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11 別れ

山野辺さんの体から魂が抜けだしたのは、パピを捜したい! という強い想いがあったから。
では、パピの場合は、どうなのだろう?
最期に(ぜんぜん最期じゃなかったけどね)山野辺さんに会いたい! というパピの強い想いが、山野辺さんをあの場所に導いたのではないだろうか。
体は黒岩さんに運ばれながらも、パピの魂は、山野辺さんが来るのを待っていた。
病院で手当てをされ、家で意識を取り戻し、回復した体に、魂は帰っていった。とか?
これは、あくまで、ぼくの想像だけど。

けど。でも。しかし。
いろいろな勘違いや思い違いがあったとしても、山野辺さんとパピ、お互いの魂が引き合ったのは、間違いない。
ぼくは、そう、思う。

10 驚き桃の木さんしょの木

「黒岩金太もわたしも、子どもだった。いまなら、平気で聞けたり、問い詰めたりできたのに」
山野辺さんが、しんみりと、つぶやいた。
しかし、そのしんみりは、持続せず、あっと言う間に、宇宙の果てに飛び散った。
ぼくたちが目にしたのは、弾丸のように駆けてくる白い塊だった。

「パピ?」
んっ、えっ? さっき、成仏したはずじゃ・・・。
なんてことは、おかまいなしに、
「パピ!」
山野辺さんが、両腕を広げる。
パピは、勢いよく、その腕の中に飛びこんで・・・、飛びこんで、すり抜けた。

山野辺さんは両腕を広げたまんま、ハテナを顔に貼りつけて、パピが着地した方を向く。
そこに、また、パピは、飛びついていく。
そして、また、すり抜ける。
それを見ているぼくの前に、現れたのは、
「黒岩さん!」
裸足で、こっちに走って来る。

「パピ、パピ」
と連呼している。
パピを追ってきたようだ。
「パピ、そんなに、ジャンプしまくって。しばらく安静にしてろって、あれっ? 幸太くん、それに、チャッピーも。お久しぶり・・・、でもないか」
「はい。ですね」
黒岩さんの姿を見、
「か、彼が、黒岩金太? お、驚き・・・、桃・・・」
立ちつくす山野辺さん。
その腕に飛びこんでは、すり抜ける、相変わらず、同じ動作をくりかえすパピに、
「こら、安静にしろってば!」
声をかける黒岩さん。
山野辺さんの姿は、見えていないようだ。

「・・・そういえば、わたしはあれ以来、黒岩金太に会ってなかった。わたしは県外の大学に行ったし、高校を卒業以来、だ。なんて大きくなったんだ・・・」
山野辺さんのつぶやきも、聞こえていないようだった。

「ところで、幸太くんたちは、どうしてここに?」
「・・・一言では説明できないのですが、いろいろあって。後で、黒岩さんにお聞きしたいこと・・・じゃなくて、お伝えしたいこともあるのです」
「ぼくに?」
「はい。でも、黒岩さんこそ、どうしてここに?」
「パピを連れて、というか、運んできたんだ」
「ええーーーっ!」
仰天した山野辺さんと、
「えええーーーーっ!」
ぼくの声に、驚いたチャッピーとパピが、垂直に跳ねあがった。

9 あいつ

「あれっ? あれはラヴちゃんじゃ・・・」
「ラヴちゃん?」
「ほら、あの車です。RAV4という車種だからラヴちゃんと猿神さんが」
「猿神さんって人の車なのか?」
「いいえ、猿神さんのは、キャロちゃんで・・・。いえ、いまは、猿神さんもキャロちゃんも、あっちに置きます」
猿神さんのこと、語り出したら、収拾がつかなくなりそうだ。

「RAV4、知り合いに、同じ車種に乗っている人がいるんです」
「家の前に停まってる」
「あっ、あれが、山野辺さんの」
古そうだけど、雰囲気のある、大きな家だ。
白い外壁に、濃いグレーの瓦屋根。
すっきりと剪定された松。
家の周りを囲む生垣。
どこを見ても、清々しくて、きりりとしている。山野辺さんから受ける印象と同じだ。

「家のお客かな?」
山野辺さんは車に近づき、観察している。
「フロントに、お多福のお面って、ちょっと笑える」
確認してみると、ナンバーは9618。
間違いない!
でも、どうして?

