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15 第1助手に就任します!

「アキラ、おまえの毛髪を解析し、体に異常がないことがわかって、私は安心していたんだよ。だがね、おまえは、JKを追い、遠く離れたみあんまでやって来た」
「オレも、こんな遠くまで猫を捜しに行ったのは初めてかも」
「犬田くんから、受付でおまえを見かけたと聞き、私はあわててた。想定していた距離をはるかに超えている・・・」

「えっ?」
「そこまで強い能力があるなんて、毛髪解析だけではわからなかったなにかがあるのだろうか? ほんとうに、おまえの体は大丈夫なのだろうか、と」
それで、父さんはオレたちを追いかけた、ってわけだ。

「・・・あの、十数年も経ってから、そんな心配するなんて・・・、オレが食ったのは、ただのキャットフードじゃなかった?」
「そうなんだよ。あの頃、私は、猫に小判を探させたり・・・、詳しいことは言えないが、そういう特殊なフードを開発していたんだ。フードによって得られる能力の期限は、正常な状態なら約10年」
「なのに、オレにはまだ、残っている」

「だから、心配で・・・」
「でも、オレは、大丈夫だから・・・。今まで、身体検査で引っかかったこと、なかったし」
「・・・だが、心配だ!」
「大丈夫、だって、思うけど・・・。献血でも、異常値、出たことないし」
「・・・、最初から、冬野さんや犬田くんに頼まずに、私が、直接、おまえに会いに来るべきだった。母さんの了解も得るから、もう一度、しっかり検査させてくれないか?」
「・・・いいよ」
「ありがとう。騒がせてすまなかった。・・・さあて、私たちは、これで、失礼するよ」
父さんが、さみしそうに笑う。

「あの、父さん」
「なんだね」
「また!」
「ああ、また!」
父さんが、にっこり笑う。

「あの、父さん」
「なんだね」
「チャッピーは、ここにいても?」
「もちろんだよ」
そう言って、父さんは、
「JKをお願いします。そして、輝も」
猿神さんに丁寧に頭を下げた。

14 真相

「ここは、どこだ?」
んっ、この天井には、見覚えが・・・。
「ここはチャッピーのおこた部屋だ」
猿神さんの声に導かれ、
「つまり、」
とオレは、記憶をたどる。

「犬田って奴にやられたオレを、運んでくれたんですね。・・・猿神さんは、大丈夫だった、ってことですか?」
「ワシも、意識を失くしたようだが、なんということはない」
「そうですか」
と、体を起こしたオレは、仰天し息をのむ。

こ、この状況は、一体全体、なんなんだ?
おこたを囲み、押し合いへし合い、ぜんざいを食べているのは、猿神さん、黒岩さん、そして、すらりとした男の人に丸顔犬田、みあんからチャッピーを連れ去ったあの女性。
「猿神さん、この状況、整理して、把握したいのですが・・・」
「同感だ! じつは、ワシも、ついさっき目覚めたばかりだ」

「私が説明させてもらうよ」
オレの正面、すらりとした男性が、にこりと笑い、食べかけのぜんざいが入った椀を、台にコトリと置いた。
その手の甲に、
「あっ!」
小さな赤い円盤が飛んでいる!
その痣を見たとたん、懐かしい想いがよみがえる。

昔むかし、幼いオレを空に向かって抱え上げた手にも、それはあった。
そして・・・、積木遊びをしてくれた手にも。
別れたくはなかったのに、別れなきゃいけなかった人が、いまここに?

「父さん・・・?」
両親が離婚したのは、オレが幼い時だから、十数年ぶりの再会だ。
父さんの顔も、声も、ほとんど覚えていないのに、この痣と大きな手の温かさだけは、忘れていなかった。

  13 不覚!

ずんずん近づいてくるガードマンに、
「大声を出して、スミマセン」
頭を下げて、エスカレーターに。
「もう、まったく! 猿神さんが、大声出すから、ガードマンに怪しまれそうになったじゃないですか! 早く追いかけましょう!」

エスカレーターが下に着くまでの間に、オレは、前に立つ猿神さんの後頭部に早口でまくしたて、追いたてる。
「なにのんびりと突っ立ってるんですか、こんな場合は、エスカレーターで下に行きつつ、自力でも下に行くんです!」
チャッピーは、至近距離にいる。
だから。
そんな必要ないんだけどね。

しかし、甘かった。
外に出て、オレたちが目にしたのは、白い車の運転席から伸びた手が、ドアを閉めた瞬間だった。
きれいに除雪はされているものの、足元の悪い、その上、広い駐車場を、オレたちは、全力疾走でキャロちゃんの元に駆け戻る。

「一発でかかってくれよ」
猿神さんは祈るように言い、キーを回す。
前方を走る白い車を追いかける。
あと一歩。
そう、あと一歩が遅かった。
が、追いつけない距離では、ない。
が、パワーが違いすぎる。
白い車が、みるみる小さくなってゆく。

