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お昼の時報が鳴りました。
「もう、こんな時間か・・・」
見つからないまま時間だけがすぎ、気持ちがすっかり落ちこんでしまいました。
ひざもしくしくと痛みます。

絶対にあきらめたくない気持ちがくすぶる一方で、もうだめだ、見つからないという思いの方が勝っていました。
「清枝さんが待っておる。もう、行こう――」
おじいさんは、肩から大きく息をはきました。

ホームに入っていた郊外行きの電車に座り、おじいさんは出発を待っていました。
ふたたびかかえた花束から、ほわっとかすかに甘い香が立ち上がりました。
(清枝さん、あなたからもらった大切な、ずっと大事にしてきたお守りを、すまん、失くしてしまったよ・・・)

結婚して半年もたたないうちに、戦地へおもむくことになったおじいさんに、奥さんだった清枝さんが、いろいろな想いをこめて作ってくれたお守りでした。

お守りを探しているあいだに出発していた電車は、まもなく次の駅に着きました。
花束を持ったおじいさんは、とびらが開くと同時に降りました。

「時音駅へもどる電車はいつだ!」
はやる気持ちで電光けいじ板を見上げると、25分もあとのことでした。
「ああ、何てこと・・・」
ベンチにこしかけましたが、すぐに立ち上がりました。

電車が見えないか線路をのぞいてみたり、何時になったか時計をたしかめたり、まだあと何分もあるとため息をついたり、じっとしていられません。
「長い。まだか。まだ来ないか」
いつもなら、25分はどうってことはありません。
でも、今は、1時間にも2時間にも感じられます。

「もっと気をつけておれば・・・」
ついには、後悔の気持ちが押し寄せてきました。

花束をかかえて駅にもどったおじいさんは、券売機でふたたび切符を買いました。
こんどは郊外に向かうのです。
切符をまた、上着の右がわの内ポケットにしまうと、ホームへ向かいました。
お客さんがほとんどいない列車が、出発のときを待っていました。
「空いていて助かるな」
とびらのすぐそばの席にそっと花束をおき、となりにこしかけたときです。

(んっ?)
お守りを取りだそうと、ポケットのなかに手を入れたところ、切符しかありませんでした。
仏だんから下ろした、あの、あたたかで優しい肌ざわりのお守りが手にふれないのです。

おじいさんは、上着の右がわをぱっと開けました。ポケットのなかをのぞきます。
暗くて見えません。
上着をぬぎました。
「入っていてくれぇ。入っていてくれぇ・・・」

「まもなく、時音(ときね)、時音、お出口は左がわ、二番ホームに着きます。お乗りかえのごあんないを・・・」
ふっと、車内放送が耳に飛びこんできました。
現実にもどりました。
もうすぐ降りる駅です。
おじいさんは、ふうとため息をついてから、席を立ちました。

駅を出ると、おとなりのビルにある花屋に寄りました。
「いらっしゃいませ。あっ、こんにちは! 今月もいらしてくださったのですね。花束、急いでお作りします。おかけになっていらしてくださいね」

おじいさんはひと月に一回、何年もこのお店に通っています。
おじいさんが入っただけで、お店の人は花束を作ってくれます。

外は、小学生や中学生、通勤の人が行き来しています。
車は列をなして、信号が青になるのを待っています。
「9時32分の快速電車に乗れそうだな」
懐中時計でじこくをたしかめると、たくさんの人に後ろから追いぬかれながら、できるだけ急ぎ足で駅に向かいました。

券売機で切符を買い、ホームにたどり着いたときには、電車がやってくる十分前になっていました。
なくさないように、切符を上着の右がわの内ポケットにしまうと、ベンチでひと休みしました。

放送がかかり、快速電車がやってきました。
「席が空いておると良いが」

おじいさんは小鳥たちの声で目をさましました。
「ずいぶん寒くなったものだ。だが、今朝は起きねばな」
葉が赤や黄色に色づくようになったこのごろは、目ざめても、布団のなかでしばらくぬくぬくしています。

けれども、今朝はちがいました。
おじいさんはすぐに起きだし、ストーブに火をつけ、ご飯をすませ、スーツに着がえ、でかける用意まで終わらせました。

第三話 チョコレート

裏通りに、古びた店構えの駄菓子屋がある。
梅さんという名の、百歳に近いんじゃないかと思えるおばあさんが、一人で店番をしている。
近所の人たちは「あのおばあちゃん、いい加減、店じまいをしたほうがいいんじゃないの?」と心配するが、今のところ毎日、店は開いている。

だから卓哉も、毎日ここに寄り道して、百円チョコレートを買った。コンビニで買うチョコのほうが、ずっとおいしいけれど、この店だと「怪獣シール」のおまけがつくから。
卓哉にとって、目当てはシール。チョコのほうは、味にあきて、捨ててしまうことさえあった。

その日は、夏休み明けの始業式。お昼前に学校が終わり、卓哉はいつものように、駄菓子屋に飛んで行った。目指す百円チョコは、一個しか残っていなかった。
買おうとして腕を伸ばしかけたら、同時に、横から細い腕がのびてきた。

北の王の話

それから、1年ほどたった、ある日、お城にワタリガラスの王子が、ふたたび、やって来ました。
「なんじゃと!」
これを聞いた王様がおこったの何のって!
「今さら、何の用じゃ⁉ さっさとおいかえせ! いや、待て。ここへ通せ。やつの言い訳を聞いてやろう。場合によっては、わしのこの手で、首をはねてやろうぞ!」
というわけで、久しぶりに、ワタリガラスの王子が、王様と王女の前に立ちました。

あの99日間に味わった苦しみは、一生消えることのない、みにくいしみや、深いしわになって、王子の顔にきざまれていました。
けれども、それは、王子の顔を、以前より、ずっと、気高いものにしていました。
頭ごなしに、がみがみ、しかりつけてやろうと構えていた王様は、ワタリガラスの王子の堂々としたものごしに、つい、気後れしてしまいました。

100日目の太陽

プッププー!
「本日、97日目!」
その日は、お城の入り口から、王子のすわっているいすの前まで、赤いじゅうたんがしかれました。

100日目の日暮れには、王様に手をとられた王女が、しずしずと、このじゅんたんをふんで、ワタリガラスの王子をむかえに行くてはずなのです。
そして、王様は、自分の手から、王女の白い手を、ワタリガラスの王子へと、うやうやしく、わたすでしょう。
それは、どんなに晴れがましいしゅん間でしょう!
きっと、ワタリガラスの王子は、うれしさに顔を赤らめて、いとしい王女の手をとり、足取りも軽く、お城へと、わたって行くことでしょう。
その後にもよおされる結婚式は、どれほど、はなやかなことか!

馬上試合

90日が過ぎました。
あと、10日。
91日目には、お城のラッパ吹きが、天守に上がり、ラッパをふいて、告げ知らせました。

プッププー!
「本日、91日目なぁり!」

だれの目にも、ワタリガラスの王子が、いすにすわり通して、見事、王女を手に入れるように見えました。

プッププー!
「本日、92日目なぁり!」

王様はごきげんです。
「国中にふれをだして、馬上試合をもよおすと知らせよ!」
王様の命令は、すぐに、国中に伝えられました。