「やはり、知り合いの車です」
「だれだろう?」
「黒岩さんです」
「黒岩さんって、まさか・・・、黒岩金太ってことはないよな?」
「まさか、じゃなくて、まさしくそうです」
「お、驚き、桃の木、さんしょの木! どうして、あいつが、ここにいる?」

「知ってるんですか? 黒岩さんのこと」
「・・・うん。さっき話した、チビの下級生」
って、
「えええーーーーっ!!!」
びっくりが、止らない。
丹田に、力を入れる。口からはーっと息を吐き、鼻からすーっと入れてみたら、少しだけ落ち着いた。

8 山野辺さん

「突然消えてしまうなんて、反則だよパピ・・・」
山野辺さんは、しばらく、抱えた膝に頭を落としてすわっていたが、唇をぎゅっと結んで立ち上がる。
「パピ・・・」
この鎮守の森のどこかで、眠りについたはずだと、何時間も捜した。
けれど結局、ぼくたちは、パピのナキガラを見つけることができなかった。

「とりあえず・・・」
「とりあえず?」
「帰ろう」
「帰る?」
「うん。・・・前にも、こんなことがあったような気がするんだ」
「こんなこと?」

「パピがいなくなったこと。でも、その時は、帰ってきた」
「でも、今回は、パピ、自力では帰れないんじゃ・・・」
「以前も、自力で帰ってきたのではなくて、爆睡しているパピをだれかが運んできてくれたのだと思う」
「でも・・・」
でも、前回と今回は、状況がちがう。口には出せないけれど、ちがう。

「それって、いつ頃ですか?」
「う~ん、あれは、いつだったんだろ? よく覚えていない・・・。そんなこともあったんだという記憶があるような気がするだけで。でも、如月くんがぼそぼそつぶやいていたように、今回は、状況がちがうから」
「・・・また、やってしまった・・・。ぼく、時々、頭の中で想っていることや、考えていることが口から出てしまって」
「そうか、出てしまうのか」
「はい」

「気にしなくていいよ。状況はちがうとしても、とりあえず、帰ってみよう。母にも伝えなきゃいけないし」
「そうですね。では、送ります。あっ、でも、ぼく、山野辺さんの家、知らないので、案内をお願いします」

7 いつもの場所

「チャッピー、きみはどうする?」
聞き終わるまえに、チャッピーが先にたつ。
ありがとう。一緒に来てくれるんだ!

ぼくたちは、細い路地を歩いた。
アスファルトが少し熱をおびてきたので、チャッピーを抱き上げる。
やがて、家並みがとぎれ、辺りに、水田が現れた。広がる水田の中、まっすぐに通る一本道をゆくと、こんもりと茂る木々をバックに、鳥居が立っている。
ここは、鎮守の森?
猿神さんの家を出てから、30分ほど歩いただけだ。
なのに、別世界への入り口のような雰囲気がただよっている。

「山野辺さん」
「なに?」
「この鳥居、くぐるんですか?」
「うん」
「昼なのに薄暗い・・・」
「怖いのか?」
片眉をぴくりと上げて聞く山野辺さんに、
「まったく怖くないですっ!」
ぼくは、ちょっと見栄をはる。

「それなら、ついて来てほしい。入り口は、うっそうとしているけど、祠の辺りは、明るくて、気持ちのいい場所だから」
「はい」
鳥居をくぐったところで、
「エエエッ」
腕の中で、チャッピーが、ぼくの胸を軽く押す。

「わかったよ。おりたいんだね」
抱いていた手をゆるめると、チャッピーはぽんと飛んで着地した。
止める間もなく、素早い動作で、木々の奥へと姿を消した。

6 再会

翌朝。
「ラジオ体操の時間だぞ!」
猿神さんにたたき起こされた時にはもう、黒岩さんの姿はなかった。
そういえば、昨夜、明日は早出だとか、言っていたような。

なんてことは、さておいて。ぼくの頭は、すでに、パピの捜索モードになっている。
だいぶ前のことだけど、友だちの猫を捜したことがあるんだ。
だから、猫を捜す知識は、多少持っている。

【まずは、保健所に電話をかけて、迷子猫の特徴を告げ、保護を頼む。
近隣にポスターを貼り、捜索の協力をお願いする。
君のお家はここだよ! と教えるように、猫トイレの砂を家の周辺に撒く。
家の人が、やさしく名前を呼んでやる。】

と、当時のことを思い出し、頭に浮かべてみたものの・・・。
わずかすぎる・・・。
ぼくの持ってる情報は、あまりにも、わずかすぎる!