 12 追跡

「あっ・・・」
オレの感覚が、機能し始める。
おにぎりを腹に入れている間に、冬の遅い太陽が、すっかり顔を出したのだろう。
「明確な位置は、まだ掴めませんが、照準、ほぼ、合いました!」
「でかした、アキラ、チャッピーはどこにいる? 何丁目何番地にいるんだ?」
椅子を蹴り飛ばし、猿神さんが立ち上がる。

「住所まではわかりませんが、方角は北です! 少し遠い場所かもしれません」
「遠い場所で、方角は北、しかし住所はわからんと言うのか? どうなってるんだ、その猫アンテナは」
「実は、オレもわからないんです。どういう風に導かれていくのかも、その仕組みも」
目で物が見えるように、耳が音を感じ取るように、ただ見える、ただ感じる。
それだけだ。
目的の猫に、すぐにたどりつけることもあれば、そうでないことも、ある。

「そうか。で、遠い場所で、ワシのチャッピーは、なにをしている? いやいや、それは、いい・・・、いや、よくない! が、遠い場所って、チャッピーは、チャッピーは、誘拐されたのか?」
取り乱す猿神さんに、かける言葉が見つからなくて、頭に浮かぶ様子だけを告げる。

「銀色の台の上、透明なカプセルの中で、目を閉じています。眠っているみたいです」
「チャッピーは、閉じ込められているのか?」
「わかりません」
「チャッピーは、無事なのか? そうじゃないのか? いやいやいや、無事・・・、に決まっている! 急ごう、アキラ!」
ついさっきまでは、見向きもしなかったおにぎりを、一気に2個をたいらげると、
「キャロちゃんで行く!」
猿神さんは宣言した。

  11 合わない照準

「猿神さん、外を捜しましょう。もしかしたらですが、チャッピーは、オレたちが何回か玄関を出入りした時に、ちょっとお外に出てみようと思ったのかもしれません」
「うん。だな」
「そして、それに気づかず、オレたちは玄関の扉を閉めた。それなら、家の周囲を捜せばすぐに見つかりますから」
「うん。だな」
「大丈夫です! 猿神さん」

オレは今まで、これほど人を励ましたいと思ったことは、なかった。
気がつけば、猿神さんの肩に手をかけ、揺さぶっていた。
「オレ、絶対! 絶対! チャッピーを見つけますから! この猫アンテナで!」

すぐに、気持ちを集中させた。
猿神さんのチャッピーへの想いを込めて。
アンテナよ、早く立ってくれ、そんな願いを込めて。

10  消えたチャッピー

「つまり、中園さんというのは架空の人物だった。そういうこと、だろ?」
猿神さんは満面の笑みを浮かべる。
「そういうことは、もっと早く言えよ! 今さらだが、よく来たな、黒岩。ウエルカム!」
キラキラと輝く瞳に、喜びがあふれる。

「それにしても、猫嫌いだった先輩が、いつの間にそんな猫好きになったんですか?」
不思議がる黒岩さんに、
「ワシは猫好きではない! チャッピーが好きなんだ!」
機嫌よく答え、
「おいで、チャッピー、ワシたちのステキな未来に乾杯だ! さて、チャッピーを連れてこよう」
と、おこたの部屋へ行く背中にも幸せが張りついているようだ。

「オレ、見えない敵も、深まる謎も、一瞬だけあっちに置いて、BGMによろこびの歌を流してあげたくなっちゃいました」
「見えない敵、深まる謎、って?」
黒岩さんが、真顔で首を傾けた。

「あれ、言ってなかったですか? 今日のお昼前、丹田さんって人からここに依頼がありまして、猫を捜しに出かけたんです。任務を終え帰ってきた、その後なんです、問題は。ぜんざいを食べている途中、猿神さんもオレも意識を失ってしまったんです」
「えーっ、そんなことが・・・」
「オレたちの推理では、丹田さんが出してくれた缶コーヒーに眠り薬が仕込んであったのでは、と。ですから、オレたち、丹田さんの家に確認に行ったんです。するとそこには、『売り家』のはり紙が・・・。だれだかわかりませんが、猿神さんを狙っているだれかの仕業だと思います」
「うーむ、まさしく、見えない敵だな」
「はい。それに、ここに居るチャッピーの捜し主、中園さんが情報コーナーに伝えた電話番号も住所も嘘っぱちだった」

9 深まる謎

凍てついた夜道を歩き、帰り着くと、門の前で猿神さんが、足を止めた。
「怪しい・・・、アキラ見てみろ、この足跡を」
「ずんずん続いてますね」
猿神さんと同じくらいありそうな、大きな足跡が、玄関まで、規則正しく並んでいる。
堂々としているだけに、オレは、怪しい気配は感じなかった。

