラーイド。グーッド」
地面が回っているだけで、公園の遊具はどれもこれも、遊園地の乗りものレベルにパワーアップ。
はくりょく満点だ。

「ヘイ! ユー!」
うしろから、明るく声をかけられた。
「ストップ。ストーップ」
ふりむくと、そこには、見たこともないやつが立っていた。
大きさは、ぼくと同じくらい。
英語のアルファベットの大文字と小文字が、黒い虫みたいにウネウネしながらからまり合い、人間っぽい形をつくっている。
目も、鼻も、口も、アルファベットでできていて、動く文字のすきまから、むこうの景色が見えるんだ。

「ひええ。おばけえ」
さけんだつもりだったけど、かすれた声しか出ない。
そいつは、ぼくのパニックにおかまいなしに、地面のラムネを指さした。
「スウィッチ」
しゃべると、口の形がOになったり、Hになったりする。
「ス、ウィー、ッチ」
月に何度か学校に来る、英語のトム先生みたいな発音だ。
声まで、ちょっと似ている。
トム先生の教える歌やゲームは楽しくて、勉強ぎらいのぼくも、アルファベットが読めるようになったんだ。
ようちゃんは、
「学校の英語は、かんたんすぎる」
なんて、言うけどさ。
トム先生に声が似てるなら、こいつも、悪いやつじゃないのかも。