がっくりだ。
が・・・、いまのぼくには、強い味方がいた!
頼れそうな人が、いる!
そう、猿神さんだ!

昨日の電話の自己紹介によると、世間からは、名探偵猿神寅卯と呼ばれているらしい。
草むしり、ハチの巣払い、それだけにスポットを当てれば、確かに、便利屋的に思えてしまう(ぼくも、昨日は、名探偵らしくない仕事だな、と思ってしまった)、「人呼んで名探偵猿神寅卯」と名乗るからには、それなりの実績があるにちがいない。
猫捜しの方法も、熟知していることだろう。

5 黒岩さん

黒岩さんの作った鍋は、最高だった。
エアコンの効いた部屋で、あつあつの鍋をつつきながら、黒岩さんに自分のことを、ちょっと話した。
相づちを打ちながら耳を傾けてくれる黒岩さんとは対照的に、猿神さんはただひたすら食べているだけだ。
その上、黒岩さんの車のアイスボックスからかっさらってきたという飲料水、いや、ビールをがぶがぶ飲みまくり、倒れるように眠りについた。

夏だといっても、こんなところで寝ていたら、風邪をひいてしまう。
「猿神さん、猿神さん」
起こそうと、伸ばしかけた手を、
「いけない! それだけは」
黒岩さんに、止められた。
「先輩は、一旦寝ると、起きないんだ。そして実は、寝起きが悪い。・・・昔、合宿していた時に無理に起こした奴が・・・、」
黒岩さんは、遠い目を宙にただよわせ、
「・・・ああ、思い出すだけで、身震いがする」
飛んできたゴキブリをはらい落すような勢いで、頭をふった。

「ふふっ」
そして、思い出し笑い。
「なんですか?」
「部活、少林寺拳法の部活仲間の間では、こうささやかれてた。触らぬ猿神に祟りなし!」
「なるほど! 猿神さんって、強引で、人を煙に巻いたり、わけのわからない行動をとるだけじゃなく、危険な人なんですね」
「そういうことだ。でも、まあ、先輩は、危険で、デリカシーがなくて、バカなんだが、いいところも、ないわけではなくて・・・」
黒岩さんは宙をにらみ、懸命に考えている。

「・・・先輩は、情に厚いかな」
「情に、厚いところとか?」
重なった声がおかしくて、笑い転げた。
「幸太くんは、笑い上戸なんだな」
「えーっ、そんなこと言われたの、はじめてですっ! 泣き虫って、よく言われますがっ!」
どこかで、時計が、ボーンボーンと鳴った。

「もう、2時か」黒岩さんの声と、
「丑三つですね」重なるぼくの声。
微妙なズレがおかしくて、また笑う。

4 ポスター

夜の道は、わからない。
どこが、どこへ続くのか。
はじめての道だから、あたりまえだけど。
猿神さんが、黒岩さんに入れさせたナビが、またまた、目的地周辺です、と告げた。
ナビを罵倒しだした猿神さんと、それをなだめる黒岩さん。
めちゃめちゃうるさいふたりのやり取りをBGMに、ぼくは、減速した車の窓から、のんびり外を、ながめてる。

もうすぐ到着だな、猿神さんちって、ここら辺だったっけ?
なんて、思った時だった。
だれか、いる。
なにしてるんだろう?

