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ワタリガラスの王子

それ以来、しばらく、いすに挑戦する者はとだえました。
そりゃそうです。
どんなに美しい人と結婚できたって、死んでしまったら、全然、意味がありませんものね。

ところが、それからしばらくたったある日、とてもハンサムな王子がやってきたのです。
どのくらいハンサムかって、そりゃ、もう、すれちがう人、だれもが、ふり返って、ため息をつかないではいられないほどのハンサムでした。

ただ一つ、ふしぎなことは、その王子のぼうしには、黒い、ぶきみなワタリガラスの羽がさしてあったことでした。

お城に入り、王女の美しさを目にした王子は、
「ううむ、なるほど、こういうことか」
と、つぶやいたきり、しばらく、言葉を失いました。
「どうじゃな、ワタリガラスの王子殿? わが娘を妻にと、お望みかな?」
王様は得意顔です。

「はい。ぜひに」
王子は、深く、頭を下げました。
すると、王様の目配せを合図に、王女は、すらすらと、あの決まりきったせりふを言いました。
「100日間、窓の下のいすにすわり通したなら・・・」
「かならず、おおせの通りに」

白鳥の羽の王子

そんなこんなで、挑戦する王子や、騎士たちは、めっきり、少なくなりました。
けれども、王女の美しさを聞きつけて、また、ひとり、王子がやってきました。
白鳥の羽をぼうしにかざした、まだ、ひげも生えそろわない、とても若い王子です。

王子は、窓辺にすわる王女を一目見るなり、すっかり、恋をしてしまいました。
お城に入った白鳥の羽の王子は、王様に、うやうやしく、言いました。
「どうか、王女様と結婚させてください」
王様は、若い王子を、疑い深い目で、じろっと、ながめてから、かたわらの王女に、目配せしました。

王女はうなずいて、
「100日間、いすにすわり通すことができたら、私は、よろこんで、あなたの妻になりましょう」
と、言いました。

美しい王女

昔、あるところに、とても美しい王女がいました。
たくさんの若者たちが、王女に恋をして、結婚を申し込みました。
でも、王女は、決まって、こう、言いました。

「私の窓の下にいすをおき、100日間、すわり続けた方の妻になりましょう」
若者たちは、次から次と、挑戦しました。王女の部屋がある塔の下にいすをおき、昼も、夜も、すわり続けたのです。


だれでも、最初の10日ぐらいはがんばれます。
でも、20日、30日とたつうちに、あまりのつらさに、たえきれなくなり、あきらめてしまうのがふつうでした。

はじめに

「ニュー・シネマ・パラダイス」という映画を知っていますか?
舞台はイタリアの小さな町。
まだ、テレビも、インターネットもない時代の二階建ての小さな映画館。
人々の何よりの楽しみは、この映画館で白黒映画を見ることでした。

毎日、人々のために映画を映しているのは、一人の年老いた映写技師。
その町には元気な少年がいました。
映画が好きで好きでたまらない少年は、お金がないので、こっそり、映画館にもぐりこんは、老人にしかられます。
そのうちに、ふたりは、すっかり、なかよしになりました。

でも、ある日、映画館は火事になり、老人は目が見えなくなりました。
一方、初恋にやぶれた少年は、悲しみをいだいて、町を去って行く・・・。
いえいえ、ここで映画の解説を始めるつもりはありません。
何度か、その映画を見た私は、いつも、とても心にひっかかることがありました。
それは、映画の中で、老人が少年に語って聞かせる、こんなお話です。

5 そして、地獄へ

地獄へ下りる道で、東からやってきた魔女が、西から帰ってくる魔女に出会いました。
東の魔女の後ろには、死人たちが、ぞろぞろ、ついてきていましたが、西の魔女は、だれも連れていません。

「おや、どうしたんだい? 手ぶらかい?」
東の魔女が聞きました。
「それが、聞いておくれよ」
西の魔女が、ため息まじりに、言いました。

「かれこれ70年前、あたしは、一人の兵隊に、指輪を与えたんだがね」
「ああ。指輪の魔法で、3つの願いをかなえてやったわけだ?」
「それが、とんだめがねちがいでねえ・・・」
「どういうことだい?」
東の魔女にうながされて、西の魔女は語り始めました。

4 セムの死

それはなみだのない、からりとしたお葬式でした。
そりゃそうです。死んだ時、セムは102歳だったのですから。

「ほんとに最後の最後まで、運のいいお人だったねえ。お昼寝したまま、死んだっていうじゃないか。よっぽど、神様に愛されたんだろうねえ」
「ここ何日も、お天気だったろう。じいさん、家の前のゆりいすで、日向ぼっこしていたそうだ。家の者も、てっきり、眠っているものだと思ってな。夕飯の時分になって、よびに行って、死んでいることに気が付いたんだそうだ」
「そのせいかねえ、ひつぎにいても、干し草のようないいにおいがするのは!」
「ああ。一日中、おてんとう様をあびていたせいだろなあ。おれも、あやかりたいもんだよ」