「怪し過ぎる。鍵も開いている」
けれど、家の持ち主の猿神さんがこう言うからには、用心はするべきだろう。
体に、サッと緊張が走る。
「ほら」
猿神さんは、入口の戸を細く開けて見せ、今度は、体が入る幅までそろそろと開け、滑り込むように中に入った。
オレも、するりと滑り込む。
玄関先に、靴は、ない。

猿神さんが、忍び足で、チャッピーのためにつけておいた家の明かりを、消してゆく。
「家の中に暗闇を作ってしまえば、もしも侵入者が潜んでいても、暗視スコープゴーグルを装着しているワシたちの方が、有利に動けるはずだ。だろ?」
猿神さんにしては、とても良い思いつきだ。
「ですね! とっても、有利です!」

オレたちが、グータッチ、交し合った時だった。
「なにが、だろ? ですか、猿神先輩」
声がした。

「なんてマヌケな人たちなんだ! 家の中に暗闇を作るなら、声もひそめるべきじゃないですか?」
現れたのは、猿神さんよりさらに大きい人だった。

8 見えない敵

外は、寒い。
朝、ふわふわだった雪は、ガジガジに凍りついている。
「キャロちゃんも、お留守番だな」
猿神さんは判断し、オレたちは歩き始める。

夜になり、めっきり人通りの少なくなった道を、丹田さんの家を目指して。
朝よりも若干のスピードを加えて、歩く。
家に着いたが、明かりは無かった。
『売り家』
暗視スコープゴーグルが映し出したのは、この3文字だった。

「許さん! 奴らは、ワシをハメやがったのか!」
猿神さんが、売り家の〝り〟の字にグーでパンチを決める。
「落ち着いてください、猿神さん。こんな所でこんな時間に暴れたら通報物です。で、奴ら、って何者なんですか?」
「わからんに決まっているだろう? おまえ、アキラ、助手のくせに、そんなこともわからんのか?」

「でも、ハメられるって、なにか身に覚えがあるんですか?」
「身に覚え、とな?」
「はい」
「う~ん、ない!」
「腹いせや嫌がらせにしては、やり方が大がかり過ぎるような気がしますし、報復にしては生ぬるいような気が・・・」
「しないでもないな。とにかく、一応、中を確認しよう」

7 推理

ここは、どこだ?
見慣れぬ天井だ。
オレは、だれだ?
それは、わかる。
オレは、朝日輝。

ノーミソが、濁っている。
そんな感じが、凄くする。
「ここは、どこだ?」
オレは、頭をめぐらした。

「ここは、チャッピーのおこた(コタツ)部屋だ」
「台所から、オレを運んでくれたんですね」
「そうだ」
「で、オレの足だけ、おこたに突っ込み、体には、うっ、臭い、あっ、失礼、このバテをかけていただいた。ありがとうございます」
体を起こし、ペタンと薄い年季の入った綿入れを、たたんで返す。

「遠慮するな。羽織っていてもいいぞ」
「大丈夫ですっ! それより、猿神さん、オレたちの陥ったこの状況、整理して把握する必要が、」
「あるな。あるに決まっている! と言っても過言ではない! だから、ワシは・・・」
猿神さんの話に耳を傾けながら、時計に目をやる。
時刻は、午後7時をとうに過ぎていた。

ふくふく亭でラーメンを食べ、ここに戻り、ぜんざいを食べ始めたのが午後2時過ぎ。
だから、オレは5時間近く意識を失っていたことになる。
猿神さんは、30分程ほどで意識が戻ってきたらしい。

 6 侵入者

「怪しい・・・」
門の前で猿神さんの足が止まる。
「どこが・・・」
オレが来た時、犬神家状態の時の方が、怪しさに満ち満ちていましたが・・・。
「ほら、見てみろ、この足跡」

そういえば、家を出る時、オレたちの足跡しかなかったな、と記憶をたどり、
「郵便配達、あるいは回覧板を持って来た人のもの、という可能性は?」
第1助手らしい発言を試みてから、猿神家の門と玄関まで、往復する怪しい足跡を観察しつつ、歩を進める。

「アキラ、おまえは・・・」
「はい」
「足跡をながめていると、足跡を残していった人物像を割り出せる、そんな能力は、」
「ありません!」
「残念だ」
「猿神さん、残念がってる暇があるのなら、怪しい足跡かそうでない足跡かの区別くらい、自分でつけられるようになってください。ほら、あそこに」

「なーんだ、回覧板か」
「もう、まったく!」
「睨むな。とにかく、家に入ろう」
「いえ、今日は、もう失礼します」
チャッピーの飼い主に連絡がとれないのなら、ここにいてもしょうがない。
「ぜんざいは?」
「テーブルの上のぜんざいは、全部食べつくしましたから」
さようならと踵を返すオレに、
「ワシを甘く見るなよ。ぜんざいは箱買いする主義なんだ。在庫はたっぷりある」
猿神さんは、玄関の鍵を開け、上がれと顎で促した。