ぼんやりした街灯の下、その人は、電柱と向き合うようにたたずんでいる。
通りすがりにチラっと見かけただけなのに、なんだか、とても気にかかる。
背は高そうだけど、うすい影。
白い上着に、黒っぽいスカート。
そして、小さな背中。
心に、なにかが、ひっかかる。

  3 ゾンビの夜

チャッピーを抱いた猿神さんと、ゾンビの頭を抱えたぼくは、夜の駅前広場にいる。
地方新聞社主催、夏祭りカーニバル。
ぼくは、それに参加するのだという。

「受付で、これを見せろ」
猿神さんから、『黒岩金太』と記された身分証を渡された。
「黒岩ってなってるじゃないですか。さ、詐称、するんですか? ぼく」
「大丈夫だ。さっさと仮面をつけろ」
「はい?」

「受付にいるのは、黒岩の後輩だし、ちゃんと根回しはしてある」
「でも・・・・・・」
「四の五の言わず、男は黙って仕事だ、仕事!」
どんっと背中を突かれ、ゾンビの姿で、黒ぶちメガネの男の人の前に立つ。
「お、おねがいします」
身分証を、提示する。

「これをお持ちということは、猿神さんですね? 黒岩先輩から話は聞いています。お世話になります」
男の人は、出席者名簿にチェックを入れて、
「暑い中、かぶりものは大変でしょうが、がんばってください」
ゾンビのボサボサ髪に苦労しながら、首から番号札をかけてくれる。
「あちらで待機していてください。しばらくしたら、音楽がかかりますから、そうしたら、番号順に出て行ってください。行進順路は、サンバ娘たちが先導します」

根回しの効果は抜群で、話はすいすい通っていった。
黒岩さんって人とその後輩、そして猿神さんの関係って、どうなっているんだろう?
そんな疑問はさておいて、一番の疑問を口にする。

「猿神さん、ぼくの出番は近そうです。待機している間に、ゾンビの動き方を教えてください」
「ゾンビの動き方だと? バカか、おまえは。ゾンビになったこともないワシがわかるわけがない。だろ?」
「だろ? って、猿神さんは練習を積んでいたじゃないですか?」

「そんな風に見えたのか?」
「って、猿神さん、自分で言ってたじゃないですか」
「なんでも言ってみるもんだな。ワシ、テキトーにのたうってただけだから」
「そうなんですか・・・」
「とにかく、行ってこい! 行って、テキトーにのたうってこい! ワシは、チャッピーと屋台をまわったりしながら、おまえを待っていてやろう。ほれ、とっとと行ってこい!」

ぼくの頭、いや、ゾンビの頭をがしがしやって、そう言う猿神さんの心は、すっかりお祭りに奪われているようだ。
「さあ、チャッピー、どこからまわろうか?」
甘い声でささやくと、いそいそと背中を向けた。
ふり返りもせず、軽い足取りで、猿神さんは雑踏の中に消えて行った。

2 猿神探偵事務所

足をひきずる男の人に肩をかし、玄関にたどりつく。
武家屋敷みたいな造りの大きな家だ。
間口も、たたきも、そうとう広い。

「さっ、ずかずか上がってくれ」
「おじゃましたほうが・・・」
「いいに決まってるじゃないか。おまえは、そんなこともわからんのか。さあ、遠慮はいらん」
ワシはこんなだから、いろいろと手伝え、と傷めた足首を指し示す。

あれ? さっきと、反対の方、指していないか?
と、記憶をたどる暇もなく、もちろん遠慮する暇もなく、
「台所で鍋に湯をわかしてくれ」
「ついでに風呂もわかしてくれ」
「へそで茶は、わかさんでいい」
男の人は、命じたおした。

そして。
命令を、すべてこなしたぼくは、煙に巻かれた感覚を拭えないまま、いま、ぜんざいを食べている。
アツアツに温めた、レトルトのぜんざいだ。

「ワシの分は3袋。おまえの分は、1袋、2袋か? いや、1袋でいいだろう」
その人は、テーブルに積まれたぜんざいを愛おしそうに見やって、決める。
「あなたが3袋で、ぼくは1袋、ですか?」
「不満、なのか?」
と、問われ、2袋にしたことを、後悔しつつ、食べている。

暑い! と口には出さないけど、すでに体は汗だくだ。
「あの・・・、」
エアコンに目をやると、
「壊れてるんだ」
男の人は、左右の人差指を交差する。

「あの・・・、首を・・・」
その人にだけ風を送る扇風機を見ると、
「首振り装置が作動しなくなったのは・・・」
左手の指を折りはじめる。
右手の指も折りつくし、足の指を折りかけた時、電話が鳴った。