長く生き、よく働いて家を栄えさせ、子供たちにも恵まれ、おだやかで、だれにでも気前のよかったセムを、人々は口々にほめ、思い出に花をさかせます。
お葬式というより、お祝いみたいなものです。

3 2つ目の願い

その夜、台所にすわって、セムは、ことのほか上きげんでした。
「今年は、豆も、小麦もいい出来だ。め牛は乳をよく出すし、ブタもまるまる太っている」
「あんたが、よく、働いて、世話をしたからですよ。お天気にも恵まれましたしね。ありがたいことです」
かたわらで、せっせと、何か、ぬいながら、にょうぼうのサラが答えました。

「明日、あれやこれや、町の市場に持っていくんでしょう? ずいぶん、いい値で売れるかしら」
「ああ、ばっちりだとも! それと、このビール! いつになく上出来だ! 2、3たる、持っていけば、さぞや、喜ばれることだろう。おまえ、ビール造りのうでを上げたじゃないか!」
セムは、味見のコップを、サラの方にかざして、にっこりしました。

「大麦パンを水でといて、煮て、冷まして、たるに仕こんだだけですよ。あんたに教えてもらった通りにね。あとは、自然の力と、神様の手が仕上げてくれたんです」
サラはてれくさそうです。

「町は、ちょうど、祭りの最中だ。踊り疲れた連中には、何よりのうるおいだろうよ」
「それにしても、あんた、ちょっと、味見が過ぎやしませんか。ふだんは、ちっとも、飲まないのに」
サラが、少し、心配そうに見やりました。

「ああ、そうだな。ほんの味見のつもりが、ちょっと、飲み過ぎたかな」
セムは、ずいぶん、顔が赤くなって、おしゃべりになっていました。

2 1つ目の願い

あるいは・・・。
「あれは魔女ではなく、ただのじょうだん好きのばあさんで、おれはかつがれただけかもしれない」
でも、あらためて指輪を見ると、根でもはえたようにぴったりと指にすいつき、あやしいかがやきを放っています。とてもただの指輪には思えません。

「この場で、指ごと、切り落としてしまおうか・・・?」
セムは、ふところから、おずおずと、ナイフを取り出しました。
でも、なかなか、決心がつかず、さんざん迷ったあげくに、セムは、とうとう、ナイフを引っこめてしまいました。

「ばかばかしい。痛い思いをして、一生、9本指で過ごすなんて。それより、もっと、簡単な方法があるぞ。何のことはない、死ぬまで、願い事をしなければいいんだ。ようし、おれは、こんりんざい、何も願わないぞ」
そうと決まれば、何も悩むことはありません。セムは、元気よく、歩き出しました。

1 魔女の指輪 

昔、大きな戦争がありました。
王様や貴族、お坊さんや町の人、そして、農民まで、こぞって戦いました。
理由は・・・。
あれ? 最初は理由があったのですが、だんだん、戦ううちに、みんな、最初の理由を忘れてしまいました。

でも、とちゅうでやめるわけにはいきません。
「これまで、たくさんのお金をかけて、武器や兵隊をそろえ、戦ってきたのだ! 今やめたら、すごく、そんをしてしまうぞ!」
何とおろかだったことでしょう!
どうやら勝負がついた時には、みんな、へとへと。
負けた方には、何も残っていません。

でも、勝った方だって、ちっともましではありませんでした。
町や村々は、すっかり、荒れて、うろうろしているのは、とうぞくと、魔女、あとは、ゆうれいぐらい。

12 ちび夏のもとへ

山野辺美好さんと旧交を温める暇もなく、もちろん、いろいろな余韻にひたる暇もなく、黒岩さんは、次の依頼主の所に向かわされている。
「だいたい、先輩にグッジョブ! なんて、みーちゃんもみーちゃんだけど、みーちゃんの姿を見たとたん、ウインクをしまくる先輩も先輩だ・・・」
ハンドルを握りながら、文句を言いまくる。

「黒岩さん、山野辺さんは、たぶん、猿神さんにイヤミを言ったのではないでしょうか? みぞおちパンチをする時の顔、ちょっと憎しみがこもっているようにも見えました」
「なるほど!」
「それと、猿神さんは、ウインクはしていませんでした」
「いやいや、していたんだよ先輩は。ほら、こんな風に」
黒岩さんはふり向いて、後部座席のぼくに、パチパチと両目をつぶってみせる。
「黒岩さん、わかりました! だから、前を向いて運転してください!」